第17話

デザインラフを提出する日。

フスカルで乾杯の儀式が行われていた。



17



二日後

フスカル



「「「「「かんぱ〜〜い」」」」」


8人掛けのソファー席。

常連客に混じって、本日2回目の来店となる雛山が手に持ったグラスで乾杯の儀式。

もちろん雛山のグラスの中身はただのジュース。

だが本人は、それでも充分この場を楽しんでいる。


「ピヨちゃん、良かったじゃな〜〜い!これでイジメっ子を出し抜いたわね〜〜」


この場の主役の隣に座る桃は、雛山の肩を抱き寄せて良い子良い子と頭を撫でる。

今日はフローラへデザインラフを提出する日だった。

そして明が選んだデザインは2つ。

選ばれたのはチームで唯一の女性、鷲森が作成したデザインと雛山のデザインだった。

まさか2つも選ばれるとは思わなかったが、その内の一つが自分だとは驚きだった雛山。


「明さんのお陰です。もしかして優遇してくれたのかな・・・・」


サイトにUPしている雛山のデザインをチェックしてくれていたのもあり、もしかしてと甘い期待もあった。

だが他の人が考えたデザイン案を見れば、そんな甘い期待は打ち砕かれた。

皆どれも完璧なまでのデザイン、人それぞれに個性も違い、色の使い方も違う。

そんな人達のデザインを見れば、自分の考えたデザインがどれだけ子供っぽいか。

明が作った商品の詳細を頭に叩き入れて、二日間寝ずにイメージを膨らませて描いたデザイン。

だけど、他の人が選ばれても仕方がないと思った。

今も、昼間の時の緊張はハッキリと覚えている。




時はさかのぼり

双葉広告代理店


二日前と同じ場所で、再び皆集まった。

本来は営業の白田がフローラに出向くのだが、明自身が来社した。

普通ならば提出したデザインラフは検討期間があり、それから決定されるもの。

だが明が新たに作成したスケジュールで行けば、提出日当日に決定し即日に次の工程に入る手順となっている。

という事は上司と同席していない今、明一人の判断で決定されると言うことだ。

テーブルに並べられたデザイン案。

明は迷う事なく、一枚のデザインラフを手にした。


「これは鷲森さんですね」


デザインラフには名前など記載していないのに、明は誰が描いたのか当てた。


「流石、韓国コスメにも詳しい。女性心を擽る色彩の使い方ですね。桜柄の千代紙で作ったハートは凄くいい。高級感の中に可愛らしさを感じます。このデザインを使用しましょう」


選ばれた鷲森は、明にべた褒めされて更に選ばれたことに頬を真っ赤にさせて小さくガッツポーズ。

あぁやっぱりな〜と残念な気持ちもあるが、皆のデザインラフを目の前に参考にしようと前向きな気持ちも湧き上がる。

だが明はもう一枚のデザインラフも手にした。


「これも使用します」


「えっ2つ選ぶんですか?」


リーダーの百舌鳥が驚くのも仕方がない、皆が皆そう思っていた。


「えぇ一つだけと言ってませんよね。それに私が気に入りました。鷲森さんのデザインは20代後半から上の人の層をターゲットに。そしてこのデザインは10代から20代の女性にピッタリです。沢山の色を取り入れて、和菓子や洋菓子のスイーツとメイク道具とぬいぐるみが一面に散りばめられている。こういうごちゃごちゃしているのが若い子が好きなんですよ、おもちゃ箱みたいで。私のイメージ通りです」


そう言って微笑む顔を向けられ、雛山は泣きそうになった。




時は戻り

フスカル



今、思い返しても鼻の付け根がツンとする。

その後の鷹頭からの風当たりは前より強くなったが、そんな事はどうでも良くなるほど嬉しかった。


「えぇ明ちゃんが〜?そんな事するかなぁ〜。ねぇ明ちゃん」


桃が丁度ソファ席に追加のアルコールを運んできた明に問いかける。


「お前、俺の事バカにしてんのか?」


明の手が、雛山の頭をグワシと掴み上を向かせる。

そして覗き込む明の顔。

視界一杯の破壊力抜群の美しい顔に、雛山は顔が赤くなる。


「そんな事っ」


「私情を仕事に持ち込んでねぇ〜よ。ちゃんとお前が、商品のコンセプトを理解してたからじゃね〜のか?あぁ?」


「はいっ!そうですっ」


「なら、もっと自分に自信もて」


雛山の頭を掴んでいた手が放され、代わりに髪の毛をくしゃくしゃにするように乱暴に撫でられる。

言葉は乱暴だが、欲しい言葉をくれる明に雛山は目の奥が熱くなるのを感じた。

男の手が頭から放れ明はBOX席にもう用は無いと、白田が居るカウンターへと戻った。


「あらっ泣いてるの?」


目元がウルウルしている雛山に、目ざとく気付いた桃。

そしてその場にいた皆が「ピヨちゃんかわいぃぃぃ〜〜〜」と雛山に群がった。



******



「雛ちゃんかわいぃぃぃ〜〜〜」


ソファ席で小動物に群がる肉食動物の図が出来上がっている時。

カウンターの中に戻ってきた明。


「で・・・何でお前まで来るんだろうな・・・・」


白けたように目を細め、ニコニコ顔の男を見る。

雛山が来るのは理解出来る、自分の性癖を解放出来る唯一の場所だ。

だがノンケの白田がここに居ることが、既に意味不明。

確かにレズビアンでもない女性も2丁目にやってくる。

しかし目の前の男は、こういう場所で羽目を外す事は無縁に思える。


「明に会いに」


「・・・・・・・」


「LINE苦手?既読スルー凄いんだけど」


「苦情ですか?教えただけでも有り難く思えよ」


「嬉しいよ。すごく・・・だけど、一言ぐらい返してくれても」


「おはよう、おやすみ、今日は何食べた?今なにしてるの?・・・・このメッセージに何の意味がある。中身がないのは無視だ無視」


「なら、昨日みたいに家に行くよ」


ニッコリ笑いながら、そう言う男に明はぐぅと唸る。

そうLINEのメッセージを無視してたら、昨夜も白田は愛野宅へ押しかけて来た。

「右手まだ不自由でしょ?」と言い夕飯の支度、お風呂の掃除、更には洗濯までやろうとするのを必死で止めた。

そして「お風呂入るの手伝おうか?」と言い出した男に、流石に「帰れ!!!」と家から追い出した。


「もう包帯取れたから良いんだよ」


そう言うと何もつけていない右手を、ぐーぱーして見せる。

包帯が取れたと言っても、医者の許可が出たわけではない。

明が勝手に取っただけで、右手にはまだ赤い痕が残っている。


「包帯無いほうが、余計に痛々しく見えるんだけど・・・」


「はが刺さってないだけマシ」


「葉?刃?ん?」


「おいっ明。もうちょっとぽく振る舞えよ」


厨房から出てきた雅。

砂糖一粒の甘さも感じない自称恋人同士に、苦笑する。


「別に向こうの奴らに見られてる訳じゃないんだから、良いだろう〜が」


「そういう所からボロが出るんだよ。営業モードの時はもっと器用にやってただろうが、同伴お願いしているキャバ嬢みたいによ」


営業に居た頃、雅が愛野宅に居る時にお得意先の社長から電話がかかってきた時があった。

その前まではいつもの口調だったが、電話に出た瞬間に「社長〜どうしたんですか〜?休みの日に。そんなに私の声聞きたかったんですか?」とどこかのキャバ嬢の様な対応に、雅は飲んでいたコーヒーを吹き出した。

営業モードの明の姿を初めて見た雅は、大爆笑

翌日腹が筋肉痛になった。


「うっせぇ〜なぁもう」


ジロリと雅を睨む明。

そんな視線など全く効き目がない雅は、ふっと馬鹿にした笑いを返す。

と、その時に店の扉が開く。

ゾロゾロと入って来る、2人の男。

明は初めて見る客だった。

チラリと意味ありげに雅に視線を送れば、首を振って答える。

一見だと言う意味だ。

その客は、カウンターに顔を向けるなりテンションが上がり。


「マジで居た!めっちゃイケメン!!」


「噂通りすぎる!」


2人は初めて来た店にも関わらず、ドカドカとカウンターに近寄り白田を挟んで座った。

明には見向きもしないという事は、白田狙い。


「どういう事?」


明は叔父に小声で聞く。

今までにないパターンだからだ。


「お前の噂と同じ、この店にどえらいイケメンの客が出入りしているって。昨日もその噂聞いて3組来たぜ」


白田は2人に囲まれ、「相手は居るの?」「今日三人でどう?」と夜の相手のお誘いを受けている。

一応雅の店だからと、困った表情はするが顔の笑みは絶やさない。

嫌がらない白田に気を良くした客の一人は、白田の腕に自分の腕を絡める。

普通ならば店主の雅が対応するのだが・・・・何も言わない。

明の反応を待っているかのように、含み笑いで様子を見ている。


「チッ」


明は舌打ちし、ガン!!と右手のげんこつをカウンターに打ち付ける。

その音に店内はシーンとなり、皆が明の方へ注目。


「おいっ俺の男に手出してんじゃねぇ〜よ。あぁ?」


鋭い眼光を向けられ、客2人はピシリと固まる。


「ごめんね、俺の恋人ヤキモチ焼きなんだ」


言い聞かすようにそう言うと、白田はそっと優しい手付きで絡んでいた腕を解く。


「初めましてのお客さぁ〜〜ん!!カウンターは今2人だけにしてあげて、向こうで一緒に飲みましょう〜よぉ〜」


空気が張り詰めているカウンターへ、桃はパタパタとやってきて2人の肩に手を置く。


「ほらっささっと」


少し強引だが、桃の登場に2人の客は「それじゃ・・・」とチェアから下りて移動を始める。

桃は雅にウィンクをして見せ「ビール2つね」と注文。


「おまえ・・・何処の組のもんだよ」


桃にGOODと親指を立てて見せていた雅は、明に向き合うと速攻ダメ出し。

恋人のフリをしろとは言ったが、あれじゃチンピラのセリフだ。

甘さなど皆無。


「あれじゃ〜白田さんも困るだ・・・・・・・・・」


あの演技じゃ白田もやり辛いだろうと、カウンターに座っている男に視線を向ける雅。

きっと困ったように苦笑しているだろうと思っていた相手は、ニコニコと満面な笑みで明を見ていた。


「満更ではないようだ」


雅はボソリと呟き、「勝手にやってくれ」と吐き捨てると二人分のビールを用意し始めた。



18へ続く

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