第24話

愛野宅にやってきた白田。

そこで甥と叔父である、雅と明の関係を知る。



24



愛野宅



本日で3度目の訪問になる白田。

由美と明は、さっさとキッチンの方へと消えて言ったが・・・・自分達はどうしたらいいのだろう。

それは雛山もそう思っていた様で、困った顔の彼と目が合う。


「おぉ、来たのか。こっちこいよ」


突き当りの台所の途中にある、居間。

その部屋からひょこっと顔をだしたのは、雅だった。

いつもは後ろに流している髪を下ろし、黒縁の眼鏡姿。

渋さは軽減され、いつもより若く見えた。

雛山と一緒に廊下を歩き、雅がいる居間へと入る。


「こんばんわ、雅さん」


「おぉっ〜」


「呼んでいただいて、有難う御座います」


ペコリと頭を下げる白田に、雅は「来てくれて良かったよ」と少し安心した表情を見せた。

居間は一度覗いた事がある、掘りごたつ式の8人がけの大きなテーブルがドンと真ん中にある。

田舎の家を思い起こす、落ち着いた部屋だ。

テーブルの上には、コンロが2つ。

1つのコンロにはもう既に鍋がセットされ、具材も投入されてグツグツと煮立っている。

そして人数分の、取皿やお箸、グラスがセットされていた。

どこか旅館に来たような気持ちになる。


「そっちに2人座れよ・・・・まぁ由美ちゃんが間に入るって言いそうだけどな」


苦笑いしながら、上座の方を指出す雅。


「桜庭さん、よく来るんですか?」


三列に並んだ所の端っこに座る雛山。

由美の事をよく理解しているような雅に、首を傾げて問う。


「俺は去年一度だけ、ちょくちょくこの家には来てるみたいだぞ」


「桜庭さんって、明さんの上司にあたるんですよね?」


以前名刺を貰った雛山は、その時の役職が付いていた事を思い出したのだろう。


「愛野さんとは同期だって言っていたよ。それに愛野さんも営業部では、主任だったみたいだし」


「そうなんですか!?はぁ・・・やっぱり仕事出来る人なんだなぁ」


「普段のアイツからしたら、想像出来ねぇ〜けどな」


「たしかに・・・・」


失礼ながらも雛山は納得してしまう。

そんな彼に豪快に笑う雅と、控えめに笑う白田。


「太郎さんっ私が持っていきますから!」


廊下から聞こえる由美の声。


「いいからいいから、由美ちゃんはお客様なんだから」


そんな声と共に現れる、70間近に見える男性。

両手で鍋を持ち居間に入ってくるなり、2人の客人に目を向ける。


「あぁ、いらっしゃい」


ニコヤカに笑う男は、2人に会釈すると空いているコンロに鍋をおく。


「お邪魔しています、いつも雅さんと明さんにお世話になってます雛山です」


「この度はお招きいただいて、有難う御座います。愛野さんの会社と取引させて頂いてます、白田と申します」


「そんなに堅苦しくしないでね。僕は明君と雅君の父の太郎です。いつも2人がお世話になってます」


明と雅の「父」と名乗った事に引っかかったが、それよりも太郎の風貌に目を見開く。

明とは全く似ておらず、父と言うより祖父の方がしっくりくる。

それに白田は以前、ダイニングに飾られていた写真を目にしていた。

それは明の小学校の入学式。

美少女のような愛らしい明と、明にそっくりな母。

そして2人の背後に立っている父親らしき人物。

あの写真から20年経っている事になるが、あまりの変わり様だ。

写真の太郎は、髪も黒黒とあり、もう少し肉付きもよく、20代半ばに見えた。

それが・・・・今では髪もほぼ無く、頬もゲッソリとし、身体も萎んだように感じる。

だが写真でみた左眉の横にあるホクロで、同一人物だとは解った。


「ほらっ、太郎さんが会いたがってたのが白田さん」


会いたがっていた?

雅にそう紹介されて、心中で首を傾げながらも口元の笑みは絶やさない。


「明が怪我した時に、食事を作りに来てくれてありがとう」


「あっいえ、勝手にお邪魔してすみませんでした」


「そんな事気にしなくていいんだよ。白田君が作ってくれた夕飯はどれも美味しかったよ。本当にありがとうね」


穏やかな口調の太郎に、真逆の明。

本当に親子なのかと疑っても仕方がない。

そしてもう一つの疑問・・・・雅と明は叔父と甥の関係だと聞いていたにも関わらず、2人の父親だと名乗った事が謎だ。


「それじゃ、出来上がるまでもうちょっとだから。それまでここで待っててね」


「あっ待ってください。これつまらない物ですが」


白田はここへ来る時に買ってきた、ケーキが入った紙袋を太郎に差し出す。


「うわぁ〜ありがとうね。それじゃ食後に皆で食べようね」


紙袋を受け取り客人2人に笑顔を向けると、太郎は居間から姿を消した。


「ぷっはははは、雛なんて顔してんだよ。ず〜〜と口開けっ放しだぞ」


「いや・・・だって」


「まぁ初めてみれば、そう思うわな。言われても誰も納得しねぇーよ、明と太郎さんが親子だなんてよ」


「だってねぇ、白田さんもそう思いましたよね?」


「うん、ダイニングに飾ってた写真とかけ離れてたから・・・」


「まぁ、明が色々と苦労かけたのが原因だけどな〜。けど今では、ちゃんと親子やってるよ」


「あの〜〜〜・・・・明さんと雅さんって叔父と甥ですよね・・・」


言いにくそうに雅に問う雛山。

それは白田も確認したかった事だ。


「あ〜〜〜まぁ・・・元はな、今は紙の上では太郎さんと俺が養子縁組してるから」


「えっ・・・そうなんですか!?」


「言っただろ?俺は両親と縁をきってるって」


「はい。僕が初めてフスカルに行った時ですよね」


「俺の家は、まぁちょっとした地主でよ、地元じゃかなり裕福な家だったんだ。本家で生まれたのは俺と姉さんだけで、長男の俺は跡取りだったんだけどな・・・・まぁ古臭い考え方しか出来ない家だったからよ、ゲイだって言ったらあっさり勘当されて。当時、まだ学生で金もなく途方にくれてたら、太郎さんに家に来いって言ってくれたんだよな。で、それで家族を失った俺に、本当の家族になろうって太郎さんが養子にしてくれたんだ、だから明とは兄弟でもある」


「何かドラマみたい・・・」


「状況次第で説明が変わるから、兄弟だったり叔父甥だったりバラバラになってるんだけどな・・おい雛、何で涙目になってんだよ」


「だって・・・そんなにあっさりと親子関係を切られるなんて・・・。だけど・・・太郎さん凄くいい人で・・・悲しいやらいい話やら、悔しいやら感動やらで、よく解んないです~~」


涙目どころではなくて、本格的に泣き出した雛山を笑いながら頭を撫でる雅。

白田は太郎の心の深さと暖かさに胸に迫るものを感じながらも、それだけの話では無いと推測する。

古くから続く家ならば跡取りに執着している家庭と言ってもいい、それをゲイだと言ってしまえば勘当される事は予想できる。

それもお金に困らない生活で、遊びたい盛の学生時のタイミングで言うなんて・・・予想でしかないが、雅がどうしても公言せざるを得ない状況になったのだろう。

そしてもう一つ、本家で男だけだと言った事にも引っかかる。

雅の姉は、明を生んでいる。

雅が跡取りじゃなくなれば、必然的に長女の息子が跡取りになるのではないだろうか・・・。

それに長女と結婚していた太郎にとって、勘当された雅を養子に迎い入れる行為は太郎の立場を悪くする。

色々と謎が多い愛野家。

あの女性は、それを全て知っているのだろうか。

明が飾ることのない笑みを向けているのだから、全てを受け入れているのかもしれない。

失恋したと自覚はあるのに家の前に居る2人を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。

自分がどんなに頑張ったところで、明にあんな表情をさせる彼女に叶うはずがない。

だから必死に自分の気持を抑え込み、失恋したその日に彼への想いを断ち切ろうと決めた。

なのに・・・明の事が好きなのだと気付いたら、彼への気持ちがどんどん大きくなり溢れそうになる。

本当は今日来る事に、戸惑いと迷いがあった。

雛山の自滅する脅しがなかったら、間違いなく来なかっただろう。

今こうして居るだけでも、気が重い・・・


「はぁ・・・・」


知らずに吐き出すため息。

途端に2人の視線が自分に向くのを感じ、すぐにいつも通りの笑みを顔に貼り付けた。




25へ続く

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