第26話

鍋パーティーに遅れてやっていた、雅の恋人。

それは皆もよく知っている人物だった。



26



愛野宅

居間



居間に残されたのは、明、白田、由美、雛山の四人。

様子のおかしい雛山を、気遣う白田と由美。

明は特に気にすること無く、自分の目の前にある鍋に現れる客人の為に追加の具材を投入していく。


「お邪魔しま〜〜〜す」


そんな声が玄関の方からした。

野太いオネェ言葉に、雛山は「やっぱり」と漏らす。


「え・・・この声って」


白田もそこで漸く、気がついた。

二人分の足音の後、居間に現れたのは雅と桃ちゃん。

しかもいつもの化粧をし、中性的な格好をしている桃ちゃんじゃない。


「遅れてごめんなさ〜い。あら白ちゃん居るじゃな〜い!!そしてそして〜美人な女子も〜〜〜〜」


人の家でハイテンションな桃に、由美はポカン顔。

雛山と白田も、桃と解っているが見た目が全く違う事にポカン顔。


「何で男のカッコしてんだ?葬儀か?」


「やだ明ちゃんっ、髪下ろしてると超プリチーじゃな〜〜い」


「俺の話は良いんだよ、人の質問をスルーすんな」


黒のフォーマルスーツを着ている桃。

口ひげも剃られ、元々短目の髪をオールバックにしている。

縦にも横にも大きいと思っていた体型は、スーツによってガッチリした体型だったのだと解る。

大学時代にラグビーしてましたと言っても納得するような、筋肉の上に脂肪が乗っかってる元ラガーマンの見た目。

黙っていればそう見えるが、口を開くといつものオネェ言葉に仕草もシナっとしている。


「今日はね、うちの会社の子の結婚式だったの。仲人だったからぁ〜向こうの親御さんの手前、コスプレして行かないといけないでしょ〜?」


「おい・・・何自然にそこ座ってんだ」


べらべらと喋りながら、白田の横に座る桃。

明は目ざとくそれを指摘する。


「ここは普通、雅の隣りに座るだろうが」


「えぇ〜〜だって、白ちゃん久々だったから〜〜」


「ねぇ」と白田に同意を求める桃ちゃん。

しかもどさくさに紛れて、白田の腕に自分の腕を絡める。


「お前の男、どうにかしろよ」


「どうにもならん」


明は隣りに腰を下ろした雅にクレームを入れるが、相手は諦めたように肩をすくめる。

店の中では恋人同士だと言うことを隠しているのだから、桃が誰とベタベタしようが、雅が仕事で誰かを口説こうがお互い様。

だがここは愛野宅。

雅の恋人として来たのだから、他の男にベタベタする必要は無い。


「もう、明ちゃんもヤキモチ焼きやさんなのねぇ〜。そんな所も可愛いんでしょ?白ちゃん」


未だ明と白田が付き合っていると思っている桃ちゃん。

明が可愛いのではないか?と振られた白田は、顔を曇らせ言葉に詰まる。


「おい・・桃太郎いい加減にしろよ」


「もう明ちゃん怖い顔しないでよ。解ってるわよ、二人とも恋人のフリをしてただけでしょ?この前のピヨちゃんの相談で察したわよ」


白田に絡めていた腕を解き、体を離す桃。


「え・・・僕のせいで・・・」


「雛、気にすんな、俺が面白がって桃に言ってなかっただけだ。遅かれ早かれバレてたさ」


「ちょっと!!私、状況が解ってないんだけど!!」


中腰になり挙手する由美。

たった一人置いてけぼりになっている事に、堪えられなくなったようだ。


「雅さんてゲイなの?愛野君・・・最初からそう説明しといてよ!張り切ってメイクしてくる意味あった!?」


「うっせぇ〜なぁ、だから散々言っただろう。お前が化粧しようがマッパになろうが、雅の視界の端にもはいらね〜って」


「そういう説明じゃ解んないわよ!」


「お前、雅がゲイでも化粧してくるだろうが」


「当たり前よ、ゲイだろうが、既婚者だろうが、地球外生命体だろうがイケメンが居るかぎりはメイクするわよ!」


「お前はそういう奴だよな」


「雛山く〜〜ん、部下のくせに馬鹿にするぅ〜、あいつ私を馬鹿にするのぉ〜」


「おい、どさくさに紛れてピヨ山に抱きつくな」


「あのぉ〜、桜庭さん。僕もゲイです」


「マジで!?」


「お前婚約者居るんだから、イケメン追いかけなくていいだろうが」


「あのね、愛野君・・・・こんな名言あるの知ってる?それはそれ、これはこれ」


未だ雛山を抱きしめている由美は、明に向かってドヤ顔でそう言う。


「あはははははっ何この子、めっちゃ面白いんだけどぉ〜〜」


桃が手を叩きながら、豪快に笑う。

一気ににぎやかになった居間に「楽しそうだねぇ」と太郎が戻ってきた後、再び蟹鍋パーティーが再開した。



******



愛野宅

台所



「雛山くんは、お湯わかしてくれる?」


「はい」


初めて入る愛野宅のキッチン。

8畳程の広さの台所は、ダイニングも兼ねて四人がけのテーブルセットがおかれている。

キッチンと言うより、昭和感漂う台所。

だが置かれているキッチン用品や食器などの色は、グレーとオフホワイトで統一されていて明の拘りを感じる。

由美から指示を貰った雛山は、目についたホーローケトルに水道水を入れてコンロの上へと置いた。


ほんの少し前、鍋のシメである雑炊が終了。

白田が差し入れで持ってきたケーキを、食後に食べようとなった。

お茶の用意を買って出た由美。

そして一人では大変だからと、由美は雛山を指名して台所に移動したというわけだ。

雛山はコンロの火を強火に設定して、コーヒーサーバーのセッティングをしている由美を見る。

勝手知ったるなんとやら。

由美はコーヒーを淹れている間、食器棚からカップを取り出してテーブルに並べる。

3つのマグカップと、4つの来客用コーヒーカップ。

何処に何があるか把握しているような動きで、雛山はそれをボーと見ている。


「さてと!後は待つだけね。では本題!」


テーブルに砂糖やシルバー類、ケーキ用の取皿をトレイに乗せ終わると由美は雛山に体を向ける。

思わず背筋が伸びる、雛山。


「ねぇ雛山君、愛野君と白田さんが恋人のフリってどういう事なの?」


由美のその問いかけに、だから自分をここへ呼んだのかと理解する。

桃が言った言葉をずっと気にかけていたのだろう。

その事は説明しても問題は無いかと、雛山は口を開いた。


「雅さんのお店を手伝う間だけの、恋人のフリですよ。そういう店なので、明さんもゲイのフリをする約束だったみたいで。だけどお客さんの誘いを断る理由として、白田さんに恋人のフリをしてもらってたみたいです」


「なるほど・・・・で、なんであの2人、あんな空気なの?ただの喧嘩って雰囲気じゃないんだけど」


やっぱり、他の人でも気づく程に2人の雰囲気は最悪だったのだろう。

雛山も2人を仲直りさせると意気込んでいたが、あの空気の中どうすればいいかと頭を悩ませていた。


「・・・それは僕から言って良いのか・・・それに僕もあんまり解ってなくて。白田さんが明さんを避けてるのは解ってるんですけど」


フスカルで桃や雅が言っていた内容の半分以上は、理解できなかった。

根が素直な雛山は、そんなに複雑に考えなくても思ったことを直接言えばいいじゃないかと思ってしまう。


「私が思うに、白田さんって愛野君に好意を持ってるわよね。LikeじゃなくてLoveの方」


「知ってるんですか!?」


「ん〜〜〜〜〜と、前に愛野君の話をしてて白田さんが笑った時、チョコミントの香りがした」


チョコミント?

首を傾げる雛山。

そんな独特な香水、白田がつけているとは思えない。

ふとした瞬間に彼から香ってきた匂いは、大人の男性にピッタリな少しスパイスの効いた爽やかな香りだ。


「え?ん?どういう意味ですか?」


「フローラの女子社員の間で、白田さんの笑顔はミント香るほど爽やかな笑顔って名称がついてるのよ」


「ほぉ〜〜なるほど、何だかわかります」


「それが、チョコミントの香りだったのよ。甘さ控えめだったけど・・・あの時の顔見たときに、あっ愛野君の事好きなんだなって解っちゃったのよね」


いつもは清々しく爽やかなのに、少し甘さをプラスされた笑顔だと言うことなんだろう。

由美の言いたいことが解った雛山は、なるほどと納得する。

そしてそのチョコミントの笑顔を、雛山も何度か目にしていた。

それは、全て明に向けられていたものだったと思い出す。


「今日さ、白田さんずっと愛野君の事を見てたけど、愛野君がその視線に気付いて目が合うと白田さんがさっと視線を外すのよ」


「え、僕気づきませんでした」


「女だから、こういう事には目ざといの。まだ好意は持ってるみたいだけど・・・・無理に隠してる感じがするのよね。私からしたら丸わかりだったけど」


女性は視野が広くて、男性のちょっとした仕草の違いも見抜く。

だから彼氏の浮気も瞬時に気づくと、何かの雑誌で読んだなと〜と少しずれた事を考える雛山。

そして由美が言った事が正しいとすれば、雛山はその原因に思い当たるものが1つあった。


「・・・・・・・・あの・・明さんに彼女が居るから、諦めようとしてるとか」


「あ?彼女?あいつに?ないないないないない」


顔の前で無い無いと、高速の速さで手を振る由美。

あれ?と首を傾げる雛山の横で、コンロの上でグラグラしていたホーローケトルがピーと高い音を発する。


「カップにお湯入れてくれる?」


「はい」


火を消してケトルを手にすると、テーブルに並べたカップにお湯を入れていく雛山。

明に彼女がいなとなると、今日見たあの人は誰なんだろう?

太郎や雅も公認みたいだし、彼女が差し入れしたポテトサラダを美味しそうに食べていた明にも引っかかる。


「ここに来た時に、見たんです。明さんと・・・その日富美さん?って人」


「日富美?あぁ・・・まぁ他の人から見たら、そう思うのかもね。うちの会社でも噂になってたし」


「違うんですか?」


「付き合ってないわよ。愛野君にとったら大切な存在みたいだけど、恋愛感情は無いわね」


カタンと空のケトルをコンロの上にもどす雛山。

会社でも噂になる程の仲でありながら、わざわざ家に差し入れを持ってくる女性は彼女以外になんなんだろうか。


「日富美と愛野君は、小学校四年の時の同級生なんだって」


いわゆる幼馴染。

なのに会社も一緒?

どんなに仲が良くても被るのは進学校までだろう。

同じ会社に就職するなんて、よっぽどの事だ。

恋愛感情が無いのは明の方だけで、もしかしたら彼女は?


「日富美さん自身は、明さんの事どう思ってるんですか?」


「・・・・それ私に聞くの?」


「聞いちゃいけませんでした?」


「はぁ・・・そりゃ、容姿端麗で自分の事を特別扱いして、窮地から2度も助けてくれた男が居たら誰でも好きになるわよね」


やっぱり好きなんだ・・・・。

人様の恋バナで、ガッカリした気分になる雛山。

だが、由美の言った窮地が気になった。


「窮地?」


「日富美、小学校の時にガキ大将みたいな奴に虐められてたんだって。それを転校してきた明が、拳一発で黙らせたって。しかも拳にガキ大将の前歯が刺さってて、クラスメイトが大パニックだって。はははは」


小学校の時から、人を殴ってたのか・・・・

しかも拳に歯が刺さっている光景を想像して、雛山は青い顔になる。

笑ってる由美も、若干怖い。


「それとフローラでセクハラ・パワハラ受けてた時・・・・・あぁ自社の汚点話すのどうかと思うけど。日富美が勤めてた部所の上司がストーカーまがいな事してたわけ、それも愛野君が・・・・前歯全部折るぐらいボコボコにして会社から追い出した」


「それも歯が刺さってた・・・とか」


「あらっよく解ってるじゃない。あはははは」


いやいや笑えないから・・・と心の中で突っ込む。

だが子供の頃の話よりも、かなり大事になりそうな話。

相手が役職持ちなら特に、訴えられたりしなかったのだろうか。

まぁ今もフローラに勤務している明を考えれば・・・・


「相手も公に出来ない当たり、愛野君が弱み握ったんじゃないのかな」


やっぱり。

そこはちゃんと明も考えて行動してたのか・・・

それでも、やっぱり笑い事じゃない。


「こわ・・・・」


「まぁ同じぐらい日富美も怖かったと思うわよ。親にも愛野君にも内緒にしてたし、一時期部屋から出れなかったみたいだし」


「・・・・そうですね」


「私が日富美と話し始めたは、それが切っ掛けなの・・・たまたま見かけた彼女が怯えてたから、聞きだして。内緒にしてって言われたけど、流石に無視は出来ないでしょ?それで私が愛野君に言ったら、その上司は翌日辞表を出したわ」


「流石・・・仕事が早い」


「愛野君が上司をボコって追い出したって、会社では噂になってたけど。証拠は出なかったし、会社のトップも無言だったからただの噂止まりよ」


もし雛山が、日富美の立場だったら・・・・

確実に明に恋心を抱いていただろう。

自分も鷹頭の虐めに、直接的ではないが助けてくれた。

それだけで明に恩を感じてるし、もし明に何かあった時は助けてあげたいという気持ちもある。

それは明にだけではなく、白田にも言える。

白田が親身になって動いてくれたから、逃げずに居られた。

今、愛野宅で和気あいあいと鍋パーティーを楽しめているのも、白田が居てくれたから。

だから2人には、笑っていてほしい。


「その日富美さんの気持ち、明さん知ってるんですかね」


「もう!ここまで。私が答えられるのは!」


「えぇぇ〜、僕としては、白田さんの力になりたいんです。2人が仲直りして、うまくいって欲しいんです」


長い間片想いをしているかもしれない日富美には、悪いとは思う。

だが2人は雛山にとって大切な人。

多少の犠牲があっても、2人には幸せになってほしかった。


「雛山君、良い子ねぇ。愛野君が気に入るのも解るわ」


「だけど僕、空気なので」


「何?その空気って。あっコーヒー出来き上がったわね。私お湯を捨てるから、空いてカップからコーヒー注いでくれる?」


由美は温まったカップから、お湯を捨てていく。

雛山はコーヒーが溜まったハンドルを手にし、湯気が立っているカップにコポコポと中身を注いでいく。


「明さんにとって、居ても居なくても良い存在って事です」


そう言いながら、気持ちが沈んでいく。

口を尖らせながら口にする雛山に、目を丸くする由美。

やがてクスリと笑い、雛山の頭をポンポンと叩く。


「何いってんの。空気が無いと、私達生きていけないじゃない」


コーヒーを注いでいた手を止める雛山。

優しげに微笑んでいる由美の顔をじっと見る。


「愛野君にとって、雛山君は空気のように必要な存在よ」


必要な存在。

由美のその言葉に、胸が熱くなる。


親しい人は全て、自分の前から居なくなった。

新しく出来た友人も、ゲイだとバレた途端に居なくなると思って付き合っていた。

そんな自分は、誰からも必要とされていないものだと・・・・居ても居なくてもいいと・・・・

これかもずっと、そうやってヒッソリと一人で生きてくものだと思ってた。

それが白田と出会い、明に会い・・・・雅や桃、そして由美と親しくなれた。

切っ掛けは些細なものだったけど、結果は大きかった。

自分の中では、もう必要な人は沢山いる。

同じ様に相手にも思って貰えたら・・・どんなに幸せなことだろう。


泣きそうな表情でぐっと堪えている雛山。

そんな青年に、笑いながら頭を撫でる由美。

遅いから様子を見に来たと桃が台所に現れ、本格的に泣きている雛山をグワシと抱きしめるまで後3分。



27へ続く

気分が乗ってしまい、長くなりました。

なのに二人に進展が無くて、すみません。

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