第48話

全力で挑んだ試合に負けて、明に合わせる顔がない白田。

そんな男に、明は感じた事を素直に伝える。



48



グランドに下りた明は、真っ直ぐに選手達が居るベンチへと近づく。

白田はこちらに背を向けたまま、人と話していた。

そしていち早く明の存在に気がついたのは、百舌鳥だった。


「あぁ、愛野さん」


百舌鳥が明を呼ぶ声に、白田の肩が微かに反応したのを明は見逃さなかった。

それでも振り返ろうとしない男に、明は内心ケッとツバを吐く。

そして百舌鳥の元へ来た明は、いつもの営業モードで「こんにちわ」と百舌鳥に頭を下げる。


「いい席をご用意いただいて、有難う御座います。お陰でとても楽しめました」


「それは良かった。まぁ結果は残念だったけどなぁ」


「結果は、観戦席の皆さんの顔を見れば・・・・・・」


そう言いながら、観戦席を見上げる明。

それに釣られて百舌鳥も顔を上げる。


「ほらっ皆さん、最高の試合を見たって表情をしてますよ。私もとてもいい試合を見せてもらえて、呼んで頂いた事に感謝しています」


「そうかそうか、そう言ってくれたらなぁ」


ははははと笑う百舌鳥は、最初の時より大分砕けている。


「白田さん」


明はすぐ側に居た白田の背中に、声を掛ける。

取引先の相手としてこの場に居る明に、無視など出来ないのは計算。

だから先に百舌鳥の気を引こうとした。

少し戸惑った様な間があったが、白田は身体を明の方へと向ける。

いつもの爽やかで清潔感のある白田とは違う雰囲気の男は、疲れ切った体に熱を持っているようだった。

まだ頬が上気した男は汗で髪が肌に張り付き、いつもの笑顔は無かった。

ただ男の瞳が不安げに、明の瞳を捉えている。


「今日は、呼んでくださって有難う御座います。見ごたえのある白熱した試合でした」


明は本心から思った事を伝える。

それなのに男は、肩を落としたまま反応がない。

お世辞だと思っているのか、何も考えらないほどに疲れ切っているのか。


「あっそれじゃ、事務所に声を掛けてくるんで。愛野さん、ゆっくりしてってくださいな」


百舌鳥は明に軽く会釈し、その場に立ち去る。

選手たちも家族の元へ行ったり、事務所に向かったりとそれぞれの行動を開始する。

今、2人の話を立ち聞きする人は周りには居ない。


「何か言うこと無いんですか?」


一向にピクリとも反応しない男に、明は営業モードのまま切り出す。


「負けてしまいました」


「はぁ・・・・・さっきの百舌鳥さんとの話聞いてました?」


「?」


「いつもどんな試合をしてるか知りませんが、勝ち負けが解ってる試合に私は興味がありません。勝ち続ける試合程、勝利に埋もれて記憶すら残らない。負けも然りです。だけど・・・負けるかもしれない試合に、全力で挑むほど見ごたえのある試合は無いと思ってます。見ている人も巻き込む程の勝負は、結果勝っても負けても記憶に残る。白田さんが一心不乱でプレイしていた姿は」


そこで一度言葉を切る明。

そして真っ直ぐに男の瞳を見上げて。


「とても、素敵でした」


「!?」


白田は目を見開き、明を凝視する。


「だ・・・・」


「だ?」


「抱きしめていいですか?」


「駄目に決まってんだろうっ」


両手を広げて掌をワキワキと動かす男に、素で返す明。

途端シュンとうなだれる男。

そんな相手に「はぁ」と溜息を吐き、そして。


「まぁ今日は良いよ。試合の後だしだ・・!?」


試合の後だし誰も気にしないと続けたかった言葉が、白田が抱きついてきた事で止まる。

ギュッと抱きしめられ、明の首筋に顔を埋める男。

いつもの香水の香りなど無く、汗と土と男の体臭が明の鼻先をくすぐる。

だが悪くない・・・・自然の男の熱と香りは明の心を解きほぐす。

ダランと力なく垂れ下がっていた明の両手が宙に浮く。

その手が男の背中に触れようとした瞬間。


「お疲れ様〜〜〜白田さ〜〜ん!!」


「感動しましたぁぁ!!」


ぐわし!!!

白田の腕の力だけでも苦しいのに、さらに重圧が掛かる。

明と白田の体に抱きつく由美と雛山。


「くるし・・・」


顔を顰める明に、容赦ない3人。

少し離れた場所で見ている日富美に助けてと手を伸ばす明に、彼女はおかしそうに笑うだけ。

ベンチ前で試合の後のハグをしている4人は、微笑ましいシーンとして観戦者から視線を浴びていた。



******



自由時間

試合会場のグランド


試合が終わり、選手たちはさっとシャワーを浴びて家族や恋人、仲間内でそれぞれの時間を楽しんでいた。

文具大手メーカーの人間も輪に入り、さっきまで戦っていた相手とは思えないほどに和気あいあいとしている。

由美と日富美は、グランドの端にレジャーシートを敷きその上で寛いでいる。

実はまだ白田が事務所から出てきていない、シャワーと荷物を取りにグランドから消えてもう20分経っている。

白田が戻ってくるまでと雛山と明はグランドで、双葉や相手チームの家族連れとサッカーをしていた。

子供が居るので本気ではないものの、ちょっとした運動には丁度いい・・・・・と思っているのは明の方。

息も絶え絶えで、ボールを追いかける事を途中で諦めている雛山。

年上の筈の明は、普段から体を動かしているからか走り回っている姿は生き生きしている。

さっきまで試合をしていた選手と比べても、負けないぐらいに足さばきが上手い。

そんな彼にこの場に居る女性たちの視線が集中するのは当たり前、カーディガンを脱いで走り回る明は眩しくて雛山の目から見ても格好良く見える。

タンクトップから伸びている腕は、細い割には綺麗に筋肉が付き女性が大好物の筋がくっきりと浮き立つ。

そして首元がゆったりのトップスで、顕になっている首元から鎖骨そして胸に掛けてのラインが何とも色っぽい。

それに比べて・・・・・・ただのチビでプニプニ体型の自分が、明の横で走るなんて恐れ多い。

雛山は早く白田が戻っきてくれないかと、事務所の方へ顔を向ける。

するとそのタイミングで着替えた白田が、事務所から出てきた。

肩に鞄を掛け、片手に大きな荷物を持っている。

そして今日の私服も、大人格好いい・・・・・

黒のジーンズに、ベージュの薄手のセーターを腕まくり。

そして髪が乾いてないのか、首にはタオルを掛けている。

シンプルな服装で首にタオルを掛けていようが色褪せない、遠目でも解るイケメンオーラ。

今更ながら、こんなハイスペックな2人と一緒に居る事がどんな奇跡なのかと思ってしまう。


「愛野さん!白田さん来ましたよ〜〜」


雛山はここぞとばかりに大きな声で、明に声を掛ける。

明はチラリと白田の方に顔を向けると、近くに居た小学生の男の子の頭をくしゃりと撫でてサッカーから離脱した。


「あち・・・・あれ・・・オレの上着」


途中でそこら辺にポイ捨てしたブラウンのカーディガンを、キョロキョロと探す明。

そこに7歳程の女の子が、畳まれたカーディガンをもって明の元へやってくる。


「はい」


カーディガンを差し出す少女に、明は身をかがめて目線を合わせる。


「ありがとう」


ふわりと笑いかける明に、少女は恥ずかしそうにモジモジして母親が居る場所へと走り去った。

あんな小さな子まで・・・・と雛山は母親の元で、二人してキャッキャしている姿を見て何ともいえない表情になる。

普段の明を知っている自分としては、外見だけで明に寄ってくる人が可愛そうだなと思う。

それは外面に騙されているからという訳ではなく、素の明の方がもっと人間味があって魅力的だからだ。

それを知らないなんて・・・・


「お待たせ・・・・・!?」


明と雛山の元へとやってきた白田は、待たせた事に申し訳なさそうな表情だった。

それが明の方へ視線を向けると、目を見開いて絶句。


「明っ」


早足で明の元へと来ると、荷物をボスンと地面に落とし首にかけていたタオルで明の体を覆う。


「何っ」


「何でそんな格好してるんだよ」


「走ってたから」


「駄目だって、人の目があるのに」


「はぁ?」


白田の言いたいことが解った雛山は、苦笑いする。

他にも同じ様な姿で走り回っている人がいるにも関わらず、明にだけ過剰に反応する白田。

雛山の目からしても色っぽいなぁと感じた明のスタイルに、白田にすれば18禁にしたい程に過激なのだろう。

タオルを取ろうとする明に、必死に相手の体を隠そうとする白田。


「見えるから、早く隠して」


「何が見えんだよっ」


相変わらずの白田の激愛ぷりに、笑いしか出てこない雛山は、遠く離れた場所からこちらをじっと見ている鷹頭に気がついた。

観戦していた時も、雛山より前の席にデザイン部の皆と一緒に居た鷹頭。

まともにサッカーを見ずに、明の方ばかりを気にしていた彼は未だに諦めきれていないように見えた。



49へ続く

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