第52話
再び明のボクシングジムへ見学に行きたいと言っていた白田。
邪魔者だと思われても、雛山が強く同行を求めた。
その理由は・・・
52
フスカル
明の出勤日のフスカル。
カウンターにはもう見慣れた光景となっている、白田の姿。
お客として来ている雛山も、常連に呼ばれてBOX席めぐり。
バイトとして来ているフスカルに、休みの日も来る雛山はもうここが家よりも居心地のいい場所となっている。
頼もしい兄のような雅に、可愛がってくれる常連客、家族と居るよりも素直に自分を出せるのだからそれは仕方がない。
これだけ通っていると双葉の給料から貯金と家に渡した残りの小遣いでかなり厳しいかもしれないが、ここでバイトが出来ている分財布事情はそこまで深刻ではない。
雅にしてみれば、人件費がまるまる戻ってくるのだから有り難いだろう。
「あっ僕も行きたいです!!」
丁度カウンターに戻ってきた際に聴こえた、明と白田の会話。
その内容に、自分も同行したいと言いながら高すぎるカウンターチェアに乗り上げる。
「・・・・雛山も行くの?」
さっきまでチョコミントの表情で明と話していた白田。
だが雛山の言葉で、スンと表情を無くして青年を見る。
これは、ついてくんなという事なのだろう・・・・
それは雛山自身も、感じ取れた。
普段ならば邪魔だてしないだろうが、今回は違う。
「ボクシング、また見学に行きたいです!」
フンと鼻息荒く、白田に抵抗する雛山。
やたらと食いつく雛山に、白田だけではなくその場に居た明と雅も珍しいものを見るような視線を向ける。
「お前・・・前は痛そうって、顔しかめてただろうが」
明の言葉に、雛山はその時の事を思い出して思わず顔を顰める。
確かに・・・痛そうだった。
白田と共に見学に行った、ボクシングジム。
フットワーク軽く、人ではなくミットを殴る明は物凄くかっこ良かった。
その時は、キラキラした目で見ていたのだが・・・折角見学者がいるのだからとオーナーの計らいで、いきなり始まったプロ同士の試合。
本当の試合よりは手加減されているのは解っていたが、それでも拳が相手の顔にヒットする度に雛山もシンクロして痛そうに顔を歪めていた。
「何だ、ジムにいい男でも居たのか?」
「顔変形した奴しかいねぇ~よ」
雅の冗談の言葉に、明の本気の酷い言葉。
「前に、助けてくれたんです」
「?どういう事だ?」
そう言った雛山に、興味を示した白田が問いかける。
「つい先週の事の事なんですけど・・・・・」
仕事が終わって、アイデアを探りに行こうと駅の近くをウロウロしていた時。
バッタリ出会ったのだ・・・・高校時代の元友人に。
もう社会人の大人として落ち着いててもいいはずなのに、彼は道端で雛山に絡みだした。
「こいつさ、高校の時の同級生なんだけどよ。ホモなんだぜぇ」
一緒に居た2人の友人に、そう大きな声で雛山を蔑む言葉を吐く。
通行人にもそれは聞こえており、チラチラと雛山を見ながら通り過ぎていく。
それは絡まれて哀れだと思っているのか、それとも気持ちが悪いと蔑んだ目で見ているのか・・・
そんな事よりもこの場から離れようとする雛山に、元友人は尚も絡む。
「なぁ、お前もうケツは掘られたのか?」
ニマニマと笑いながら下世話な事を聞いてくる。
「あはははっ、やっば〜〜」
「きもすぎる!」
どうやら元友人のツレも同類のようだ、馬鹿みたいに手を叩いて大笑いする人間3人に雛山はグッと歯を食いしばる。
「おいおい、おたくら邪魔なんだけどさぁ〜」
そこへ一人の男が、3人の背後にぬっと現れた。
雛山は男の風貌を目にすると、ここで元友人に会った以上に驚いた。
どうやら建物の出入り口付近を塞いで騒いでいた元友人たちが、邪魔だったようだ。
だが友人達はいじめられっ子雛山の存在で気が大きくなっていたのだろう、謝罪して退くという選択肢はないらしい。
あろうことか現れた男に「お前が邪魔なんだよ!」と噛み付いた。
だがそれも一瞬の事。
三人は男の顔を見た瞬間、言葉に詰まる。
男の顔は殴られたように左目の瞼が腫れ、口元も派手な内出血で彩りがついている。
雛山は今自分が居る場所が何処なのか確かめれば、自ずと相手が何者かは理解できた。
明に一度連れてきてもらった、ボクシングジムの丁度前だったのだ。
という事は、この男はプロボクサーなのだろう。
「そんなに熱り立ちたいなら、相手するぞ」
男は痛々しい口元でニッと笑い、親指をボクシングジムの入り口に向ける。
「い・・いえ・・・大丈夫です」
流石に相手が悪かった。
3人はそそくさと、その場を逃げるように去って行った。
残された雛山は「すみませんでした」とあの三人の代わりに謝罪する。
「大丈夫か?」
雛山を気遣う男の言葉で、助けられたのだとその時解った。
本当ならばここで、お礼を言うべきなのだろう。
しかし、あの3人のゲスな言葉をこの人にも聞かれたと思えば、羞恥心が湧き上がる。
「自分の口で謝罪も出来ない子供の戯言なんざ、気にすんなよ。つっても見ず知らずの俺が言っても、気にしちまうだろうがな」
そんな言葉を言ってくれる相手に、俯いてしまう雛山。
明や白田と出会い、少しは強くなったと思っていた。
それでもやっぱり、見ず知らずの人間が腹の中で何を思っているのか・・・・ネガティブな想像しか出てこない。
それが嫌な人間ならばまだしも、助けてくれるような人が実は心の中でゲイである自分を笑っているのでは思うと、気持ちが暗くなる。
「すみませんでした!」
雛山はもう一度、男に謝罪とすると深々と頭を下げて、来た道を逃げるように走った。
その後、家に帰って考えれば失礼な態度を取ってしまったと・・・・後悔した。
せめてお礼を言うべきだった。
「だから、今度は会ってちゃんとお礼が言いたいんです!!」
カウンター付近に居る、3人に力強くそう口にする雛山。
「そうか。そうだな、ちゃんとお礼を言った方がいいな」
さっきまで付いて来るなオーラーを纏っていた白田は、今は雛山にそうした方がいいと賛同してくれた。
「誰だ?そいつ・・・」
「この前、見学に行った時はその場に居なかったと思うんです。金髪の髪で、明さんより少し身長が高い・・・あっ右目に泣きぼくろがありました」
明の問いかけに、男の特徴を口にするも明は余計に首を傾げる。
「そんなヤツ居ないけど・・・なぁ雅」
「俺に振るなよ、何年顔だしてないと思ってんだ」
「え・・・じゃ、ボクシングジムの人じゃないのかな・・・」
雅が桃と付き合う前の男が、今明が通ってるジムの人間だったいうのは以前聞いて知っていたが、それもかなり前の事。
今出入りしている明に、思いつく人間が居ないとなると自分の勘違いだったのかと雛山は肩を落とす。
「・・・・・・・・右目の泣きぼくろ・・・・」
すっかり気を落とした雛山の前で、明はもう一度男の特徴を繰り返す。
その表情はどこか、何か引っかかっているような釈然としない様子だった。
53へ続く
白田と雛山のボクシングジム見学、書こうと思いながら・・・・・入れるタイミングを逃してました。
明がまだ白田の気持ちに気付いていない時期に、行っていると思っておいてください。
番外編の『理想の男とカフェデート』の雰囲気の時ですね。
さて、また登場人物が増えます。
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