第23話

愛野宅に呼ばれた日

白田が来てくれた事にホッと胸を撫で下ろす雛山。


23



約束の日



「もう!来ないかと焦りましたよ」


約束の時間を10分過ぎて現れた、白田。

雛山は来なかったらと駅前でヒヤヒヤした気持ちで待っていた。

ゲイだとエントランスで叫ぶなんて、本当ならばしたくない。

だが優しい白田ならば、絶対に来てくれるだろうと確信があった。

なのに時間きっちりになっても現れない男に、あんな事言わなきゃ良かった〜〜と発狂しそうになった。

それでも諦めずに待った10分、乗り換えの電車が人身事故で止まって遅れたと焦りながらやってきた白田。

半泣きになっていた雛山に、ごめんごめんと笑いながら謝った。

元気が無くなっていた頃に比べれば、幾分元気を取り戻したように見えた白田に雛山もホッとした。

明への家まで、歩いて10分程。

暗くなりかけている道を、2人並んで歩いている。


「ごめんって、けどもうちょっと遅れてたら・・・完全に泣いてただろうな」


「むせび泣いてましたよ。もう心臓バクバクでしたよ・・・」


「はははは」


「それにしても白田さん、私服姿も爽やかですね。落ち着いた男って感じっで、参考になります」


白のTシャツに、水色のカジュアルジャケットを羽織り、足元は黒のデニム・ジーンズ。

足の長さが異様に目立ち、ファッション雑誌から飛び出てきたモデルのようだ。


「雛山は・・・・高校生みたいだな」


「うっ」


大人の男から程遠い、雛山。

スポーツブランドのロゴが入ったパーカーの上に、チェック柄の袖なしダウン。

足元はダボッとした色の抜けたデニムパンツ。


「これは服装と言うより、根本的に中身の違いが大きいです」


「ははははっ何だよそれ」


「あっ!あれ明さんだ」



2階建てが建ち並ぶ住宅街。

50メートル程先の家から、出てきた明の姿を見つけた。


「うわ・・・明さん顔に気を取られますけど、やっぱりスタイルいいなぁ・・・」


白いセーターに、ほっそりとした脚線がハッキリと解るベージュのスキニーパンツ。

そしていつも軽くセットしている髪は、何もつけていないオフの状態。


「前髪下ろしてると、大学生みたいですね」


人の事は言えないが、スーツ姿の明とはガラリと印象が違う事に少しはしゃぐ雛山。

空気のような存在だと言われてからショックだったが、こうやって明の自宅に呼んでくれた雅には感謝しかない。

そして思ったのだ。

自分を救ってくれた大好きな2人だから、仲良くしてほしい。

空気は空気らしく、2人を包み込んで見守ろうと。


「明さん・・何持ってるんだろう」


明の手元には食材を入れるタッパ。

雛山が明に声を掛けようと手を挙げた時、家から人影が出てくる。

小柄の女性。

長い黒髪で、色の白い可愛らしい女性だった。

雛山はさっと、横を歩く白田の顔を見上げる。


「・・・・彼女だよ。愛野さんの」


そう笑う白田に、雛山は何とも言えない気持ちになる。

何故名字で呼ぶのか・・・何でそんな悲しそうな顔してるのに笑うのか。

女性は2言3言明と会話をかわして、手を振ってその場を離れる。

雛山とは反対の道へと歩く女性の背中に、手を振り見送る明。

そして近づいてくる二人分の足音に気がついたのか、明は振り返り白田を見る。


「明さん、こんばんわ」


「おぉ・・・」


ペコリと頭を下げて挨拶をする雛山に対して、相変わらず素っ気ない返事をする明。

だが視線は、白田に向けられたまま。


「お久しぶりです、愛野さん」


「・・・・・おぉ」


無表情の明に、ただ口元に笑みを浮かべただけの白田。

2人の間に重い空気を感じた雛山。


「あのっあのっ」


「愛野君!」


雛山が空気を割いて口を開いた時、女性の声が住宅街に響く。


「丁度いいところに、これ持って〜〜」


両手に紙袋を抱えた由美が、先ほど女性が消えた方向からこちらへ向かって歩いてきていた。


「よしよし・・・何でそんなに大荷物なんだよ」


「だって去年手ぶらで来ちゃったから、今年はさぁ〜〜」


「しかも化粧バッチリじゃね〜かよ。去年のすっぴんは何だったんだよ」


「だって雅さんに会うんだもん」


「だから雅はお前なんて、視界の端にも入ってないって」


「酷いっ!あら・・・・やだ2人も呼ばれたの?」


ここでようやく、白田と雛山の存在に気付いた由美。

そして白田を見るなり「化粧しててよかった」と胸を撫でおろしている。


「雅から2人が来るって聞いたの、1時間前なんだけどな・・・・」


「相変わらず、連絡し合わない兄弟なのね」


兄弟?

由美の言葉に、首をひねる雛山。

すると白田は雛山の横から移動し、由美が持っている荷物に手を掛ける。


「持ちますよ」


「やだっありがとう!もう、うちの部下は女性を気遣うなんて事しないから〜」


「はいはい、悪かったな自分本位で生きてて」


そう吐き捨てるように言うと、明は家の中へと歩き出す。

その後に続く、美由。


「日富美は?」


「あいつ、今日は同窓会だってよ。ポテトサラダだけ持ってきてくれた」


「まじかぁ〜〜って事は!」


玄関を潜り、突然美由が振り返る。

すぐ後ろに居た雛山はビックリしてのけぞる。


「ハーレムじゃんっ」


雛山と白田を見て、ニンマリ笑う由美。

美人で仕事の出来る女性。

男顔負けにテキパキと仕事をこなして、サバサバしてる女性だと勝手なイメージを作っていた雛山は、由美の砕けた振る舞いに目を丸くする。


「良い?雛山君、今日は取引先とか抜きよ、無礼講無礼講!!」


グワシと雛山の肩に腕を回し、ハイテンションの由美。


「お前・・・もう飲んでるのかよ」


「飲んでないわよ。あぁけど、いい男ばかりでもう酔いそう〜」


「アホか、さっさと入れよ。後ろつっかえてるだろうが」


「はいは〜い。雅さ〜ん、太郎さ〜ん!由美が来ました〜〜」


靴を脱ぎ捨てて、勝手知ったる家とばかりにバタバタと廊下を走り奥へと入っていく由美。


「スリッパ履かずに行きやがった・・・おいっピヨ山、ぼ〜としてないで入れよ」


バラバラに脱ぎ散らかした由美のハイヒールを揃えている明は、呆然としている雛山に声をかける。


「桜庭さんって普段あんなんですか?」


「会社から出ると、あぁなるな。それと酔うと抱きつき魔になるから、気をつけろよ」


特にお前なと、家に上がりこんだ雛山の肩にぽんと手を置いて言うと、さっと背中を向けて奥へと向かう明。

由美のはっちゃけたテンションにはびっくりしたが、白田がまるで居ないように振る舞う明が気になった。

ふと靴を脱いでいる白田に視線を向ける。

その視線に気付いた男は、何?と言う視線を返す。

これはただ見守るだけでは、仲直り出来ないかもしれない。

雅の力を借りて、何がなんでも仲直りさせようと意気込んだ。



24へつづく

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