第18話

営業の仕事が終わりコンビニに入った明。

そこでは「ホモ野郎」と鷹頭に言われている雛山がいて・・・


18



12時過ぎ

ビジネス街にある双葉広告代理店周辺は、この時間帯の人通りは多い。

コンビニや飲食店、テイクアウト専門の店もこの地域に密集している。

営業部の仕事として、近くにある美容雑貨店に出向いていた明。

商品開発部所属なのに元上司にお願いされ、暫くの間は営業部と商品開発部の仕事を掛け持ちする事になったのだ。

美容雑貨店の担当だった女性店員のお喋りから開放され、近くのコンビニで昼食を買ってから会社へ戻ろうと目についた大きめのコンビニに足を踏み入れる。


うげ・・・


声には出していないが、人が多すぎる店内に思わず顔を顰める。

だがすぐ側に居た女性が明の顔を凝視しているのに気付き、表情を和らげた。

この周辺は明の得意先もあるし、双葉の会社も近い。

いつ顔見知りに遭遇するか解ったもんじゃない。

だから營業モードで過ごさないといけない。

さっさと買うもの買って移動しようと、明はお弁当コーナーへ向かう。

だが・・・・既にお弁当類は完売。

おにぎりに至っては、梅味一個が残ってるだけ。


パンにするか・・・


そう思い直し、パンコーナーへ行けば見事に菓子パンオンリー。

あまり甘いものを口にしない明は、昼間っから菓子パンを食べるのはきつい。

ここら辺のコンビニはどこも同じ状態だろうと諦め、何処かの飲食店で食べて帰ろうと買い物を諦める事にした。

遠回りになるが、混んでいるレジ前を通らずコンビニの出入り口に向かおうとパンコーナーから離れ一つの棚を曲がった時


「ふんっチンタラしてるからだ、ホモ野郎」


そんな言葉が明の耳に入った。

明は足を止め、曲がった棚から顔を出し声がしたお弁当コーナーへ視線を向けた。

そこには鷹頭と、こちらに背中を向けている雛山が居た。

ドヤ顔でおにぎりを手に持っている鷹頭に、雛山はガックリと項垂れている。

最後のおにぎりを取ろうとした雛山に、横からそれを掻っ攫ったってとこだろう。

鷹頭の言葉と、2人の様子からそう察した。

雛山は相手に何も言わずクルリと振り返ると、トボトボとした足取りでパンコーナーへ。

菓子パンしか残っていない棚を見て、再びガックリ肩を落とす。


なさけね〜なぁ〜、何でやり返せねぇ〜んだ。


明がそう思っても、気の弱い彼には無理なこと。

何でもハキハキ口にする明にとっては、小心者の気持ちは理解できない。

中、高とつるんでいた連中は地元では怖がられていた不良と言われる部類。

タバコやアルコールは当たり前、バイクを盗み、無免許で車も運転、他校の不良と喧嘩三昧で、女子大生やOLをナンパしそのままホテルへ。

明も口よりも先に身体が動く派だったので、そういう連中と一緒に居るほうが性に合っていた。

それにカツアゲや、鬱憤晴らしのイジメもあったが、明はそれだけは付き合いきれなかった。

言い返せない、やり返せない人間に、強くでる輩は低劣でそれこそ弱者な人間だと思ってたからだ。

それは亡くなった母親から、言われ続けてきた事だった。

まさに、弱きを助け強きを挫く。

そんな明を慕う後輩や見習う連中もいたが、やっぱり若さ故に怖いもの知らずの仲間は明の目が届かぬ所で弱者へのイジメを続けていた。

いい大人になっても、イジメをしている鷹頭には頭にくる。

雛山の代わりに鷹頭をボコってもいいのだが・・・・・・明もいい大人だ。

自分の行いに、会社や家族がついてまわる事は理解している。

それにこれ以上、数少ない太郎の毛根を犠牲にする事は出来ない。

だが、このまま見て見ぬふりをするという訳ではない。

別の方法で・・・・

明は来た通路を戻り、パンコーナーへと向かう。

ニヤニヤ顔で雛山を見ていた鷹頭が、明の存在に気が付きハッとした顔になる。

それを一瞥して、俯いている雛山の隣で立ち止まるが彼は一向に明に気づかない。


「雛山君、菓子パン好きなんですか?」


声を掛けて漸く、パンから隣に立つ明に視線を向ける。


「アキ・・愛野さんっ」


大きな目を更に見開き驚く雛山に、明はニッコリと微笑む。


「どうしてここに?白田さんと何か打ち合わせですか?」


「いいえ、今日は別件で近くまで来てたんです」


「そうなんですね」


見知った人に出会った事が嬉しかったのか、さっきまでの暗い雰囲気は消え去っている雛山。


「雛山君、良かったらランチご一緒しません?」


「え!?」


明からの誘いに、目をパチパチさせる雛山。

大きく反応するところが、小動物を思い起こさせる。


「ここの近くに気になっている店があるんです。ここから南の信号を渡った先にある、小料理屋」


「あそこ高いですよっ・・・それに僕、給料日前で・・・・」


「私がお誘いしたんですよ、ご馳走させてください。それに一人で行き辛かったので、付き合ってくれると嬉しいな」


小首を傾げてお願いする明。

明の本性を知っているにも関わらず、明の仕草で顔を赤くした雛山はコクンコクンと頷く。


「良かった、なら行きましょう」


雛山の手を握る明。

そして誘導するように歩き出す。

ポカンとした表情でこちらを見ていた鷹頭の前に来ると、すれ違う瞬間にお前は眼中に無いとばかりに視線を外してそのまま通り過ぎコンビニの外へと出た。

同じチームの雛山だけに声をかけて、存在を認識していたのに鷹頭を無視した。

普通に考えれば、鷹頭はショックを受けるだろう。

だがその反動は、雛山に向くことは予想できる。


「ふふふ・・・・・鷹頭君のあの顔・・・」


手を引かれ明の後を付いて来ている雛山が、笑いを漏らす。

晴れ晴れとした表情で笑う彼も、直接的にやり返した訳じゃないがスッキリしているようだ。


「愛野さん、もう右手は大丈夫なんですか?」


繋がれている手を、じっと見ている雛山。


「もう平気、瘡蓋剥がれるの待つだけ」


普段どおりのそっけない口調になる明。

だが場所が場所なので、表情筋は営業モードを維持。


「・・・・治るの早くないですか?怪我したの・・・5日前ですよね。内出血も跡形ないですし」


「普段からよく殴ってるからな」


「え・・・・・何を?」


「人を」


明の返しはあながち間違ってはない。

だが明らかに物騒な方を想像して、表情を固くしてる青年。


「お前絶対ちがう事考えてるだろう・・・・」


「だって」


「ほらっ触ってみろ」


足を止めて、雛山の手を放すと向き合う。

そして右手の甲を上にして、差し出す。

雛山は頭に疑問符をとばしながらも、言われた通り明の手を取り瘡蓋を避けサワサワと指で感触を確かめる。


「わっ硬いっ皮膚が硬い」


明の表側の皮膚が異様に分厚く硬い事に、何度もそこに指を這わせる。


「体絞る為に、ボクシングジムに通ってるからな」


「そうなんですか!?凄いっ」


体を絞るだけなら、スポーツジムに通えばいい話。

だが女性も多いスポーツジムは、明にとっては面倒な事が多かった。

それも女性だけでもなく、更衣室で興味しんしんな視線を送ってくる男も面倒臭い。

雅のススメで行ったボクシングジムは、真面目に取り組んでいる体育会系しか居らず明にとっては居心地がいいのだ。

お陰で掌は柔らかいままだが、拳の皮は裂けては再生を何度も繰り返し皮膚は固くなり自然のグローブが出来た。

流石にプロを目指す人と真剣に勝負はしないが、サンドバッグとミットを殴るだけでも拳は頑丈になっていく。

見た目はほっそりした白い手だが、触ると硬い皮膚に誰もが驚く。


「カッコいいなぁ〜ボクシング」


飽きること無く、人の手を触っている雛山。

明はそんな青年にふっと笑い、何気に視線をあげた。


「・・・・・・・」


立ち止まっていた場所は、自然食を使ったテイクアウトのお店。

ガラス窓から中が見えるが、店内は若い女性が多かった。

だがその中で物凄く目立つ男が一人・・・・

女性達に囲まれて、ミントの香りを撒き散らしている男に明は目を細める。

営業モード中の表情筋は一時停止して、男を見ている。

その視線を感じたか解らないが、男は明の存在に気がついた。

切れ長の目を見開き、明、雛山、そして明の手を触っている雛山の手元に視線を向ける。

何か言いたげな男の表情に、明はふっと鼻で笑う。

雛山が触れていた手を、胸の高さで掌をヒラヒラと振って見せニッコリと笑いかける。

そして「行くぞ」と雛山に言うと、その場から立ち去る。


「えっ白田さん、良いんですか?」


慌てて追いかけてくる雛山。

彼も白田に気付いたようだった。

いいも何も、約束などしてないのだから声を掛ける必要もない。

女性達に囲まれて相変わらずの爽やかな笑顔で居たのだから、邪魔する方が野暮ってもんだ。

なのに何故か・・・・胸の奥底がジリジリする。


「ちょっと待って待って」


背後から慌てた口調の白田の声。

勿論明は待つ気はなく、目的地の小料理屋を目指す。

だが男はすぐに明に追いつき、横に並んで歩く。


「あれ?白田さん、女性をほっぽって良いんですか?」


営業モードの明。

だが左眉が意地悪そうに上がっている。


「いや、偶然そこで出会っただけだから」


「へぇ偶然ねぇ・・・で?何か御用ですか?」


「ねぇ何で二人共一緒なの?って言うか、さっきの状況は何?」


「雛山君とランチに行くんです。なので、白山さんは戻って良いですよ」


「俺も行くよ」


「いえ、大丈夫です。間にあってますので」


「雛山、何処に行くんだ?」


明に言っても埒が明かないと思ったのだろう、二人の後ろを歩く雛山にターゲットを変える白田。


「ええと・・・あそこの信号渡った先の小料理屋です」


「俺もいいだろ?雛山」


「雛山君。取引先のオレが居るんだから、嫌だったら嫌だって言っても大丈夫だよ?」


「明・・・・何で俺をのけ者にするの」


「名前で呼ばないでくれます?」


顔は穏やかなのに、バッサリ切り捨て続ける明。

白田は一瞬考えるように黙り込み、やがて足を止める。

明はとくに気にせずに前へ進むが、雛山は戸惑いずつ足を緩めて立ち止まった白田を気にする。


「愛野さん、もう12時半ですよ。今からお店に入って注文したとして・・・料理が出るのは20分掛かっちゃうんじゃないかなぁ?それじゃ~雛山、仕事開始に間に合わないかぁ」


明の耳に入る音量で、わざとらしい演技をする白田。

棒読みなのが、明の癇に触る。

ピタリと足を止めて、振り返る明の顔は忌々しげな表情。

営業の顔は跡形も無い。


「俺は営業なのでいくらでも言い訳出来ますけどね。どうだろう・・・フローラの愛野さんと打合せランチするので、バッタリ出会った雛山も誘いましたと弊社に一報入れましょうか?」


「ぐっ・・・・・・・・・」


こいつ・・・本当にいい性格してやがる・・


明は心中で毒付き、男を睨む。

普段は低姿勢の白田。

だがたまにSっ気の顔がひょっこり顔を出す。

明がムカついて顔を歪ませるのを見て、細く笑っているのだ。

今もしてやったりというような顔で、黙り込んでいる明にゆっくり近づいてくる。

そして明の側で足を止めると、「勿論、俺の奢りですよ」とミント臭の笑顔を向けてくる。

それはお前の奢りじゃなくて、経費だろうがと突っ込みたくもなるが・・・

明は近くでオロオロしていた雛山の腕に手を伸ばして掴み寄せると、青年の首に腕を回して引き擦る様に歩き出した。


「おしピヨ山、一番高いの頼むぞっ」


普段の顔と口調になった明は。

雛山はほっとしつつ、明の首元から微かに香る甘い匂いに鼻をくんくんさせる。


「明さん、何かつけてます?」


「あぁ・・・営業先の担当者に新商品だってムリクリつけられた。臭いか?」


「ううん。凄くいい匂い、明さんに合ってます」


「・・・あのさ、ベタベタしすぎてない?それに答えてもらってなかったけど、あの手を握り合ってるの何だったの?ねぇ」


「握り合ってねぇ~よ」


「握り合ってたでしょ?ねぇ何でそんな状態になるの?ねぇ。ちょっと雛山、くっ付きすぎだぞ。俺も匂わせて」


「もうウザいっ、お前が近すぎるっ。お前デカイんだから圧があるんだよ。圧がっ!」


動物のように雛山を可愛がる明。

明と雛山のスキンシップに仲間に入れて欲しい白田は、明の横にピッタリと寄り添う。

それを嫌そうに手で押しのける明。

懲りずに引っ付きさらに明の首筋に鼻先を持っていく白田。

2人のやり取りに声を出して笑っている雛山。


そんな3人は通行人からの視線を集めながら、食事処へと向かった。



19へ続く

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