第53話
雛山を助けてくれたという男。
聞いた特徴に引っかかりを持った明は、ボクシングジムへと足を向けた
53
吉本ボクシングジム
乗り換えが多い賑やかな駅。
その駅からほんの5分程離れた場所に、明の通っているボクシングジムはある。
雛山と白田との約束の日はまだ先だが、明は雛山が言った男の事が気になり仕事帰りに立ち寄る事にした。
雛山が口に出した男の特徴に当てはまる人間は、ジムには居なかったと記憶している。
2週間ほど来れなかった間に、新人でも入ったのかとも思ったのだが・・・・・右目の泣きぼくろと言う特徴に引っかかるものがあり、約束の当日までほっとくことが出来なかったのだ。
「おお〜〜明、久しく来てなかったから連絡入れようと思ってたんだぞ」
ジムの中に入ったと同時に、声を掛けてくるオーナー。
「ちょっと忙しくて」
明はリングの側に居るオーナーのそばまで歩み寄りながら、そう答える。
「まぁ、サラリーマンなら仕方ないわな」
「何か最近変わった事ある?」
「おっ?どうしてだ?」
「人が新しく入ったとか・・・・」
「おぉっそうそう、実は・・・「倖田?」」
突然投げかけられた、明の旧姓。
明が声のした方に顔を向ければ、丁度ロッカールームから出てきた男と目が合った。
「竜一?」
「やっぱり倖田か!!相変わらず綺麗な顔してんなぁ〜」
「あぁ!?てめぇ喧嘩売ってんのか」
「それも相変わらずだな」
ハハハと笑いながら明の側にやってくる男。
雛山が言うような殴られた痕はもう既に無くなっていたが、右目の泣きぼくろは特徴と一致した。
会ってなかった月日は10年と経ち、男の風貌はより男らしくなっていたが・・・・あの頃と変わらない笑い方、そして持っている雰囲気はあの頃のままだった。
明は懐かしい男の登場に、自然と表情が柔らかくなる。
「何だ、お前ら知り合いか?」
「高校時代の知り合いっすよ」
そう言いながら男は、明の肩に腕を回して二カリと笑う。
「えぇぇ!?明、お前慶応大だろ?こいつと華拳高校に通ってたのか!?」
「はぁぁ!?お前っ慶応行ってたのか!?あの鹿馬高から!?」
「あぁもう五月蝿い!!二人とも五月蝿い!!」
声の声量が半端ない2人に、物凄く嫌な表情の明。
それでも収まらない2人の驚きに、その場にあったミットを投げつけて「五月蝿い!」ともう一度怒鳴った。
それから積もる話もあるだろうと、気を使ったオーナーはその場を離れた。
残された2人は、ジムの端っこにあるベンチに腰掛ける。
「まさか・・・あの鹿馬高校から、慶応に受かるやつが居るなんてな」
「先公からも後にも先にも、お前だけだろうって言われた。つ〜か、お前は?プロボクサーなのか?」
「まぁ〜な。実は前に所属してた所のオーナーが高齢でよ、ジムを畳むって事になってここを紹介してくれたんだ。そしたらまさか・・・・お前が居るとはな。後でやるか?」
リングに向けて親指を指し一試合どうだと誘う竜一に、呆れた顔になる明。
「オレはプロじゃない、普通のサラリーマンだ。ここには体絞りに来てるだけ」
「何だよっ、つまんね〜な。また殴り合いできると思ったのんによ、一般人なら本気だせね〜じゃねぇ〜か」
「何いってんだ、元々オレには本気出してなかっただろうが」
「当たり前だろう、お前の顔傷物にしたら俺が姉貴に殺されるわ。・・・・なぁ・・・・・・・・」
昔を懐かしむ話から、突然声をトーンを下げる竜一。
それまでの明るい雰囲気を一変し、真剣な眼差しで明を見つめる。
「探したんだぞ。あの後、携帯も通じないし、家に行っても『もうあの子は居ません』って門前払いされるしよ」
竜一の言葉に、今までのにこやかな表情が一気に暗くなる。
そして目線を自分の手元に落とし、言い辛そうに口を開く。
「・・・・・・どんな顔で会えばいいんだよ・・・」
「何言ってんだ、いつものお前の憎たらしい顔で良かったんだよ。姉貴も心配してたんだぞ」
「麗子さんらしい・・・・今、どうしてんだ?」
「姉貴か?結婚して、双子の子供居るぜ。はははっ今でもお前の話しになるんだぜ、旦那の前で未成年の美男子と付き合ってた自慢してるぞ」
「何だよソレ」
ふっと吹き出す明は、懐かしげな想い出話に少し暗い影を落とす。
ただ・・・・懐かしいだけならばいい。
竜一とその姉の麗子は、高校時代に深い付き合いをしていた仲だ。
ただ懐かしむだけの仲ならばいいが、あの事件で大きな迷惑を掛けてしまった。
明が事件当時にその現場に居なかったと言わずに居たのは、2人が関係しているから。
高校時代、2人は違う高校に通っていた。
柄が悪く、人様に常に喧嘩を吹っ掛けないと気がすまない若者が通う、華拳(かけん)高校に竜一。
そして、受験テストの用紙に名前だけ書けば受かると言われている、馬鹿ばっかりの鹿馬(しかば)高校に明。
隣接する場所にある高校は、全て華拳が牛耳っていた。
鹿馬高校は馬鹿ばっかでヤンキーではなく、いつも華拳の生徒にカツアゲやイジメの対象となっていた。
だが明と明の悪友が入学してきて、2つの高校の関係性は大きく変わった。
喧嘩の強い明と、悪友。
2人が華拳の生徒を返り討ちにしてからは、何かと衝突ような関係になってしまった。
鹿馬一年の明と悪友のコンビに続けと、2人に加担する生徒が増えいつしかグループが出来た。
そんなグループに喧嘩を吹っかけるのは、もっぱら華拳高校の3年生だ。
生意気な鹿馬一年を締めてやる!!と殺気立ってたが、当時2年の竜一は華拳で1番喧嘩が強いがそこは無関心。
明と同じで自分から喧嘩を吹っ掛けない竜一は、威張り散らしている3年にはうんざりしていた。
だから当時はお互いの存在は知っていたが、顔を合わす事はなかった。
それが何故、昔の事を懐かしむ程に親交を深めたと言うと・・・
2人が一学年上がる直前に、麗子からお互い紹介されたからだ。
麗子の6歳下の弟として。
そして麗子の7歳下の恋人として。
お互い弱い者に拳を振るわない、だが喧嘩は好き。
そんな価値観が似ており、そこから一気統合した。
お互いの立場もあるので友人だとは公に出来なかった為、同校生徒の目から離れた場所でよく会っていた。
そして竜一が3年になれば、華拳のトップとなりヤンキーを纏めた。
お陰で、喧嘩の弱い鹿馬の生徒狩りが激変した。
これには明も感謝してが、悪友だけは違った。
鹿馬では誰も自分に敵うヤツは居ないと調子づいて居た悪友は、ボス猿気分だ。
喧嘩する気のない華拳の生徒に喧嘩を吹っ掛けては、ボコボコする。
中学から一緒だった悪友を、明は何度か窘めたが・・・・明が見てない所で相変わらず一方的に喧嘩を吹っ掛けていた。
そして・・・悪友が調子づいている理由はもう一つあった。
それは明の家、倖田家。
明が窃盗や傷害で警察のお世話になっても、全てもみ消される。
だから明のお節介が鬱陶しいと思っても、共に居たのは倖田の恩恵を自分も受けれるからだった。
そんな中・・・・悪友が起こした事件により状況が一変した。
それから明と竜一が会う事はなくなった。
竜一が明を探していたと言ってくれた事は、正直うれしい。
だがあの時は、2人に会わせる顔が無かった。
アリバイを証明してくれたのは、2人だ。
お礼を言うよりも、あの時に逃げてしまった自分を今でも恥じていた。
53へ続く
今回は説明文が多くてすみません。
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