理想の男とサンフランシスコ

理想の男とサンフランシスコ



地元に愛される、スーパーフランシスコ。

完全に名前負けしている豆腐建築のスーパーは、今日もご近所さんの奥様方で大繁盛だ。

今もっとも、人気のあるコーナーは精肉コーナー。

豚肉を吟味している二人組の男を眺め、奥様方はもっと自分達が若ければという話題で盛り上がっている。

そう奥様方は、肉などに興味はない。

数分前にこのスーパーに現れた、2人に人気が殺到。

タイムセールを無視してでも、見目麗しい2人の男を見るのに忙しい。


一人は奥様方も皆知っている、愛野明。

10年近くこの地区に引っ越してきて、父親と二人暮らし。

高校時代は外に出なかったものの、大学生になってからこの傍近を歩く姿は皆の目を引く華やかさがあった。

ただ住宅街を歩いているだけなのに、彼が歩いていると背景に花壇の花が咲き乱れるパリの街道の幻が見える。

引っ越し当時は悪い噂もあったものの、慶応大学に通い顔もルックスもいいとなれば、噂など気にならなくなるものだ。

常に表情筋が死んで無愛想だが、さり気なく困ってる人には手を貸す要領を持ち合わせている為、ニコリとも笑わなくても女性はメロメロになってしまう。


そしてそんな彼の隣りで、スーパーの買い物かごを手にして立っている男、白田仁。

ここ最近、明と共に目撃される回数が多くなってきた。

このスーパーにも2人で訪れたり、愛野宅にも出入りしている姿が目撃されている。

類は友を呼ぶ。

そんな古くからの言葉が、本当だったと納得するような2人。

見目麗しい綺麗な容姿の明とはタイプは違うが、彼もまた人の目を引く爽やか系イケメン。

微笑む表情が、春風をまとい清々しく周りの人を魅了する。

185センチの身長に、八頭身とモデルのようなスタイルの良さ。

明も身長は高い方なので2人が並んでいるだけで、ただの廃れたスーパーが本当にサンフランシスコにある洒落たマーケットの様な錯覚を起こす。


まるで芸能人がテレビの撮影でやって来たかのような、状況を作り上げる奥様方。

当の本人達は、全く気にしていない。

精肉コーナーで、買い物客らしく肉を吟味中。

そんな中明が、お買い得の鳥肉を発見。


「半額!」


と目を輝かせて鳥肉のパックを手にする。


「明、鳥肉はまだ冷蔵庫に入ってるよ。安いからって買ってちゃ、また冷蔵庫がパンパンになっちゃうでしょ?」


「・・・・・・・・」


半額シールに弱い明は、男に止められて物凄く不服そうな表情。

鳥肉を両手で持ったまま、元の場所に戻そうとしない。

そんな相手に、クスクスと笑いながら隣りに立つ男は、顔を近づけて小さな声でこういった。


「そんな下唇突き出して、可愛くて噛みたくなっちゃうだろ」


スーパーで不埒な事を口にする男に、慌てて下唇を口に含む明。

だがそんな反応も更に男には可愛く映るだで、じっと至近距離で明の顔を覗き込んでいる。

このままだと本当にキスされかねないと、明は名残惜しそうに鳥肉を元の場所に置いた。


「チャーシューが食べたいって言ったの明だよ?この豚肩ロースだけ買おうね」


「チーズも食べたい」


「良いよ」


「柿ピーも」


「この前買ったの、まだ残ってたよ」


「わさび味の食いたい」


「残ったの食べ終わったらね」


再び欲しい物を却下されて、不服そうな表情の明。

じどーと男の顔を睨み上げるが、迫力なんてものは皆無。


「またそんな顔して、流石にここじゃ出来ないから。家に帰ったら、沢山噛んであげる」


「ちげ〜し」


やって欲しくて、こんな顔してるわけじゃない。

明がどんな変顔をしても白田にはお強請りになるようで、2人のやりとりは噛み合っていない。

だからと言って、明がイライラする事はない。

付き合う前は「可愛い」と言葉に出して明に伝える事はあった、それが恋人になれば言葉だけじゃなくて全身でそれを示す。

最初こそ白田の猫可愛がりな態度に戸惑ったが、今はもう慣れてしまった・・・・いやもう諦めたという方が近い。

恥ずかしがるだだけ無駄だと悟った明なのであった。


「特価!?」


2人並んで飲み物コーナーへ差し掛かった時、牛乳パックが特売していた。

お一人様一個だが、そうとうなお手頃価格。


「・・・・・・3周回って、6個買う」


指折り数えて、真剣に考える明。

白田と3回レジを通る気満々だ。


「明、俺たち常連みたいなものだから二回目すらレジに通れないと思うな」


「大丈夫、店長呼べって言うから」


「岡静さんの気が弱いからって、脅しちゃ駄目だよ。ほらっ今日は二個だけ買おうね」


明を窘めながら、牛乳パックを2つカゴに入れる白田。

やっぱりこれにも、明は不満顔。

これ以上機嫌を損ねると、次回から一人で買い物に行くと言いかねない。

割引シールや特価を見るな否や、何も考えずカゴに入れる明を阻止出来るのは白田しか居ない。

すぐに冷蔵庫が一杯になる事に、太郎も諦め傾向にある。

一度牛乳が10本以上冷蔵庫に入っていた時は、流石の太郎も遠回しに諭したが無駄に終わった。

恋人の父親の為にも、明の買い物には常について行くという勝手な使命感を持っている。

それに・・・・やっぱり明の側に居たいのも本音。

ここは飴と鞭を使い分けなければ・・・・


「明、俺もチーズ食べたいから明が選んでくれる?」


口を尖らしている明の顔を覗き込み、優しい笑みを浮かべる白田。

本当ならここで、チュッとその口にキスをしたい所だが・・・・ギャラリーが居すぎている。


「おし、選んでやろう」


機嫌も直り、歩き出す明の隣りについて行く白田。

そして手も繋ぎたい。

それも出来ないので、せめてと明の背中に手を添える。

そして二人してチーズコーナーへとたどりつく。

流石にデパートの様に色んな種類を取り揃えているわけでは無いが、明が好きなクリームチーズはある。


「これと〜」


1番最初に取るのもは、いつも明が食べているキリのチーズ。

そして白田のモノも選ぼうと、ん〜〜と唸りながら品定め。


「これが似合う」


「このチーズが俺に似合うの?」


「これと赤ワイン飲んでると似合う」


食べたいものではなく、白田に似合うイメージでチーズを選ぶ明。

赤ワインを飲めない事は明も知っている筈なのに、白カビチーズ押しの明。


「それじゃ、それで良いよ」


「キリもう一個買っていい?」


「小さいのなら」


「これも」


「・・・・それも食べるの?」


「胡椒入ってんの、ビールに合うだろう?」


「ん〜〜〜まぁ今日は良いよ」


チーズ売り場で、お菓子を選んでる子供みたいな明。

まるでこれも欲しい、これも欲しいと母親にねだっているようだ。


「明、他にもアテはあるから。チーズはもうお終いね」


他にも選びそうに彷徨っていた明の手に、そっと自分手を重ねて降ろさせる白田。

今日は明の家で家飲みする予定で、夕飯ではなくアテ系の買い物に来ている。


「それにお腹いっぱいになり過ぎたら、お酒飲んだ後すぐに寝ちゃうだろ」


「家だから、それで良くない?」


「・・・・・・・・良くないよ」


「何で」


明の手を握る、白田の手に力が篭もる。

そして顔を寄せると。


「沢山イチャイチャしたいから、寝られると困る」


「・・・・親父が居ないからって」


そう太郎は、慰安旅行で不在。

飲むぞ〜と張り切っていた明には悪いと思うが・・・・

白田は家飲みは二の次っで、恋人としての時間を堪能する事が1番の目的。

悪戯な笑みを浮かべる男に、明は呆れた表情。

あれ・・・ちょっと下心出しすぎたかな?と不安な気持ちが沸き上がる。

明は一度カゴに入れたチーズを、棚に戻し始める。

結局、最初に選んだチーズ2つだけをカゴに残して明は歩き始める。


「えっ買わなくていいの?」


後に続く白田は、明の背に声を掛けた。


「寝ちゃ駄目なんだろうっ」


振り返らずに、やけくそみたいな口調で言い捨てる明。

強めな口調とは裏腹に、彼の耳が赤くなっているのを白田は気づき細く笑う。

これで明に沢山イチャイチャの許可が下りたという事になる。

一刻も早く家路に着きたい気持ちをぐっと抑え、白田はニヤける表情を隠そうとせずレジへ向かう明の後を弾むような足取りでついて行った。


そんな2人を遠巻きに見ていた奥様方。

最初の自分たちがもう少し若ければと言っていた言葉は、もう誰の口からも出ない。

例え若くても、2人の雰囲気をぶち壊す事は出来ない。

白田の前では子供っぽい表情をする明や、そんな彼を見つめる白田の甘すぎる笑顔を目にすれば、誰でも悟るはずだ。

イケメン二人組ではなく、イケメンカップルとしてご近所で話題になるのもそう遠くないかもしれない。



終わる

明が幼児化してる気がしますが、お許しください。

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