第22話

明に出会う前の日常に戻っていた白田。

そんな彼に、雛山は休日の予定を聞く。



22



双葉広告代理店

1Fエレベーターホール



白田仁が乗ったエレベーターが一階へと到着した。

開いた扉から、エントランスへと出る。

今日は火曜。

明がフスカルに居る日。

先々週までは、白田も雛山と一緒にフスカルへ通っていた。

それが今では明と出会う前のサイクルに戻っていた。

今日もこのままジムへ行き、何も考えず眠れるまで体を疲れさせるつもりだ。

エントランスを通り抜け、自動ドアの前に来た時、背後から白田を呼ぶ声がした。


「白田さ〜〜ん!待ってください」


振り返る白田は、こちらへ手を挙げながら走ってくる雛山の姿。


「どうした、そんなに急いで。フスカルには行かないって返事返したぞ」


白田の前で立ち止まった青年に、ほんの数分前にやり取りしていたLINEの事を言う。


「はい見ました。だけどその事じゃないんです。今週の日曜日予定ありますか?」


「日曜日?・・・無いけど、どうして?」


休日に雛山と合う程の仲でもない。

何故休日の予定を聞いてくるのかと、首を傾げる白田。


「雅さんから、鍋パーティーするから白田さんも誘って欲しいって言われて」


「・・・・・・・・・お店で?」


「いえ明さんの自宅です」


白田の顔が強ばる。

明の名前を聞くだけで、心臓が止まりそうになる。


「いや。俺は」


「白田さんっ!何であれから店に行かないんですか?林檎さん責任感じちゃって、店に顔を出せないって」


「あれは、林檎さんのせいじゃない」


「じゃ〜何で、明さんを避けてるんですか?」


「避けてるわけじゃ・・・」


「LINEしてます?」


「・・・・送ったところで、いつもと変わらないさ・・・きっと既読スルーだ」


「明さんは塔から動けないし、そこから声を掛けることも出来ないです。だから、白田さんから塔に行かないと駄目なんですっ」


「?・・・何?塔って」


「兎に角!日曜日の17時!明さんの家の最寄り駅で待ってます!僕、道わからないんですから。白田さんが来てくれないと困りますよ」


「いや、行くなんてまだ「来なかったら、このエントランスで僕がゲイだって大声で暴露します」!?」


まさかの自分の性癖暴露で脅しを掛ける雛山。

鼻息荒くそう言い切ると、ペコリと頭を下げてさっさと自動ドアの向こうへと小走りで去っていく。

残された白田は呆然に囚われ、その場に立ち尽くす。

あんなに興奮気味にグイグイ迫る雛山は初めて見た。

雛山の脅迫に、断ろうとしていた気持ちが揺れる。

明に会うのが怖い。

また平常心で居られなくなり、彼を追い込んで傷つけてしまうのではないかと・・・

あの日・・・・左腰を異様に気にしていた明。

指摘すると彼の反応は今までと違っていた、みるみる真っ青になる顔色。

泣きそうに歪んだ表情が、今でも忘れられない。

知りたいという自分の欲求だけで、彼の踏み込んでは行けない部分まで立ち入りそうになった。

自分より小さな体を抱きしめれば、カチカチに強張っていた体。

後悔だけが残った出来事。

あの後、明の顔を見ると、泣きそうな表情が頭にチラついて視線を向けれなかった。

27年間生きてきて、これほど人に興味を持ったことも、これほど心乱される事も、これほど嫌われるのが怖いと思った事もなかった。


「白田君、どうかしたのかい?」


ぽんと肩を叩かれる。

白田は遠くへやっていた意識を戻す。

そこには心配げに白田を見ている、雀野。

自動ドアの真ん中でボーと突っ立っていたのだから、雀野が心配するのも仕方がない。


「いえ・・・大丈夫です」


「・・・最近、元気が無いみたいだけど・・・。女子社員も君の笑顔が無いからって事務所内の士気が落ちてるよ、なんてね。彼女と喧嘩でもしたのかい?」


「いや・・彼女だなんてい・・・・」


「白田君?」


「あっいえ、ちょっと考え事してただけです。では用事がありますので、失礼します。お疲れ様でした」


上司の雀野に頭を下げると、白田は外へと出る。

白田には彼女なんて居ない。

勿論お付き合いした女性は、5人程居た。

良いなと思うタイプの女性は皆同じタイプ。

自立し、自分をしっかり持って、落ち着いた大人の女性。

そしてそんな彼女達に、同じ理由でフラれる。

「仁って何考えてるかわからない。ずっとニコニコして、我儘も言わないし、何か・・・・人間味無い感じ」

大切な彼女だから、彼女に全て合わせて付き合ってきた。

彼女の都合にあわせ、彼女が望むことをしてあげ、彼女が喜ぶものを与え。

だから喧嘩なんて無かった。

彼女が何を言おうが、何をしようが、心が揺さぶられる事はなかった。

別れ話をされても「そうか、なら仕方ないね」で笑って別れた。

パターン化してしまった恋愛は、もう必要ないと思った。

どうせフラれるなら、一緒に居る時間も無駄になる。

なら、仕事と自分だけの時間を大切にしよう。

そう決めてから3年・・・・・何もない穏やかな毎日を過ごしていた。

明と出会うまでは。


駅までの道。

沈んだ気分のまま歩く白田は、何かを視界に入れて立ち止まる。

車が通り抜ける道路挟んだ遊歩道に、視線が釘付けになる。

明が居た。

その姿を目にしただけで、ドクンと鼓動が強くなる。

丁度化粧品雑貨から出てきた明は、誰かを待っているかのように店内に視線を向けている。

そして店内から出てきた、小柄な女性。

2人は肩を並べて歩き出す。

お互いスーツを着ている事に、会社の同僚かとも思ったが・・・・明の表情が違った。

にこやかに笑うその顔は、営業の時の作られた綺麗な笑顔ではなく・・・・子供っぽく歯を見せて笑う自然の表情。

相手の女性も明が言った何かを抗議するように、笑いながら明の肩を小突いている。

親しげに話しながら遠のいていく2人の姿に、白田の心はギュッと締めつけられる痛みを感じた。


あぁ・・・そういう事か・・・


白田はようやく、明への気持ちに気付いた。

だがどう見ても、恋人同士の2人。

自分の気持ちを自覚したのと同時に、失恋した。



23へ続く

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