第32話

双葉広告代理店に訪れていた明。そこで偶然、雛山が虐められている場面に遭遇する。


32



フローラ

商品開発部



「あれ・・・何処やった?んん?」


デスクの引き出しを開けたり、愛用のモレスキンのバッグの中を漁ったり。

明は何かを探しているように、デスクの前で落ち着き無く動き回る。


「愛野さん・・・探し物ってこれ?」


使い古した茶色の革表紙のダイアリーを差し出す、英子。


「あぁそれっ!何処に有った?」


「コピー機の横に置いてたよ」


「サンキュ、助かったわ」


二カリと笑う明に、頬を染める英子。

明は受け取ったダイアリーをバッグに入れると、肩に引っ掛ける。


「それじゃ行ってきます」


「うん、行ってらっしゃい」


頬を赤らめたままデスクから離れる明の背中に、手を振る英子。

そして明が事務所から出ていくと「きゃぁぁ〜〜〜」と歓喜な悲鳴をあげながら、由美が座っているデスクに駆け寄って来る。


「話しちゃった〜〜〜〜〜」


「同じ部所に居て、話し掛けるのに何日掛かってるのよ」


「だって〜〜切っ掛け無かったんだもん。当たり障りない天気の話題なんてしたら、鼻で笑い飛ばされそうだし」


「おめでとう。15人居る開発部内で、初めてのコンタクト成功者ね」


「ありがとう!」


「褒めてない・・・・」


「ああぁ〜〜あの笑顔素敵だったぁ〜〜〜。少年ぽく、歯を見せて二カッと笑う顔・・・はぁ〜〜麦ごはん6杯いける」


「まぁ、あいつがあんな顔して笑うのは、本当に感謝してるのよ。良かったじゃない」


「ねぇ〜〜〜、愛野君って彼女居るの?幼馴染はただの幼馴染なんでしょ?どういう子が好みなの!?子供は何人欲しいの?」


「展開はや!何、あらゆるステップすっ飛ばしてない?」


「だってさぁ〜あんなハイスペックな男、うちの会社に他に居ないでしょ!?仕事も出来て、顔も良くて、スタイルも良くて、何一つ・・・・あぁけど噂は半分本当なのか・・・。それでもいい!あの顔の良さで、そんな事気にならない!」


「・・・・・・・・落ち着け。英子、残念なお知らせだけど。既に宇宙一ハイスペックな人が、彼を狙っているわ。貴方が全身整形しようが、宝くじ当てようが敵わない。以上」


「NO~~~~~~~~~~!!!」


まるでスポットライトが照らしているかの様に、喜劇風に床に倒れ込む英子。

由美はそんな彼女に一言「仕事しろ」とぼやいた。



******



双葉広告代理店


会議室の扉が開くと、白田が廊下に出てくる。

そしてすぐに部屋の方へ体を向けると、続いて部屋から出てくる人を待つ。

白田の後に続いて出てきた雀野そして明。


「本日はご足労、お掛けしました」


「いえ、来た甲斐がありました」


ペコリと明に頭を下げる雀野に、明はにこやかに答える。


「それじゃ白田君。お見送りは、頼んだよ。」


「はい、では愛野さん行きましょうか」


「雀野さん、それでは失礼いたします」


雀野に会釈し、歩き出した白田の背中を追ってその場を離れる明。

今日は、什器のデザイン画の提出日。

会議室には営業部と明だけで、デザイン部の皆は今回は席を外してもらっていた。

今頃デザイン画の結果の報告を、ヤキモキした気持ちで待っているはずだ。

以前明が決めたポスター案に、明が何を好んだかを学んだメンバー達は、以前と違った案を沢山出してきた。

きっとそれぞれに下調べしたり、サイト等で研究もしただろう。

そんな努力が見て解るデザイン案で、明も足を運んで良かったと満足している。


「愛野さん、これからどうですか?」


「?」


前を歩いていた白田が足を止めて、明に振り返る。


「ランチ」


「あぁ・・・」


明は腕時計の針を確認する。


「30分しない内に、次に行くところがあるので」


双葉に来たついでに、営業として近くにある店舗に寄ろうと予定していた明。

そのアポも事前に取っている為、ゆっくりランチの時間はとれなさそうだ。


「そうですか・・・残念だな」


お互い営業モード。

だが残念だと漏らした白田は、本当にガッカリしたと肩を落とす。

そんな相手に、思わず笑いが漏れる明。


「・・・・・」


嫌味な笑いでは無く、素で笑った明に白田は目を丸くして見る。

そんな男にハッとし、わざとらしくコホンと咳払いする明。

自分でも驚いた気の緩みに、恥ずかしくなってしまい男の顔を凝視できなくなる。


「ではランチはまた今度にしましょうか。来週にまた来社してくださいますし、その時は予定空けといてくださいね」


「・・・・・・・はい」


白田の申し出にどう答えようかと悩み、結局了承する事にした。

再び歩き出す白田に、明も後に続く。


「〜〜〜!!」


ふと明の耳に届いた、誰かが怒って何かを言っている声。

ハッキリとした言葉は聞こえないが、明は足を止めて聞き耳を立てる。

数歩先まで歩いていた白田が、立ち止まっている明に気が付き足を止めて振り返る。

どこかの上司が部下に怒鳴り散らしているのとは違う、声を荒げているのはもっと若い男の様に感じる。


「そっちは、資料室だけで他に何もありませんよ?」


左の通路の先をじっと見ている明に、首を傾げる男。


「〜〜〜ホモ野郎!」


ハッキリと聞き取られた単語に、明は通路に入り大股で前進する。


「ちょっと愛・・・」


慌てて追いかけてくる白田も、その声は聴こえたようで言葉を途中で止めた。

近づいてくる資料室から、物音と共に聞こえる鷹頭の声。

明は部屋の前に来ると、ドアを開ける前に中の様子を伺う。

中に居るのは間違いなく鷹頭。

そして罵倒されているのは、雛山だろう。


「あのフローラの担当者に媚び売ってたんだろう!」


「違う!」


「急に言い返しやがって、後ろ盾があるから気がでかくなったか!?ケツでも差し出したんだろう〜そう言うの得意そうだもんな!」


明が動く前に、白田が部屋に飛び込もうとドアノブに手をかける。

だが明は白田の手首を掴み、それを阻止する。


「お前の顔、人殺しそうな顔してるぞ」


白田の形相に、明は止めろと首を振る。


「同じ会社のお前が手を下すことない、オレに任せろ」


扉の前を塞いでいる男の体を押し退け、明はドアノブを引く。

開かれた扉に、ビックリした表情で顔を向ける2人。

まずい所を見られ、顔を引きつらせている鷹頭。

そして鷹頭の前で、尻餅をつき泣き顔で固まっている雛山。


「あき・・ら・・さん」


呆然と明を呼ぶ、雛山。

明は表情を固くさせ、鷹頭に向かって大股でツカツカと近づいた。



33へ続く

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