第47話

試合に集中しない男に、イライラが募る明。

そんな中、近くの女性の会話が耳に届き・・・



47


ハーフタイム

試合会場



やはり、文具メーカー最大手。

向こうはそれだけ社員数も多く、サッカー経験者が居るのだろう。

双葉も必死で食らいついているが、かなり苦しい試合展開。

白田は点数を取られる度に、明の様子を伺うように観戦席へと顔を向ける。

何を不安に思っているのか・・・・

試合に集中しろ!とヤジを飛ばしてやろうかと思ってしまう明。


「白田さん、いつもならもっとスマートでクールなのに・・・」


「何だかやたら熱いよね、必死っていうか余裕ない感じ」


明の斜め後ろに居る女性の会話が、耳に届く。

2人の言葉にカチンとくる明。

お前らは何しに来てるんだと怒鳴りつけたい衝動が湧き上がる。

だが相手は、双葉の人間だ。

そんな事をしては、今までの営業モードが無駄になる。


「らしくないわぁ〜〜」


「ん〜〜〜ちょっと残念よねぇ」


「なら、帰れば?」


到頭我慢出来なかった明は、女性の方に振り向き冷たい表情で言い放つ。

ビックリした表情で固まる2人を尻目に、再び顔を前に向ける。

一言言ったところで、イライラした気が収まる事はない。

女性たちは白田の外見ばかりを見て、中味は見ようとしていなかった。

その事が、明は気に入らない。


あいつはウザいし、暑苦しいし、ねちっこくて、意地悪だし・・・・・見た目の通りの男だったら、ここまで惹きつけられなかった。


明は試合に負けている以上に、胸がキリキリするほどに悔しかった。

そしてグランドのベンチで肩を落としている男を見、ポケットに突っ込んでいたスマホを掴む。

かける相手は、白田だ。

ハーフタイムとはいえ試合中に電話をかけても、出れないかもしれない。

それならそれまで・・・・だがどうやら、携帯の持ち込みはOKなようだ。

鳴り出したスマホを手にする男から、それを受け取る白田を見ながら通話が開始されるのを待つ。

そして電話は繋がり、白田がスマホを耳に当てながらこちらへ向こうとする瞬間「こっちを見るな」と釘を刺した。


「いいか。試合が終わるまで今後、一切こっち見んな」


「明?」


「ゴール決められる度にこっちを見てちゃ、集中も途切れるだろうが。お前、体育会系って言う割には、そういうところちゃんとしてえね〜よな。こっちは試合を見に来てんだ、お前を見に来てんじゃね〜よ」


酷い明の言葉に、ショックを受けたように白田の肩が下がる。


「今まで散々、顔に似合わない気持ち悪いお前見せられてきたんだ。だから今更お前がどんなに必死になろうが、熱くなろうが、汗だくになろうが、全く気にしてね〜んだよ。何も気にならないし、何も変わらないんだよ・・・・・・・オレの気持ちもな」


「え・・・」


明の最後の言葉に、再びこちらへ顔を向けようとする白田に透かさず「こっち見たら、帰るぞ」と脅しを掛けて、問答無用で通話を切った。


「はぁ・・・」


これで、白田がどうでるか。

観戦席をいちいち気にしている男の態度は、一緒にプレイしている双葉のメンバーに失礼だ。

これから試合に集中し全力を尽くせば・・・・・負けた時に自分を責めずに済む。


「ふふふ、明君。格好いいね」


隣で様子を伺っていた日富美は、明にニコリと笑いかける。


「あれじゃ、運動会で親を探すガキみたいだったからな」


「明君に格好いいところ見せたいんだよ」


「今更そんなのいらねぇ〜し・・・・」


「それって、もう格好いいのは知ってるからって事なの?」


「・・・・イチニ・・・・」


それ以上何も言うなよという目で、日富美を睨む。

だが微かに頬が赤くなっていては効力はなく、日富美はおかしそうに笑う。

そんな彼女にそれ以上キツく言う事もできず、明は顔を顰めながらハーフタイムが終了したグランドに顔を向けた。


後半戦に入ってからの30分。

相手にゴールを入れられても、白田は観戦席へ視線を向けなかった。

がむしゃらにボールを追いかけ、開いていた点数は少しずつ縮まっていく。

チームメンバーは普段の爽やかで余裕のある白田からは想像つかない一心不乱な姿に、知らず知らずに士気が上がり動きが良くなってきた。

観戦席も黄色い声援は一切起こらず、皆息を呑んで試合を見守っている。

明の背後で白田の事を言っていた女性2人も、今では願うように手を組み純粋な気持ちで試合の行く末を見守っている。

そしてタイムアップのホイッスルがグランドに鳴り響く。

結果は・・・・・・・双葉が一点差で敗れた。

だが後半戦で、強敵相手に差を縮めて食らいついていたのは熱戦だった。

両者共に礼をし、ベンチに戻ってくる選手たちは、悔しいというよりやりきったという笑顔があった。

観戦席も「凄かったねぇ〜」「泣きそうになったよ〜〜」などの声が飛びかっている。

白田を見に来た筈が、最終的には白熱した試合に見入ってしまったようだ。

明としては、最初から勝負は解っていた

ゴールキーパーを見れば向こうは元々学生の時代からやっていた人間の動き、それに比べて双葉のキーパーはただのガタイのイイ素人。

ただもっと悲惨な敗北をするかと思っていた。

まさか一点差で負けるとは・・・・それは予想外だった。

ただの社会人サッカーとはいえ、見ごたえある試合だった。


「いい試合だったねえ」


ずっと白田の背中を見ていた明は、日富美の言葉にハッとする。


「あぁ」


「お腹すいたぁ〜、ねぇもうグランド下りていいの?」


由美が立ち上がり、隣にいた雛山へグランドを指差して問いかけている。

明は何の事だと首を傾げて、2人を見る。


「良いと思いますよ」


「何?帰らないのか?」


「えっ今からお弁当タイムなんだけど」


さも当たり前に答える由美に「そんなの聞いてねぇ〜ぞ」と顔を顰める明。


「あれっ言ってなかったっけ?試合終わって、グランド一時間貸し切ってくれてるから。家族とサッカーするなり、お弁当広げるなり好きに使っていいらしいの。だから私と日富美お弁当作ってきたんだけど・・・・」


「・・・・オレのは」


「皆の分作ってるわよ。こんな場所で一人弁当とか悲しすぎるでしょ」


自分の分があるならそれで良いと明は納得し、日富美に顔を向け「ポテトサラダは?」と訊く。


「作ってきてるよ」


「また〜〜もう。日富美、甘やかしちゃ駄目よ。こいつポテサラいつも独り占めするんだから。だいたいねぇ〜」


文句を言い続ける由美の言葉を聞き流しながら、明は再びグランドへと視線を向けた。

相変わらずの白田の背中。

試合が終わったのに、こっちを見ようとしない。


何でこっち見ねぇ〜んだよ


ムッとした表情の明は、椅子から立ち上がりグランドに続く階段へと足を向ける。

白田の様子は気になるが、いい席を確保してくれた百舌鳥にお礼を言っとかなくてはいけない。

明は「はぁ」と息を吐くと、死んでいた表情筋に力を入れ始めた。



48へ続く

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