第31話

もし恋人同士になったらと、甘酸っぱい気持ちに浸る白田。

27歳スパダリの初めての恋。



31



2丁目から抜けた場所にある、横断歩道。

既にチラホラと二丁目に無縁の人達の姿もある中、駅周辺に近づくにつれもっと家路に向かう人が多くなるだろう。

ここから信号を渡って北に5分程歩けば駅に着く。

白田は一緒に信号待ちをしている明に、視線を落とす。

先ほどから、何も言わず黙ったままうつむき加減で歩いていた明。

白田の左手に、すっぽりと収まっている明の右手。


「明、手は放さなくてもいいの?」


白田としては、明の手を放してしまうのは寂しい。

だが一般の人の目もある。

だから、過剰に反応しそうな明に声に掛けた。

なのに・・・全くの無反応。

心ここにあらず・・・・・

明の顔を見るかぎりぼーとしている訳ではなさそうで、何か考え事をしているような小難しい表情をしている。

そうこうしている内に信号は青になり、白田は明を誘導するように歩き出す。

振り返れば、手を引かれるままに大人しく付いてくる明。

そんな彼が可愛くて、ニコニコと微笑んでしまう。

明が黙っているなら、このまま手を繋いだままにしておくことにした。

信号を渡り、広い遊歩道を歩く。

人がチラホラと多くなる中、明が人とぶつからないようにと店舗が並ぶ端の方へとリードする。

すれ違う人が、チラチラと白田と明に視線を向ける。

それは目を引く程の容姿だからか、2人の繋いでいる手が気になるからか・・・

そんな好奇な視線を向けられても白田は手を放す気は無い。

恋人同士に見えるのかなと、少し甘酸っぱい気持ちに浸っている。

今は偽りの恋人だが、本当にそうなれば・・・・こうやって手を繋ぐ機会も増える。

それに・・・・

「お前意外に、勃たねぇ〜よ」

知り合いにそう言った明。

フリを装う為に言った言葉だと解ってはいたが、ビックリして思わず明の手を握る手に力が籠もった。

そしてズンと腰に重い衝撃に加えて、身体がカッと熱くなったのを感じた。

あの一言だけで興奮した自分が後ろめたくて、暫く明と目が合わせられなくなった。

性に関しては、淡白な方だと思っていた。

だが相手が明だと今までの自分とは違い、あらゆる欲求が沸き起こる。

これが白田にとって、初めての本気の恋。

手を繋ぐだけで、こんなに幸せな気持ちになれるこの想いを大切にしたい。


突然、クンッと白田の左手が引っ張られる。

明が突然、足を止めたようだ。

後ろに振り返ると、あるショーウィンドウに目が釘付けになっている明。

何を見ているのだと、彼の側に寄り目線の先を追う。

ショーウィンドウに飾られているのは、色んなブランドの腕時計。

彼が見ていたのは、ブラックのダイヤルにホワイトのローマ数字のデザインのカルティエの時計。

お値段・・・100万近く。

明の年齢のサラリーマンがするには、高級な上に渋いデザインだ。

明自身も時計はしていたが、ダニエルウェリントンのシンプルなデザイン。

2万程の手頃のな値段で、時間が見やすく社会人としての身だしなみでつけている程度の感覚なのかなと思っていた。


「欲しいの?」


そう彼の背後に立ち、ショーウィンドウの窓ガラスに映った彼に問いかける。

ハッとした明と、ガラス越しに目が合う。


「べっ別にっ」


慌てて白田との距離をとる明に、思わず苦笑してしまう。

そんなに露骨に、離れなくても・・・

だがそこで明はまだ手が繋がれたままだと気付いたようで、繋いだ手を振り払う。


「もうっ!いつまで繋いでんだよっ」


一応、確認はしたんだけど・・・と思うが、相手の顔が真っ赤になっているのが可愛くて「ごめんね」と笑いかけながら謝罪の言葉を口にする。

そんな白田に、ふんっと鼻息荒く駅の方へと歩き始める明。

白田はショーウィンドウにチラリと視線を向け、そして彼の背中を追いかけた。



******



フスカル



「ねぇ〜、白ちゃん明ちゃんにかなりゾッコンみたいだけど」


客が全て帰ったフスカル。

桃はカウンターの席に両頬を付き、カウンターの中で後片付けしている雅に向けて言う。


「ん〜〜そうだな」


「良いのぉ〜?」


「何がだよ」


「明ちゃん、受け入れると思う?」


「・・・・・・どうだろうな」


「私は白ちゃんを応援してあげたいわよ。だけどやっぱり、明ちゃんの気持ちが最優先じゃない?」


「・・・・・・・・・・・・・」


「もうあの事、白ちゃんに話したと思う?」


「さぁな」


「もう!他人事だと思ってるの!?」


「はぁ・・・・・あの話は、今では普通に話してるぞ」


「私は雅君に聞いて、明ちゃんから聞いてないわよ」


「なら、今度体にタトゥー入ってないか訊いてみろよ」


「え!?明ちゃん入ってるの!?」


「あぁ、ここにな」


雅は自分の背中の左腰を指差して見せる。


「・・・・え・・・そこって、被害者の親がナイフ刺した場所じゃないの?」


「それであいつが、何とも無く答えたら本当に吹っ切れてんだろう」


「そんなの無理よ・・・吹っ切れてなかったら、明ちゃん傷つくだも〜〜ん」


「まぁ・・白田さんは、明の過去を知ったところで、それごと受け入れる懐は持ち合わせてるとは思うぜ。あの歪みまくった性格を受け入れてる時点で、神かと思うしな」


「当たり前よ、白ちゃんは明ちゃんの全てを愛してるもの。ふふふふっ。今日なんて・・・・明ちゃんのお尻見てたし」


「おい・・・そういう話やめろ、甥っ子のそういう私情は想像したくねぇ」


身内のシモの話は、生々しくて目をそらしたくなる。

思いっきり顔を歪ませる雅に、桃はおかしそうに笑う。


「笑ってないで、もう先に帰れよ。明日早いんだろうが」


「えぇ〜ここまできたら、雅君と帰るぅ〜」


「早朝会議だろ。社長が遅刻したんじゃ、バツが悪いだろう」


「んじゃ雅君が起こしてね」


「昼夜逆転してる俺を、寝かさないつもりかよ」


「ふふふっ、何だかんだ言ってても優しいの知ってる。そういう所、明ちゃんと兄弟なんだって思うもん」


「ふんっ」


元々お互いタイプではなかった、2人。

それが必要不可欠な存在になり、今では支え合って生きている。

恋人と同棲すると愛野家を出てから、ずっと二人暮らし。

会社の社長と、ゲイバーのマスターとでは生活リズムは違うが、そんな事は苦にならない。

日本では法的に結婚は認められていないが、すでに2人は夫婦だと思っている。

ゲイであることで傷つき、失った物が同じ。

そんな過去があったから、何もない日常が幸せだと感じる。

雅はあえて口に出さないが、明の事は大切だと思っている。

大好きだった姉が残した甥、側で支えて成長を見守ってきた弟。

そんな形はどうだっていい、大切な家族だから幸せになってほしい。

白田が現れた事を転機だと思っている。

いい加減過去に縛られず、白田と共に歩んでほしい。

そして・・・もう少しだけ・・・・・性格も丸くなってほしい・・・



32へ続く

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