第44話

いつものように朝を迎えた明。

だが昨夜の出来事に、更に白田を想う気持ちに翻弄される。


44



愛野宅



「・・・・・・・・」


目が覚めた明は、のそりと上半身を起こす。

ほんの1分程ベッドに座ったままぼ〜〜としてから、ふと壁掛けの時計の針を見た。

AM6時半。

いつもの起床時間ピッタリ。

弁当を用意しなきゃと、布団を退けてベッドから抜け出す。

そこで自分が奇っ怪な格好をしている事に気付いた。

上はいつもの部屋着だが、下がスラックス。


「あ・・・え・・・」


そこで昨夜は、白田と飲んでいた事を思い出す。

そしてどうやって家に帰ってきたのかの記憶が無い。

首を傾げながら、明は自室を出ると1階に下りて台所に顔を出す。


「あっ明君おはよう、今日は僕がお弁当作ってるから、シャワー浴びてきたらどう?」


週に1回は寝坊する事もある太郎が、珍しく台所に立っていた。


「朝ごはんも作っておくから」


「なぁ、オレどうやって帰ってきた?」


「白田君が連れて帰ってきてくれたよ」


「!?」


「白田君の前で酔いつぶれるなんて、よっぽど気を許してるんだね」


「本当いい友人を持ったね〜」と話を続ける太郎に、背中を向けてバスルームに向かう明。

その足取りはよたよたとして頼りない。

そして脱衣所の入り口で立ち止まると、その場にしゃがみ込んだ。


「!!!????」


声にならない悲鳴をあげる明。

頭の中は、昨夜の路地裏の出来事が鮮明に思い出されていた。



******



フローラ

エレベーターホール


3つのエレベーターが並ぶ、エレベーターホール。

早朝の時間は混み合っており、ギュウギュウのすし詰め状態で事務所に向かわなければならない。

ついさっき満員電車を体験してきたばかりの由美は、エントランスに入っただけでも解るエレベーターの混み具合に嫌気がさす。

だが、そこへ一人の救世主。

人混みに紛れていて気づかなかったが、数歩先を歩く見知った背中。

彼がエレベーターホールに到着し、1つのエレベーター前で立ち止まると・・・・ササッと避ける女子社員。


「ラッキ〜〜」


ニヤリと不敵な笑いを口元に乗せて、軽やかになった足取りで明の隣りに立つ。


「おはよう、愛野君」


「おぉ」


彼がエレベーターに乗る時は、いつも空いている。

噂を真に受けている社員達が、彼を避けるからだ。


「ねぇ、LINE無視しないでくれる?既読すら付いてなかったんですけど〜〜」


昨夜送った日曜日の、お誘いメッセージ。

双葉の社会人サッカー試合に、行こう!と言う内容。

いつもなら、マトモに返事を返してこなくてもちゃんと既読はついていた。


「・・・・・・日曜のことだろ?」


何故か重い口調で口を開く明。

表情もしかめっ面だ。

内容を知ってる事に驚いたが、何故そんな表情なのかも引っかかる。


「雛山君から聞いたの?」


「違う・・・・ダビデから」


「あぁ、そうなんだ」


チンと明の前のエレベーターが到着し、ドアが開く。

それ以上何も言わずに乗り込む明の後に続く由美。

12人乗りのエレベーターに乗り込んだのは、6人だけ。

明と乗り込む人は、噂なんて興味の無い人間か、空いているなら何でもいいやと思っている人だろう。


「白田さん昨日ランチ行けずに、物凄く残念がってたわよ」


「埋め合わせはしたから、良いんだよ」


「埋め合わせ?あっもしかして、東京戻ってきてすぐに会いに行ったとか?」


「・・・・・・・・」


由美としては冗談で言った事。

友人ぽく歩み寄るような質では無い明が、自分に利益にならない行動をするわけがない。

と思っていたが、何も言わず由美から顔を背ける彼に「え!?マジで!?」と心中で驚く。

どうやら、自分が知らない所で2人は前へと進んでいっているようだ。

白田からアクションをしかけるのならば解るが、明自ら行動に移すとは由美は予測していなかった。

これは・・・もしかして・・・


「ふふふふ」


静かなエレベーターの中で、不気味に笑う由美。

その声に、同乗していた者たちは怪訝そうな顔で由美を視線を向ける。


「チッ・・・何だよ、そのキモい笑い」


舌打ちし、嫌そうな表情で由美をジロリと睨む明。

そこで2人が降りる階でエレベーターは止まり、扉が開いた。

さっさと出ていく明。

その後に続く由美は、前を歩く彼の背中をじっと見る。

さっきは解らなかった彼の嫌そうな表情・・・・それは白田を気にしている事を知られるのが嫌だった。

嫌というより、恥ずかしいのかもしれない。

だから一度、由美から顔を背けた。

恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じたから・・・


「ふふふふ」


再び漏れる由美の笑い。

その笑い声が前を歩いている明の耳にも届くと、由美から逃げるように歩くスピードを上げた。



******



その夜

フスカル



まだ誰もお客が来ない時間帯。

店主の雅は、カウンターの席に座りスマホを弄りながらタバコを吸っている。

明は夕食のカレーを食べ終わり、食器をシンクで洗っていた。

そんな中、2人のスマホから同時にLINEの通知音が鳴る。

明はシンクの横に置いていたスマホに視線を向けるが、裏返しになっていて画面が見れない。

両手は埋まっているので、後で確認しようと洗い物の手を動かし続けた。


「んっ。おいっ雛が来るから迎えに来てほしいってよ」


どうやらフスカルのグループLINEに、雛山から連絡があったようだ。

という事は、白田は今夜は来ないと言うことになる。


「まだ誰もこね〜だろうし、俺が行くわ。留守番頼む」


「んっ」


店の出入り口が開閉する音を背中で聞く明。

洗い物も終わり手を拭くと、スマホを手にフロアに出る。


あいつ・・・こないのか・・・・


どこかガッカリしている自分がいる。

昨日の事があり、顔を合わせ辛く丁度良かったじゃないかと思い直すも・・・・寂しい。


「あぁもう、うぜぇ」


女々しい気持ちになった自分に向けた独り言。

ドカリとソファ席に座り、スマホの画面を見る。

通知はさっきの雛山の分だけだと思っていたが、もう一件あった。

通知音に気付かなかったみたいだ。

明はもう1つのLINEメッセージを確認する。

相手は白田だった。

画面に彼の名前が表示されただけで、胸がドクンと脈打つ。

メッセージには画像が添付。

薄暗がりの広い場所。

よく見れば、どこかのグランドの様に見える。


『今から練習。試合の為にフットワーク良くしとかないとね。明が応援しに来てくれるから、頑張るよ!!』


「・・・・・・・・・」


『今週は顔を見に行けないから、日曜日に会えるの楽しみにしてる』


「・・・はぁ・・・・・」


ため息を吐き、パタンとソファに横になる。

胸に広がる嬉しいと思う感情と共に、やっぱり今日会えないのかと落胆の感情。

2つの感情に胸が一杯になり、明はうぅぅ〜と唸りながらソファの上で身悶えた。


45へ続く

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