第21話

非常階段の出来事から10日が経っていた。

白田はあれから明の前に姿を表しておらず・・

明と白田の事を皆心配していた


21



愛野家

ダイニング



一人夕食を済ませて、淹れたてのコーヒータイム。

とは言っても、こんな時間でも仕事の事は忘れない。

ノートPCで他社の化粧品の口コミに目を通しながらの、コーヒータイムだ。

気になった口コミの商品があれば、何時も持ち歩いているダイアリーに書き込む。

部が代わってもこの日課を止める事はなかった。


ピコン


LINEの通知音。

明は凄い速さでスマホを取ると、画面を確認する。

表示された【ピヨ山】の文字に、明ははぁと落胆のため息を吐く。

予想していた相手では無かったが、だからと言って無視するわけではない。

そのままメッセージを確認する。


『報告です!明さんが居ない曜日、週に一日だけですがフスカルでバイトする事になりました』


「まじかよ・・・・」


思ってもみなかったメッセージ内容に、思わず独り言を漏らす。


『一人で二丁目ウロウロできるのか?』


営業部でも新卒者の部下を抱えていたが、こんなに心配する事はなかった。

相手が他会社の人間だからか、それとも小動物的な頼りなさだからか、雛山には過保護になってしまう明。

出会った頃はここまで気にする相手では無かったが、付き合いが一ヶ月近くになると変な情が湧いてしまっている。


『雅さんや桃さんが居るので大丈夫ですよ』


過保護になっているのは、どうやら明だけでは無いようだ。

雅はもともと誰にでも面倒見が良い。

桃も雛山が可愛くて仕方ないのだろう。

最近は鷹頭の話はとんと聞かなくなったし、フスカルが雛山にとって毎日を乗り切る為のエネルギー補給場所になっているようだ。


『客も変なのが多いから、何かあったら雅に言えよ』


『はいっ』


そう忠告してみたものの、雅や常連客が常に目を光らせているから大丈夫だろう。

余計な心配かもしれないと思い、明は思わずふっと鼻で笑う。


『ところで、白田さんなんですけど』


「・・・・・・」


【白田】の文字が画面に映し出されただけで、明の心臓はドクンと激しく脈打つ。

そして返事を打とうかどうしようか悩やみ、画面をじっと見ているだけ。

そんな最中にも、雛山からのメッセージは届く。


『あれからお店にも一緒に来ませんし、会社で会ってもいつもの爽やかさが無いんですよね。明さん何か聞いてますか?』


聞いているわけがない。

あのへそピ事件から、10日経ったがそれから白田は店に顔を出さない。

その上、あれだけ無意味なメッセージもパッタリと止んだ。

明も意味が解らない。

あの時の男もおかしかったが、明自身もおかしくなってしまった。

LINEが鳴る度、白田かもと思い慌てて画面を確認してしまう。

仕事に集中している時は何とも無いのに、ふとした瞬間にあの男の顔が思い浮かぶ。

何故気になっているのか、何を気にしているのか、明自身全く理解できない。

あの日以降、自分の頭もおかしくなったとしか思えなかった。


「はぁ〜もう何なんだよ!モヤモヤするしムカムカするし、どうすりゃいいってんだよっ!」


「明君、荒れてるね〜。何か仕事で嫌な事あった?」


「!?」


家に一人だと思っていた明。

ダイニングの入り口で、発泡スチロールの箱を抱えている太郎がいた事にビックリする。


「何だよ、帰ってたのかよ。一言言えよ」


「玄関先でただいま〜って言ったよ?」


「むう・・・・」


「仕事に集中して聞こえなかったのかな?ほらっ明君、これ」


コトンと置かれた、発泡スチロールの箱。

明はそれを見ると目を輝かせる。


「そうか、もうその時期だよな」


「そうだね。けどね今年は3杯だけじゃないんだよ。大漁だったみたいでね、6杯も貰ったんだ。あと二箱玄関に置いてるけど、冷蔵庫入るかなぁ」


太郎の務める会社の社長の実家は、漁業を営んでいる。

毎年蟹のシーズンになると、足が折れたり甲羅に傷がある物を社員に配ってくれるのだ。

去年までは、明と太郎そして雅の分として3杯貰っていた。

その為この時期になると、皆集まってカニ鍋を囲むのだ。

去年は日富美や由美も参加していた。


「マジで!?6杯も!?」


「今週の日曜日、由美さん誘ってあげなよ」


「だな、ならイチニも言っとかないとな」


「日富美ちゃんね、さっき外で会ったんだけど、その日は用事があるみたいでね」


「そうなのか。雅と4人か・・・あまるな」


「雅君の恋人は?僕会ってみたいんだけど」


「いいんじゃね〜の。雅に聞いてみたら?」


「後は、明君の友達も誘ってあげてね」


「・・・・誰だよ」


この家に呼ぶほどの友人という友人は居ない。

会社で仲良くしている営業部の連中も、プライベートまで仲良くなるのはごめんだ。


「明君が怪我してた時、ご飯作りにきてくれてたお友達いるじゃないかぁ。僕も会ってお礼言いたいしさ」


「・・・・・あいつは、別に友達じゃねーよ」


「そうなの?」


友達じゃない・・・・

仕事上の付き合い・・・とも違う。

何なんだろう・・・

明は白田の存在が、自分の中でどの位置にいるのか「んぅ〜〜〜」と唸って考える。


「友達じゃなくも呼んでよ。食事を用意してれた事は、ちゃんと気持ちで返さないと」


「ん〜〜〜」


肯定なのか否定なのはハッキリしない明の返事。

いつになく悩んでいる明に、太郎は首を傾げる。

太郎にしてみれば、白か黒かハッキリしている明がこんなにどっちつかずの態度を取るのは珍しい。


「まぁ・・・考えとく」


「うんうん。じゃぁ雅君には僕から連絡しとくね」


考えておくと言っておきながら、明の中で誘うという選択肢は薄い。

散々そっけない態度をしておいて、向こうから音沙汰が無くなったら連絡を入れるなんて、かっこ悪くて出来ない。

それに向こうが店にも来ず、LINEのメッセージを止めたという事はもう明に会いたくないのだろう。

仕事上だけの付き合いになるだけ・・・・・そう思うと、胸をぐっと締め付けられる痛みを感じた。



******



翌日

フスカル


雛山がフスカルで働く事になって、初出勤の日。

店は忙しくも無く、暇でもない程よい客入だった。

今日居るメンバーは、全員雛山も顔見知りだったので初日でもそこまで緊張はしていなかった。

カウンター席には桃ちゃんだけが座り、今日は居ない林檎の話をしていた。

白田が来なくなり、林檎ちゃんが凄く気にしていると言う。

タイミングがタイミングだった為、来なくなったのは自分のせいだと元気が無いらしい。


「林檎さんのせいじゃないと思います」


「私もそう思ってるのよ、けどあれで明ちゃんと白ちゃんが喧嘩した切っ掛けにもなっちゃてるわけでしょ?あの日2人が戻ってきたら、目も合わせないし会話もしないし・・・完全に喧嘩よね。ねぇ明ちゃんから何か聞いてない?」


「それが・・・僕も昨日、明さんにLINEで聞いてみたんですけど」


「けど?」


「既読スルーです」


「ねぇ雅君は?何も聞いてないの?」


「面倒臭いから、首突っ込んでねぇーよ」


甥っ子の事にサラリと冷たい事を言う雅に、二人ともえぇ〜と言う顔をする。

2人同時に同じリアクションをする事に、雅はふっと笑う。


「けど林檎が落ち込んでるのはちょっとなぁ。なぁそのLINE見せてくれよ」


「はいっ」


手を差し出してきた雅に、手元に有ったスマホを操作し明とのLINE画面にして手渡す。


「・・・・・・・・・」


目を細めて、昨日のやり取りを見ている雅。


「あいつ、お前にはちゃんとした日本語で返事返してるんだな。俺には基本スルーか「バカか」とか「うんこ」しか返してこないぞ」


「もう履歴そこまで遡らないでくださいよ〜」


「明ちゃん、ピヨちゃんの事気に入ってるのね・・・叔父の扱い酷いのは泣けてくるけど。どういう状況で返事が「うんこ」なのか謎だわ」


「普通さ・・・明が白田さんの事、何とも思ってないなら「知らねーよ」って返事してくると思うんだけどよ。かなり前にお前がLINE教えないんですか?って聞いた時も『する必要あるか?仕事のやり取りなら電話や会社のメールで十分だろ』って素っ気ないけど、ちゃんと返してるだろ?」


「そんな所まで読んでたんですか!?」


毎日とは言わないが、雛山は明とLINEのやり取りを頻繁にしていた。

短くてもちゃんと返事を返してくれる明。

雅の言葉に、自分は少し明に特別だと思わている事は嬉しかったが、今は喜んでいる隙はない。

今まで無視は無かったから、昨日の質問に何も返ってこない事が物凄く気になった。


「あいつも気にはしてるんだろうな。だけど・・・はぁ不器用だからな〜あいつ。受け身体質だったの忘れてた・・・」


「受け身って?」


「来る者拒んで、去る者は追えず」


「ん?色々おかしいです」


「解った。明ちゃん、人との距離をうまく測れないんじゃないの?自分の立ち位置から一歩も動かない的な」


「まぁそういう事だな」


2人の言葉に、雛山は首を傾げる。

雛山の目からしたら、物凄く上手く立ち回っているように見えていた明。

どこが不器用なのかと、疑問に思う。

僕は解りませんとハッキリ表に出している雛山に、2人は気付き吹き出して笑う。


「いくら友人でもさ、踏み込んで欲しくない事ってあるでしょ?言うなればテリトリーね。普通なら踏み込んで欲しくない場所の手前で、防衛を立てる。まぁ壁ね。だけど明ちゃんの場合、1キロ先に防衛立ててるの。それも100メートル地点に何重も。もう守りが凄すぎて、明ちゃん自身にさへ近づけないみたいな」


「あいつの場合、防壁に大砲やら弓兵も待機してる感じだろうな。普通ならそこで諦めて引き返すもんだけどな。一人、明に近づこうと我慢強く外壁の外で待ってる奴が居るとする。大砲も弓兵も24時間フル活動とはいえないからよ、スキを見て防壁を飛び越えて来るわけだ、じっくり時間を掛けて一つ一つ。その都度明は、相手に心を開いていくわけだ・・・だけど残す所あと一つの防壁に相手はヘトヘト疲れて、諦めて引き返してしまう」


「・・・・・・・・・・」


雅の言葉をじっと聞いている雛山。

その表情は真剣そのもの。

雛山の頭の中では、SFファンタジーばりのイメージが膨らんでいる。

外壁の中心にある塔には明が居る。

近づくものを容赦なく攻撃する武器が備わった防壁が何重にも、塔への道を遮っている。

何とか明に近づこうとしている勇者が、攻撃を掻い潜って侵入してくる。

それを上から見下ろしている明。

そこまでして自分に近づきたいのかと心が揺らぎ・・・・あと1つの外壁を前に勇者は塔に背中を向けた。


「普通ならそこまで気を許せば、自分から歩み寄ってテリトリーに招き入れるけど。あいつは出来ないんだよ、相手が去っていく背中を淋しげに眺めてるだけ」


「何で出来ないんですか?」


「よっぽど不器用なのか・・・・テリトリーに入れるまで心を許しても、去って行くと解っているのかしら」


「そんな・・・けど、僕には許してくてますよね」


「・・・あのな雛。お前はあいつにとって脅威じゃない」


「へ?」


「防壁以前の話だ、表面上の付き合いだけでテリトリーに入れても入れなくても、居ても去ってもどっちでもいい」


「悪く言えば、何の影響力もない・・・・・ってところかしら。私と林檎ちゃんもそんな立ち位置よ。空気みたいな存在ね」


「えぇぇぇぇ〜〜〜何かショック・・・」


明にとって自分が特別であると思った自分が恥ずかしい。

それ以前にショックだった。


「じゃ・・・白田さんは、明さんにとって脅威なんですか?」


「そういう事だ」


「で・・・脅威って何なんですか?」


「そこから!?ピヨちゃんやっぱりぽやっとしてる」


「ええええ〜〜」


「私が思うに、心をもってかれる人、我を忘れるぐらいに感情をかき乱されちゃうの」


「折角作り上げてきた自分を、崩されるのが怖いんだよ」


「・・・・・・・・・・・よく解んないです」


人間関係の奥深い話は、雛山にはまだ難しかった。

そこまで深い関係になった人も居ないからか。

明自身に複雑な事情があるのだなと汲み取れないのは、まだまだ相手の表面の顔しか知らないからだろう。

もしここで、明の事情に首を突っ込もうとすれば途端に防壁が現れるのだろうか。

それとも、やっぱり影響力なしと見なされて空気扱いのままなのか・・・


「どっちもどっちだなぁ・・・」


雛山にはまだ理解出来ない、複雑な人間関係。

彼にこれから最愛な人ができれば、少しは理解できるかもしれない。



22へ続く

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