第20話

可愛いと言われて初な雛山は狼狽える。

一報、非常階段で白田に迫られる明は・・・


20



2丁目

フスカル



一日店子を勤めている雛山。

雅にクラフトビールの入れ方を習い、BOX席やカウンターにお酒の追加を受けては運ぶ。

普段はポヤポヤしている雛山も、ファーストフードや居酒屋でアルバイトの経験もあり意外とテキパキと動く。

それにこの店には常連がほとんどだったので、幾分気も楽だった。


「ピヨちゃんだっけ」


カウンター内で洗ったグラスを拭いていた雛山に声を掛けたのは、カウンターに居る三人組の一人。

雛山は初めてみる顔だったが、先週から3回目の来店だと雅と客との会話で知っていた。


「はい、本当は雛山って名前なんですけど・・・」


初対面の明がピヨ山と呼び。

この店に通い始めて皆から「雛ちゃん」との愛称だったのが、明のピヨが定着して今では皆からは「ピヨちゃん」と呼ばれるようになった。

雛山自身は皆が親しみ込めて呼んでくれる愛称なので、気に入っている。


「あははは、雛の鳴き声でぴよちゃんか。見た目どおり可愛い名前だね」


カウンターに座っている三人は、サラリーマン風の見た目。

だからか桃や林檎や常連客から「可愛い」と言われるより、リアルに胸に突き刺さる。

それは痛みではなく、まるでキューピットの矢で心臓に撃ち抜かれたような甘い衝撃だった。


「いや・・あの・・・」


顔を真っ赤にしてうろたえる雛山に、相手は目を丸くする。


「雅さん、こんな初な子ここに居ていいの?」


2丁目では珍しい雛山の反応。

それに少し心配した相手は、雛山の横でつまみを盛り付けていた雅に声を掛ける。


「あぁ・・・2丁目デビューして、まだ一ヶ月経ってないしな。それに明という保護者付きじゃないと、ここに来れない事にしてるから」


「その方がいいよ。強引な男も多いから、ピヨちゃんなら簡単に食われちゃうな」


「え・・・僕なんて・・・だってゲイの人って、雅さんみたいな男らしいタイプの人が多んじゃないですか?」


「そう言う人も居るけど、タイプは人それぞれだよ。俺はピヨちゃんみたいな子がタイプだけど」


前のめりになってそう口にする男に、雛山はこれ以上ないほどにゆでダコ状態。


「俺は枇杷(びわ)って言うの、よろしくね」


「はははははい」


返事だけで噛む雛山に、枇杷はクスリと笑う。

ブラウンの眼鏡を掛け、どこにでも居そうな好青年風の枇杷。

常連客のキャラが濃すぎるのもあり、雛山にとって枇杷のタイプのゲイは新鮮だった。


「雛。好きになるのは自由だが、ちゃんと相手を見とけよ」


雅は身をかがめて、雛山の耳元でボソリと呟く。


「?」


雅の言った事が理解出来ず、隣に立つ男を不思議そうな顔をして見上げる。

そんな青年にフッと笑うと、雅は出来上がったツマミを持ってBOX席の方へと向かった。



******



フスカルが入っている階数の非常階段。

エレベーター完備のビルで、わざわざ非常階段を使って移動する人間は居ない。

ただ・・・別の事で使用する人もいる。

酒に酔って、夜風に当たりに来る程度なら良いだろう。

ビルとビルの間に設置されている為、人の目につく事はない・・・それを見越して、ここで盛り上がるゲイカップルが居るのだ。

事情の後の匂いやら液体やらで、雅がお怒りになり非常階段の出入り口に監視カメラを設置するほど質が悪い。

犯人が解った時点で、どこの店の客かを探し当て店側に掃除料金を請求する徹底ぶり。

なのでこのビルに入っている店舗は、口を酸っぱくこのビル内でいたすナ!と客に忠告するのだ。

それでもやっちゃう奴は居るわけで・・・・そんな密かな盛り場に明と白田は居た。


明は踊り場の壁に背を付け立ち、シャツを捲りあげ細いながらもボクシングジムで鍛えた腹筋を晒していた。

顔は真っ赤になり、必死に羞恥心に堪えている。

そんな明の前で膝を折り、マジマジと27歳男の腹を見ている白田。

散々嫌だ、見せてと押し問答した後。

粘着スイッチが入った白田に今負けした明。

普段は明の居丈高な態度にもニコニコ笑って対応しているのに、突然粘着スイッチが入る。

LINEを無視すれば家に押しかけて来るのもそうだが、以前の雛山とのランチの時も引き下がらなかった。

その他もほんの小さな出来事もあったが、たまに顔を出すS白田よりも、この一面が一番厄介だと明は思っている。

明が何を言っても、こうなれば引き下がらない。

だから見せるだけで、男が納得するならばと・・・・腹を晒した。

そして、物凄く恥ずかしい。

桃や林檎達の前ならばバカなノリで出来た事が、相手が白田となると気恥ずさが湧き上がった。


「俺、へそピアス初めて見た・・・おへその上に開けるんだね」


それは人それぞれに違う。

だがそれを口にした所でこの状況を長引かせそうで、余計なことを言わないように明はぎゅっと唇に力を込める。

早く男の気が済んでくれる事を願い、時間が経つのを待つ。

だがこういう時の体内時計の秒針は、遅く感じてるもの。


「細いとは思ってたけど、体絞ってるんだね。ねぇ触っていい?」


「お前っ調子にノリすぎだぞ!」


「林檎さんに触らせて、何で俺は駄目なの?」


「つぅ・・・」


それを言われたら黙るしかない。

恥ずかしいから・・・なんてかっこ悪い事、口が裂けても言えない。


「早くしろよ」


さっさと触らせて、この地獄のような時間を早く終わらせたい。

男の手が自分の腹に伸ばされのを感じて、明は視線を外して向かいのビルの壁を見る。

柔らかな男の指の腹が、肌に触れる。

割れた腹筋の筋肉に這わせるように動く指。

くすぐったくて、微かに身を捩ってしまう。

ピアスの周りを指が一周すると、今度は掌の平で明のお腹を撫でる。


「明、体毛少ないね。凄くすべすべしてる」


「つ・・何も言うなバカが」


「顔真っ赤にしてそんな事言っても、可愛いだけだよ」


男は明の腹に手を当てたまま、体を起こす。

そして明の顔を覗き込み、ニコリと笑う。

嫌でも視界に入る男の表情。

ミント香るなんてものじゃなく熱を帯びた男の目に、明は男の手首を掴み腹から放す。

こいつ・・・興奮してる・・・

流石にまずいと、男の体を押しのけて捲っていたシャツを下ろす。


「えっもう?」


「もうだ!」


「延長は?」


「そんなオプションねぇよ!溜まってんなら、店の客に当たれよっ。お前なら誰でも喜んで腹もケツも差し出してくれるだろうが。男が無理ならデリヘルでも取れよバカが」


一刻も早くこの場から去ろうと、非常階段から出ようとする。

だが男が廊下への通路に立ちはだかる。


「他には?他にピアス無いの?」


「ねぇ〜よ」


もう充分に見せたし触らせたりもした、それなのにしつこく聞いてくる男に明はイライラし始める。


「ならボクシングで怪我した傷跡とか、昔の痕とかないの?」


明は男の言葉に、固まる。

白田にとっては恋人のふりをする上で、知るべき事だと思って聞いているのだろう。

恋人ならば知る事となる、左腰にあるタトゥー。

タトゥー自体は問題は無い。

だが、そこにある傷痕には触れて欲しくない。


「左腰?何かあるの?」


「!?」


白田の言葉に、自分が無意識に右腰に手を当てていたのに気がつく。


「別に。何もないっ」


「本当に?」


疑うような視線を向けられ、明はぐっと喉がひきつる。

体が緊張したように固くなり、爪先が冷たくなっていく。

男に向けられる視線に、ただ黙ってる事しか出来ない明。


「ごめんっ」


フワリと香る男の香り。

白田は明の体を包み込むように、抱き込む。


「そんな顔させたかった訳じゃないんだ。本当にごめん、調子に乗りすぎた」


そんなに自分の顔は酷かったのだろうか。


「本当にごめんね?」


男の温かく大きな手が、明の背中を擦る。

緊張していた体が解れていくのを、明は感じていた。


人に知られようが、別に構わないと思っていた昔の事。

聞かれれば、少年房に入ってた事だって、新聞に載った事件に関与していた事だって言える。

今の会社の面接時に全てぶちまける程、過ぎ去りってしまった出来事。


だけど・・・何故だろう・・・この男には知られたくない・・・


ミント臭いし


腹黒い所もあるし


しつこいし


面倒くさい男だけど


言いたくない・・・・



21へ続く

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