第45話

双葉の社会人サッカー試合の日。

まるで初めてのデートの様に、着る服に1時間悩む明。



45


日曜日

試合会場


肌寒くなってきた時期。

それでも今日は天気が良く、上着なしでも過ごせそうな気温だ。

だが日が沈めば気温はぐっと下がる、日中出ていく人間は何を着て行こうか悩んだだろう。

そして明も、クローゼットの中の服とにらめっこする事1時間。

厚着か薄着かを考えて悩んでいる訳ではない・・・・・

いつもなら目についた服を何も考えずに着るタイプ。

最初はいつも通りそうしたが、姿見で見た時にコレジャナイと感じてしまい何度も服を着直す始末。

お陰で部屋の床には、脱ぎ散らかした服が散乱している。

家に由美と日富美が迎えに来るまで、自室の姿見の前で仁王立ちして悩んで居た明。

悩んだ末、明が選んだ服は。

グレーのタンクトップにブラウンの薄手カーデガン、白のパンツに赤のコンバース。

どうせ由美の車で行き来するからと、日が沈んでからの防寒は考えてない。

そして到着した試合会場に屋根が無い野外だった事から、厚着しなくて良かったと思った。


「明さ〜〜ん!!桜庭さ〜〜ん!!」


ただの社会人サッカーチームにしては、観戦客の姿が圧倒的に多い。

何処の席に座ろうと3人辺りを見回してた所、ある席の前で大きく手を振る雛山が居た。


「雛山君だ、席取っててくれたんだ。行こう、日富美」


日富美の手を握り仲良く雛山の所へと行く2人に、明はズボンのポケットに手を突っ込みながら歩く。

移動しながら眺めるグランド。

反対側の席は相手チームが居るのだろう、観戦席が・・・・こちらの3分の1程しか埋まってない。

聞く所によると、向こうの大手文具メーカーはかなりの大企業。

そして双葉も広告代理店の中でも結構な大きな会社だが、世界進出している向こうとは規模が違う。

なのに、何故こんなに観客の人数が違いすぎるのか・・・

それはすぐに解った。

受付やロッカー、シャワールームがある事務所から、ゾロゾロと現れた今回試合に出る双葉の社員たち。

全員ちゃんとしたユニフォームに着替えているが、流石広告代理店。

ユニフォームデザインも拘り、紺色の目を引くかっこよさ。

一方、向こうのチームは全身黄色で社名が入っただけのシンプルなもの。

力の入れ方が違う・・・と思っている矢先、双葉の観客席から黄色い歓声が湧き上がる。

きゃ〜〜〜と言う女性たちに混じって「白田さん」と名を呼ぶ声。

グランドに現れた白田の姿に、まるで本当のサッカー選手かの如く湧き上がっている。


なるほど・・・・全員、サッカーを見に来たわけじゃないのか・・・


「明君、ここ」


先に席に着いていた日富美が、グランドを眺めながらゆっくり歩いてくる明に声を掛ける。


「あぁ」


「明さん、おはよう御座います」


由美の隣りに座っている雛山が、嬉しそうに手を振って挨拶する。


「席取り大変だっただろう」


明は挨拶そっちのけで、こんな状態でちゃんと席を確保していた雛山に関心してしまう。


「百舌鳥さんの一声です」


「?百舌鳥さん?」


何故そこで、デザイン部のチームリーダーの名前が出るのかと首を傾げる明。


「明さんが観に来るって言ったら、用意してくれてたんですよ。百舌鳥さん、サッカーチームのコーチなので」


「えっそうなの!?」


明よりも驚く由美。


「百舌鳥さん、明さんになんやかんや目を掛けてるみたいですし。いい席取っててくれましたよ」


最悪な初対面だったにも関わらず、その後の明のフォローに百舌鳥も明を認めたようだ。

明は「ふ〜〜ん」と特に興味ないような返事を返しながら、グランドを見下ろす。

隣りで雛山と日富美が紹介し合っているのを、聞き流しながら選手達が居るベンチの中の男を見る。

観客席をキョロキョロと見回している白田。

やがて明に気付いた男は、嬉しそうに顔を綻ばせて手を振って見せる。

その途端明の周辺の女性達から、キャッキャッとはしゃぐ高い声が沸き立つ。

この時どうする事が正解なのだろう・・・・・

明は戸惑いながら、小さく手を挙げる。

だが自分が取った行動が擽ったくて、すぐに手を下ろして膝の上に置く。


「ねぇ・・・白田さんの噂って本当なのかな?」


「彼女が出来たって噂?」


明のすぐ側に居た女性2人の話し声。


「だってさっきの白田さん、めっちゃ甘い顔でこっちに手を振らなかった?」


「じゃ〜ここら辺に、彼女が居るって事!?」


「・・・・・・・・」


2人の会話の内容に、何とも言えない気持ちになる明。

付き合っても居ないし

女でもない・・・・

だが白田に彼女が出来たと、双葉ではもちきりなのだろう。

一体どこから、そんな噂が出たのか・・・・


「白田さん・・・・」


日富美が明の身体に身を寄せて、話し掛ける。


「かっこいい人ね。まるでサッカー選手みたい」


「・・・・・・イチニが付いて来るなんて、これが目的か?」


双葉と関わりを持たない筈の日富美。

由美に誘われ、たまたま予定が空いていたと言われても不思議ではない。

だがダビデ様でざわめく人達に聞かれないように、小声で白田の名前を出す辺り明の想い人が誰だか解っていての事。

由美がべらべらと話したのだろうと察する。


「由美の目的は違うけど、結果として私の目的は果たした感じ。白田さんの事色々聞いたし、凄く素敵な人だって」


「・・・・・それだけか?男だぞ」


「明君の場合、女性にも男性にも興味ないじゃない。人に興味を持っただけでも進化したと思うの」


「おい、オレを何だと思ってんだ」


「ふふふっ。あっ、ほら始まるよ」


日富美がグランドを指差す。

呆れた表情で彼女が指差した先に、顔を向けた。

グランドに集まる選手の中で、やっぱり飛び抜けて目立っている白田。

他に背が高い男もいる中彼だけ目立つのは、八頭身の抜群のスタイルの良さと、その甘いマスクがあるからだろう。

だが明には、一際彼だけ輝いて見える。

彼だけがグランドに居るかのように、周りの人間は霞んで見えていた。



46へ続く

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