第51話
日富美から渡された一枚の紙切れ。
白田は、明の過去を知る機会が訪れる・・・
51
白田宅
ローテーブルに置いた、ノートパソコン。
そしてノートパソコンの横には、一枚のメモ紙。
白田はソファに浅く座り、そのメモ紙とにらめっこをする事30分。
見すぎて穴が開くんじゃないかと思うくらい、瞬き少なくずっと見つめている。
紙には、手書きでURLが書かれていた。
これは、日富美が白田に手渡したものだ。
彼女はこのサイトを見るのも、見ずにメモを捨てるのも白田次第だと言って渡してきた。
昼過ぎの事。
明達と別れた白田は自分の車に乗り込もうとしたその時、日富美に呼び止められた。
「お節介だと思うんですが・・・・これ」
そう言って彼女は、一枚のメモを差し出した。
「これは?」
「明君の過去について、書かれてます」
「?」
メモにはURLが書かれている。
ネット上に明の過去が?
SNSの類なのかと思ったが、URLを見る限りではSNSのアドレスでは無いようだ。
一般人の明の過去が解るような事が、何故ネット上に・・・・白田は嫌な予感がした。
「もしかして、左腰の事とか?」
「知ってるんですか?」
「いや・・・明がそこを気にしているとだけ・・・」
「そうですか・・・・左腰の事は明君の口から聞くほうが良いと思います。ただサイトに書かれている事に、繫がってます」
明の口から聞かなければならない内容があるのに、何故彼女がサイトのURLを渡すのかが白田には理解出来ない。
それが表情に出ていたのだろう、彼女は不安げに口を開いた。
「そのサイトに書かれている事は、明君が自ら公言している事なんです。一部の会社の人も知ってますし、由美も知ってます。その他の人にも普通に話す内容なので・・・そこまで重く受け止めないでください。ただ・・・・白田さんだと明君、話辛いのかもしれないと思って」
「俺だと?」
「そのサイトに書かれている出来事から後の事は明君にとって、精神的に辛い出来事でした。その事だけは、身近な人にしか知らない出来事です。いずれは・・・・・白田さんに話さなければならなくなる・・・だけど、明君の事だから・・・・・・話すのを悩んで悩んで、もしかしたら辛くなって白田さんと距離を取るかもしれない」
「え」
「そうならない様に、明君が話しやすいように切っ掛けを作ってあげてほしいんです。だから、その前に何があったかを知っておいてほしかったんです」
「・・・・・・・・」
「勿論、白田さん次第です。見るのも見ないのも・・・明君から話すまで待つのであれば、捨ててください」
「解ったよ」
「それじゃ、それだけです」
伝えたい事を全て言った彼女は、ペコリと頭を下げる。
「水仙さんっ」
もと来た道を引き返そうとする彼女を、咄嗟に呼び止める。
「はい?」
「何故、俺にこの事を?」
彼女の気持ちは、今日一日見ていれば解った。
明を想う気持ちは同じ・・・・ライバルだと思っていたが・・・
何故、白田に助言しようと思ったのか・・・
「・・・・・・私の気持ち気付いてますよね」
「うすうすは・・・」
「だからです。17年の叶わない片想いを終わらせたいから、2人を応援したいんです」
少し涙ぐんだ瞳で彼女はそう言って、白田に背中を向けて去っていった。
お弁当を広げていた時、心狭く彼女に嫉妬してしまっていた自分が恥ずかしいと思った。
17年は長い・・・・・ずっと想い続けていた彼女は、白田が現れた事でこの恋にケリをつけようと頑張っている。
「凄いな・・・水仙さんは・・」
静かな室内に、白田の呟きが響く。
彼女の為にも、このURLのサイトを見た方がいいのだろう。
だが明の口から聞きたいう気持ちもある上に、勝手に彼の過去を盗み見るような罪悪感もある。
「はぁ・・・・」
知りたいと思う気持ちと、今は知らない方がいいと思う気持ちがせめぎ合う。
なかなか踏ん切りがつかない白田。
そんな時、スマホの通知音が鳴った。
鞄に入れっぱなしになっていた、スマホを取り出し画面を確認する。
『ポテサラ美味かった』
明からの短いLINEメッセージ。
それだけで、胸がキュンとする。
こんなにも歩み寄ろうとしてくれる明が、日富美の言う通りに白田から距離を取ろうと思う日が来るのだろうか。
彼にどんな過去があっても、自分の気持ちは変わらない。
焦って明に問いただす気持ちもない。
明のペースで話してくれるまで待てばいい・・・・
白田はそう決心し、ノートパソコンを閉じそして紙をゴミ箱に捨てた。
******
銀座
とある料亭
明は、営業として銀座にある料亭に来ていた。
以前から可愛がってくれていた、先方からの招待。
何気なしに行ってみたいと言っていた言葉を、先方の人が覚えており今日お誘いがきたのだ。
夜もふけ日本庭園が見える個室で食事を終わらせ、帰宅しようと雑談しながら先方と一緒に廊下を歩いていた。
「あの、赤カブのお漬物とても美味しかったです」
「愛野君、沢山あるなか何でお漬物なのさぁ〜〜はははは」
他愛ない会話の中、前から歩いてくる着物姿の女性とすれ違う。
「明?」
その女性から名前を呼ばれ、明は足を止めて振り返る。
「!?」
60過ぎの、どこか品のある女性。
この料亭のおかみだと言っても、納得するような凛としている風格だった。
明はその女性を目にすると、営業モードの表情がひきつる。
「やっぱり明ね、雰囲気がぜん「すみませんっ、お話することはございませんので。失礼します」あ」
女性の言葉を遮り、明は一礼すると様子を伺っていた先方の男性に「行きましょ」と促してその場を後にする。
先方さんに「大丈夫なのかい?」と心配される中、明はいつもの営業モードで問題ないと装う。
だが内心は穏やかではない。
二度と会うことも無いだろうと思い、その存在すら忘れていた。
そしてこの銀座近間は、彼女がよく好んで行く店が多くあったと今更ながら思い出す。
「それじゃ、また連絡するよ」
「本当に有難う御座います。近々御社にも顔を出させて頂きますので」
料亭の前で、先方さんが乗り込んだタクシーが見えなくなるまで見送る。
そしてその場からさっさと離れようとした時、腕を掴まれた。
「明、待ちなさい」
「っ何っ!?」
女性は明の顔を見上げて、懐かしげに微笑む。
「大きくなって・・・あの時よりも翔子にそっくりだわ。この料亭を接待で使用するなんて、よほどの大企業に勤めてるのでしょ?心に決めた人もまだ居ないんでしょ?」
「やめろ!!!さっそく値踏みかよ!跡取りなら、雅が居ただろうがよ!」
「止めなさい・・・あんなの息子じゃ「息子だよ!!あんたの血が流れてる、れっきとした息子だ!」ちゃんとした会社に勤めてるのに、口の悪さは変わらないのね」
「そういうあんたも変わってねぇ〜じゃね〜か。金輪際、街で見かけても話し掛けるな!クソババぁ」
女性の腕を振り払い、明は怒り心頭でその場を離れる。
二度と会いたくなかった人、雅の母親であり、明の祖母。
あの事件で、明を信じずに家の名誉のために太郎と明を追い出した。
今後一切、倖田家に関わるなと言っておきながら・・・・・・跡取りが居ない今、明にすり寄ってこようとする振る舞いに嫌気がさす。
倖田ではなく、愛野として生活していてすっかり忘れていた事。
世界で1番嫌いな存在のせいで、豪華な料理の味もすっかり忘れてしまった。
52へ続く
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