第19話

華金のゲイバー、フスカルは今日も満席。

いつものメンバーで賑わっている中、白田の様子がおかしい。




19



2丁目

フスカル



今日は花金と言うだけあり、店の中は賑わっている。

BOX席は全部埋まり、カウンターは白田と雛山、そしてここ最近常連になった3人組が座っていた。

噂に引き寄せられ初めてやってくる客は、目当ての明や白田がカップルであると知ると二度と来なくなる人や、店の雰囲気が気に入り何度も顔を出す人もいた。

それにここの店主である、雅に狙いをかえる客も・・・・

明に似ているだけあり、素材は悪くない。

綺麗な顔の明とは違い、雅は男っぽく184センチと背も高く体もガッシリ。

整えられた顎髭に、日に焼けた浅黒い肌が男らしさに拍車を掛ける。


「はいよ、カレー」


スパイスのいい香りが、カウンターに広がる。


「ん〜〜いい匂い。雅さん特性のカレー食べると、他のでは物足りなくなりました」


「上手いこと言っても、安くなんねーぞ」


雛山の言葉に、雅は満更でもないように笑う。

雛山はここ最近、この店に来るとカレーを頼む。

ちょっとしたおつまみ系のメニューがある中、がっつりと食べたい人用に雅が毎日仕込んでいるカレーはなかなかの評判。

明もこの店に手伝いに来る日は、必ずカレーを食べる。

それしか無いのだから仕方がないのだが、毎回出されるカレーに文句を言わずに食べているので雅も他のモノは用意しなかった。

その明はと言うと、BOX席に居た。

桃と林檎と常連客が居る8人掛けの席に座り、酒を呷っている。


「そうだっ、明さんがボクシングしてるのって、雅さんの勧めって聞きましたけど、雅さんもやってるんですか?」


「!?そうなの!?」


何気に言った雛山の言葉に、口をつけようとしていたビールグラスを慌ててテーブルに戻す白田。

初めて耳にするのだろう、驚きすぎていつもの微笑みは消えさっている。


「えっ・・・知らなかったんですね」


白田が知らなかった事に、申し訳無さそうな青年。

店内だけの恋人同士だが、多少はお互いの事を知っていなければ口裏を合わせ辛い。

明が意図的に白田に教えてなかったのか、たまたま雛山だけ知る事となったのか・・・


「まぁほらっあいつ、自分の事言うの苦手だからな」


明らかに肩を落としている男に、雅はフォローを入れてみるも。


「雛山は知ってますけどね」


そう返されると予想はしていた雅は、苦笑するしかない。

どよんと沈んだ男に、ここまで落ち込む事か?と疑問が湧く。


「あっえぇと、今度明さんのボクシングジムに見学に行くんですけど、白田さんも一緒に行きましょうよっ」


雛山は何とか機嫌を取ろうとそう言うが、これも余計に拗れるだけでは?と予想する。


「何で俺が知らない間に、そんな約束されてるんだろう。なぁ雛山、お前いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」


予想通りの展開に、雅はため息をついた。

決して雛山が悪いわけじゃない。

白田が気にし過ぎな気がする。

もっと器用に立ち振る舞える男だと思っていたが・・・・


「えっ!?明君へそピ入れてるの!?」


林檎の驚く言葉に、カウンターの人間も反応する。


「見せて見せて〜」


と8人掛けのBOX席で騒ぐ客に、明は立ち上がりシャツをめくり上げる。

ただ臍を見せているだけだが、きゃ〜〜〜と黄色い声が湧き上がる。


「ちょっと!明ちゃん、カリカリだと思ってたのに。もうへそピより、腹筋に目がいくんですけどぉ!!」


「シックスパック。触りたい!触りたい!」


桃ちゃんの嬉しそうな声。

林檎は明の腹に手を伸ばして、サワサワと触りキャイキャイはしゃぐ。

ガタン・・・カウンターチェアから降りる白田。

そのままBOX席に移動するのを、雅と雛山は黙ってみている。

明の背後に立った白田は、何も言わず明が捲りあげているシャツを掴み下ろした。


「あらっ白ちゃん、怒っちゃったの?林檎ちゃん、ごめんなさいしなさいっ」


「ごめ〜ん、明君のお腹触っちゃって〜〜」


手を合わせて謝る林檎。

ここで気にしてないと笑うのがいつもの白田だろうが、今日は様子が変だ。

明の手を掴むと、その手を引っ張りBOX席から離れる。


「ちょっ!おいっ何だよっ」


戸惑う明を連れて、白田はそのまま店の外へと出ていった。

し〜〜んと静まり返る室内。


「やだっ白ちゃんって意外とヤキモチやきなのね・・・」


「怒った顔もかっこよかったぁぁ」


「林檎ちゃん気持ちは解るけど、戻ってきたらもう一度謝るのよ」


「当分帰って来ないんじゃない?今頃・・・・むふふふ」


キャッキャッうふふとBOX席は再び盛り上がる。

雛山は雅の方へ顔を向けて少し前のめりになると、カウンター席の他の客に聞こえないように小声で問いかけてくる。


「・・・・・あのぉ・・・雅さん、あの2人って本当に付き合ってたり・・・」


「いや・・・無いとは思うんだけどな」


と言ってはみたが、少し自信なさげな雅。

無表情で一言も発さずに強引に明を連れて行った白田の行動は、演技ではなくそうとう頭にきたからでは?と思ってしまう。


「以前、明さんの手を触ってた時も、ずっと白田さんに何で?って聞かれたんですけどね」


「どういう状況で触ってたんだよ・・・それ俺も気になるわ」


「だからボクシングの話の時ですよ、ここの皮膚が厚くなるから感触を確かめてただけです」


ここと言いながら自分の拳の第三関節当たりを指差す青年に、雅はまぁそれはありえるなと納得する。


「兎に角、白田さん明さんの事になると・・・様子がおかしい気がするんですよね・・・・これってそういう事って事ですかね?」


「ん〜〜〜白田さん完全なノンケだと思うんだけどなぁ・・・けど、さっきの様子を見ると・・・そういう事なんだろうなぁ」


「やっぱり、そういう事かぁ・・・」


「だな〜〜。つ〜か二人共、何処行ったんだ。明いねぇ〜と困るんだけどよ」


満席状態で結果的にトンズラした明。

この時につまみ系の注文が入れば、雅一人ではきついものがある。


「あっこれ食べたら、手伝いますよ。お給料は明さんからコンビニで何か買ってもらいます」


そう言ってニコリと笑う雛山。


「お前は本当に可愛いやつだぁな・・・お前が弟だったら良かった」


「ん?雅さん、弟さん居たんですか?」


つい口について出た、弟の単語。

雛山の反応が普通だろうが、雅は誤魔化すように「まぁな」と言葉を濁して笑う。

雅の言う弟は、さっき外へ出ていった人物だ。

だがまだその事を口にする程、目の前の青年とは深い関係ではない。

ここでは本来の甥と叔父としてお互い居ることが、余計な検索を受けずに居られるベストな状態だった。



******



林檎は年齢の数だけ、体にピアスを開けている。

客との会話の中で、皆がピアスを開けている、どこに開けている等の話題になっただけ。

明も昔は在り来たりで耳に開けていた。

だが、大学受験で猛勉強をし始めた頃に外してしまった。。

いつの間にか穴も塞がったが、脱がない限りは解らない臍ピアスだけはそのままにしていた。

ただ腹を晒しただけで白田は過剰に反応し、明を店の外へと連れ出した。

ビルの中に入っている店舗から漏れる騒音が、微かに聞こえる廊下を黙って歩く白田。


「ちょっと待てよ!おいっ」


外壁に備え付けられている非常階段。

白田はそこまで明を連れてくると腕を解放する。


「オレ仕事中なんだぞ!演技でもやり過ぎだろうが」


「・・・・・・・」


「おいっ何とか言えよ!」


背中を向けたままの男の腕を掴み、自分の方へ向かせる。


「ごめん・・・・・」


眉を寄せて沈痛な表情の男。

その顔を見れば、やった事への反省はしているようだった。


「もうちょっと上手くやれよ」


「演技じゃない」


「は?」


「演技じゃないだ。本当に頭にきた・・・・」


その男の言葉に、明はいまいち言葉の意味を理解できなかった。

ただの客との触れ合い。

別にキスや今夜の相手を迫られたわけじゃない、ただ腹を見せて触らせた・・・・どこに腹をたてる要素がある。

白田のいつもの演技だったら、「駄目だよ、誰彼構わず触らせちゃ〜」とか寒い事を言って、ニコリと笑うだろう。


「何で?」


「・・・・・解らない。何でだと思う?」


お前が解らね〜のに、オレが解るわけねぇ〜だろう!

と叫びたくなったが、自分で取った行動で当人が1番困惑しているようで、目の前の男はいつもより弱々しく見える。

そんな相手に、流石の明も大声で喚き散らす事も出来ない。


「はぁ・・・もういい。戻るぞ」


満席なのに、雅一人にさせているのが気になる。

明はクルリと男に背中を向けると、店へ戻ろうと一歩踏み出した。

だが咄嗟に白田に腕を捕まれ、前進する事は叶わなかった。


「おいっ、まだ何かあるのかよ」


「俺にも見せて」


「あ?何だよ」


消え入りそうな男の言葉が上手く聞き取れず、首を捻って相手を見上げる。


「明のお腹、俺にも見せて。触らせて」


「!?」


予想していなかった男の要求に、明はピシリと固まった。



20へ続く

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