第15話

明の怪我を心配し、家までやってきた白田。

だが家には誰も居ず・・・


15



愛野宅前



2階建ての家が立ち並ぶ、住宅地。

どれも昭和時代に建てられた瓦屋根の家ばかり。

愛野宅も、他の家と変わらずにどこか懐かしさを漂わす家。

小さな庭付きの家は、今どき珍しいブザーのみの呼び鈴。

そのブザーを3度押しても、家の中から人が出てくる気配はない。


「駄目、電話も留守電になっちゃう。もう何処行ったのかしら。お兄さんの店に入る日じゃ無いはずだし」


深い溜め息を吐いて、由美はスマホ片手にお手上げと肩をすくめる。

それを見て、白田は苦笑する。


「ごめんない。ここまで付いてきてくれたのに」


「良いんですよ。仕方がないです」


こればかりは由美のせいではない。

白田は申し訳無さそうにしている由美に、にっこりと笑いかける。


「あらっ由美ちゃんじゃない」


愛野宅の2軒隣の家から、年配の女性が顔を出している。


「あっこんばんわ」


「明君に会いに?」


「そうなんです」


同じ会社の人間として、これほど近所の人と仲良くなる事があるのだろうか。

白田は二人のやり取りを、不思議そうに見ている。


「明くんなら、20分程前にスーパーに買い物に行ったわよ。そこの角を曲がって、真っ直ぐ行けばたどり着くけど・・・・どうする?家で待つ?」


「いえ、大丈夫です。そんな急ぎの用じゃないので。日富美ちゃんに宜しくお伝えください」


「わかったわ。また遊びに来てね」


ヒラヒラと手を振り、家の中へ入っていく女性。


「情報GET。どうします?白田さん、私は帰りますけど帰るなら送りますよ」


「俺はこのままここで。桜庭さん、色々と有難うございました。」


「お安い御用です。それでは失礼します」


ペコリと頭を下げて、車を停めているパーキングの方へと歩き出す由美。

その背中を見送り、白田は女性が教えてくれたスーパーへの道を歩い始める。


明自身が買い物に行くという事は、料理をしてくれる人は居ないのだろうか。

古めかしい家を見れば、実家なのだと予想がつく。

両親と共に暮らしていなのか・・・・

何度か家に行っていると言っていた由美は、明の家庭の事もきっと知っているだろう。

夜に雅の店を手伝っている事も、知っていたのだから。

ただ叔父である雅を「お兄さん」と言っていたのが引っかかる。

それは由美がただ単に、兄のような存在という意味でそう呼んでいるだけかもしれない。

同期として5年の付き合いと、知り合ってまだ間もない白田とは知り得る情報の量が違う。

それは解っているが、白田はどこか釈然としない。

胸の奥底で微かな燻る感情。

それは何を意味しているのだろう。

ただ解るのは、もっと明の事を知りたいと思う気持ち。

それだけは、ハッキリと自覚していた。


そうこうしている内に、スーパーサンフランシスコに到着した。

サンフランシスコの雰囲気など皆無の古めかしいスーパーは、店先の駐輪場の自転車の数を見れば地域に愛されている店舗だと解る。

白田は自動ドアを潜ると、ある一角の場所がやたら騒がしい事に気がつく。

足を止めて声がする左側へ顔を向ける。

そこはレジを済ませた後に袋詰めする、サッカー台。

3つほど並んだサッカー台の所に、私服姿の明を見つけた。

ワンサイズ大きめの白いパーカーに、ダメージ加工のデニムスキニーパンツの彼は、いつもよりぐっと幼く見える。

だがそこに居るのは彼だけではない、二人の50代の女性が二人。

二人は明を挟んで、何やら揉めている様子。


「若い子が作った料理より、家庭の味の方がいいのよっ」


「そんな事ないわよぉ。明ちゃんなら、娘が作った料理の方が口に合うわ〜」


「やだっ梨山さんの娘さんまだ学生でしょ!?、男だけの家に上がりこませるなんて駄目よ」


二人の会話から察するに、これから明の家に押しかけて料理を作ろうとしているのだろう。

だがその当事者は、その事を歓迎している風には見えない。

ギャイギャイ言い合ってる二人の間に居る彼は、ガラス越しに外をボーと見ている。

白田からは横顔しか見えないが、彼の顔は無表情で心が何処かへ旅立ってしまっている。

明と初めて会ったあの日、桃ちゃんが全てを暴露している時に見せた無の表情だ。

白田は思わずぷっと吹き出す。

会社の女性には冷たくあしらうと聞いたが、ご近所の奥様方には流石の明も全てを諦めているようだ。

白田はくくくと笑いながら、明の元へと足を進めた。



******



時は少しだけ遡り

スーパーサンフランシスコ


サッカー台で、買った食材を全て袋詰した明。

Lサイズのビニール袋4つ分の袋。

左手に2つ持ち、包帯が巻かれた右手をビニール袋の持ち手を潜らせ「おしつ」と気合を入れた時。


「ダメダメっ明ちゃん、そんな手で持てるわけ無いじゃない!」


慌てた様子で、顔見知りのご近所さん京東のおばちゃんが明の右手首を掴む。


「なんで、怪我してるのにそんなに買っちゃったの〜」


「安かったから」


「だからって牛乳8本も買いすぎよ!お父さんと二人でどれだけ飲む気よ。ほらっおばちゃん一つ持ってあげるから」


「いやっ良いって」


「遠慮しなくていいわよ。この前お水家まで運んでくれたじゃない〜」


「いいから、レディーにそんな重いもの持たせられないから」


「あはははっ何よっレディーって!!」


バシン!と京東のおばちゃんの張り手を背中に食らう明。

そのまま前方に吹き飛ばさされ、咄嗟にサッカー台に両手をついて踏ん張る。


「オレ、表情筋死んだまま言ったんだけど、それでも間に受けるのか・・・」


体を支えてる右手が痛む。

ご近所のおばちゃんに何を言っても無駄だと、明はその身を持って経験しまくっている。

父が生まれ育った実家があるこの街は、小学校高学年の1年だけ住んでいた。

そして高校2年の年に、ある出来事があり空き家となった父の実家に生活を移した。

父と息子だけの生活を不憫に思い声をかけてくれる人もいたが、この街に戻ってきた理由を知れば避ける人も居た。

だが時間が経てば避ける人も少なくなり、明が大学に入り雅が一緒に暮らし始めた頃には、昔の悪い話しなど誰も気にしなくなった。

今日もこのスーパーで買い物している間、右手の包帯を見るだけで「どうしたのそれ」と声をかけるおばちゃん達。

それはご近所さんだけではなく、パートのおばちゃんや、バイト生、店長まで声をかけてくる。

地域密着型のスーパーだから仕方がない。

明もうざいと思っていても、近くて安いのだからと諦めている。


「あら〜〜〜、明君どうしたのぉ〜その右手。また誰か殴ったの?」


「また・・・ってつい最近あったみたいに・・・」


マイバッグ片手に、パタパタと近寄ってくる梨山のおばちゃん。

おばちゃんが一人増えた事に、明ははぁ〜と深いため息をつく。


「梨山さん、明ちゃんこの手で大きな荷物持って帰ろうとしてるのよぉ〜。私がね一つ持ってあげようと思うんだけど」


「そうなの?なら私も一つ持ってあげるわ」


「いいって、二人共家が逆だろうが」


「「気にしないでぇ」」


遠回しで遠慮している明の言葉は、二人のハモリによって終了。

そこへ、緑のエプロンをした白髪交じりの男人が「明くん・・・あれなら家まで配達するよ?ほらっ3000円以上買い物してくれたしね」とサービスカウンターから助け舟をだしてくれる。

それに明はお願いしようかと、店長の岡静へ振り返り口を開いた途端。


「いいのよ!私達が手伝うから!」


「そうよ!牛乳のコーナーがスカスカになってたわよ、仕事しなさいよっ」


京東と梨山のおばちゃんパワーに、店長はタジタジになり「ごめんねっ明くん」と牛乳コーナーへセカセカと向かった。


「そうそう、利き手が不便だとご飯作れないでしょ?運ぶついでに私が何か作ってあげるわね」


「!?」


「あらっ京東の奥さん、お家で旦那さんが待ってるじゃない。だから私の娘を行かせようか?最近料理に目覚めて色々作ってくれるのよ〜」


「!?」


二人の迷惑の押し売りに、明は絶句。

そんな明の事など無視して、おばちゃん二人の勝負の火ぶたは切られた。


「今日は旦那が飲み会で遅いから、全然いいのよぉ〜」


「だけど娘も家族の人以外に作ってあげる、いい機会だし〜」


オレに拒否権は無いのだろうか・・・・

明はサッカー台から動けず、ガラス越しに外を眺める。

あぁ外はすっかり暗いなぁ〜〜と、二人の会話を耳に入れないように違う事を考える。


「若い子が作った料理より、家庭の味の方がいいのよっ」


「そんな事ないわよぉ。明ちゃんなら、娘が作った料理の方が口に合うわ〜」


「やだっ梨山さんの娘さんまだ学生でしょ!?、男だけの家に上がりこませるなんて駄目よ」


そう言えば、医者に風呂入るなって言われたけど無理だよなぁ〜〜

ラップぐるぐる巻きにすれば、全然大丈夫かぁ。


意識を遠くに追い遣り、どんどんヒートアップする二人には我関せず状態。

もう左右から飛び交う怒号も、全く気にしてない。


「お待たせ、明」


耳に蓋をした筈なのに、背後から聞こえた声はクリアに頭の中に響いた。

ガラス越しに夜空を見ていた視線を、店内が反射して映るガラス面に向ける。

明の背後に立つ、ミント香る爽やかな笑顔の白田。

ガラス窓に写ったそんな男の姿を目にし、明の思考は止まった。

同じくおばちゃん二人もSSS級のイケメンの登場に、目と口を開けて固まっていた。


「なっなんでっ」


ここに居るんだ!?と叫びながら後ろを振り向こうとした明。

だがそれよりも、二人のおばちゃんの行動の方が素早かった。


「あらっ明ちゃんのお友達なのぉ~。俳優さんみたいじゃないっ劇団エゴザエルに居そうねぇ」


「やっだぁぁっ類は友を呼ぶって本当なのねぇ~」


すかさず明から白田の横に移動。

ターゲットが外れたのは喜ばしい筈だが、何故か複雑な心境の明。

ニコニコ顔の男を、不貞腐れた顔で見返した。



16へ続く

エゴザエルって我が強い人多そう・・・エモザエルの方が良かったのかな。

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