第14話
白田は明の事を心配し、フローラを訪れる。
だが明は既に退社しており・・・
14
フローラ
商品企画部
「いい?明日は休んでいいから・・・。駄目よ・・・駄目だったら・・・駄目駄目っ上司命令よ!」
電話の相手と押し問答していた由美は、言いたい事だけ言い放つと一方的に通話ボタンを切る。
「もう・・・人の言うこと全く聞かないんだから」
ブチブチと独り言を呟きながら、途中だった帰り支度を再開させる。
商品企画部に残っているのは、由美と2人の残業組。
照明も半分が消された状態だ。
今日色々あった由美は、コンビニで甘いもの沢山買って友人に愚痴の電話を入れてやろうと今後の予定を立てながら、鞄を肩に掛けてデスクから離れる。
すると部所に残っていた女性二人から、歓喜のような戸惑いのような声が発せられる。
一瞬何かあったのだろうかと首を傾げる由美だったが、廊下へ通じる出入り口を見ればすぐに納得した。
「白田さん、どうしたんですか?」
廊下からの光を背にして立っている白田に、由美は慌てて駆け寄る。
「すみません、もしかして愛野さんはもうお帰りに?外で待ってたのですが・・・出てこられないので」
ペコリと頭を下げる白田。
外で明が出てくるのを待っていたようだが、一向に姿が見えないからと事務所までお仕掛けてきた事を申し訳無さそうに話す。
「携帯番号知ってませんでした?」
「何度も掛けてるんですが・・・繋がらなくて」
「・・・・・・・・・・」
先程まで明と話していた由美。
こちらから電話を掛ければ、明は2コール程で出た。
それなら白田の電話を無視しているのだろうと「はぁ」とため息を吐く。
白田がわざわざ職場まで来る事が異例だが、今日の明の事態も異例。
双葉で先に車の中で待っていた由美。
遅れてやってきた明は怒りでイライラしっぱなしな上、右手拳に血がこびり付き時間が立てば腫れ上がっていた。
由美はフローラへの道を、病院に変更。
無理やり明をおろし、診断書を貰い今日はそのまま帰れと鞄を投げつけた。
もしかしたら白田を殴ったのかもしれないとドキドキヒヤヒヤしっぱなしだったが、双葉からそんな連絡は無く、相変わらずの完璧なお顔で現れた白田に要らぬ心配だったと胸を撫で下ろす。
「愛野さん、あれからお変わりはないですか?」
心配げな表情の白田。
由美はそれが怪我の事を聞いているのだと解り「歩きながら話しましょ」と事務所内で聞き耳を立てている人から逃げるように廊下に出た。
「白田さん、プライベートで愛野君と会ってるんですね。ちょっと意外過ぎてビックリした」
昼間の明の様子、そして会社まで押しかけてくる白田を見れば仕事外の付き合いがあるのはバカでも解る。
それならと、由美は少し口調を崩す。
「意外ですか?」
「仕事とプライベートの線引がハッキリしてるから。だから仕事に私情を挟む人を物凄く嫌うんです。私も同期として5年彼のこと見てきましたが、どんなに社内で仲が良くても誰ともプライベートで付き合う事は無かったんですよね。私は彼の幼馴染と親友になったお陰で、彼と飲みに行ったり、家に呼ばれたりするようになりましたけど」
「家に?」
「あっ。勘繰らないでください」
由美は左手の甲を白田に見せる。
「私、婚約者が居るので」
「それは、おめでとう御座います」
記者会見よろしく婚約指輪を見せた由美、社交辞令ではなくフワリと笑う白田の笑顔は本当に祝福してくれていると解る。
そうこうしているうちに、エレベーターの前へとたどり着き。
白田は由美よりも先に、呼び出しボタンを押す。
「愛野君、御社からの帰りに病院に行かせました」
「!?やっぱり」
「右手拳に怪我をしてたので、そのまま早退させたんですけど・・・・利き手だから、色々と不便じゃないかな〜・・・」
「・・・・・・」
思いつめたような表情で俯く白田。
いつもニコニコしているイメージのダビデ様。
それが明の事となると、こんな表情をするのか・・・
それに仕事とプライベートを分けている筈の明が、昼間に何があったとしても取引先の白田の電話を無視するなんて由美には考えられえない行動だ。
そしてあれ程にイライラして物に当たるなんて、由美も見たことがない。
草井の引き継ぎにもイライラしていたが、それは小言を言うぐらいで次の瞬間には機嫌よく仕事をしている。
口が悪くドS気味に見られる明。
仕事が困難だと燃え上がるのか追い込まれるほどに喜んで仕事をするので、本性はドMだと由美は思っている。
だから白田と二人で話した後の、あの明の様子は由美も少し戸惑った。
車の中で何があったか聞いても答えない明に、由美は怪我以外の事は口を出さずに居た。
だから気になるのだ・・・・二人の関係が。
だが根掘り葉掘り聞くのは流石に、社内は避けたほうがいい。
「私今日、車で来てるので送っていきますよ」
「えっいや、それは」
「途中で愛野君の家に寄って診断書を貰う予定だけど、それでも良いなら」
下請け会社としては遠慮すべき申し出だが、由美の最後の言葉に白田は「是非」と食い気味で即答した。
******
後部座席に白田を乗せて、由美は車を走らせる。
明の自宅へは、道が混んでなければ20分程でつく。
その後白田を送る事など、勿論予定に入れていない。
白田は明の自宅で降りるだろうと、予測済み。
それにしても・・・婚約者には悪いが、こんなSSS級のいい男を車に乗せる日が来ようとは・・・。
明は何度も乗ってるし何なら運転もしているが、彼は由美の中ではSSS級に面倒を見なければならない男なので除外。
バックミラーでこっそり端正な白田の顔立ちを堪能しつつ、密かに嬉しさを噛みしめる。
本当は隣に座ってほしかったが、昼間に買ったマックシェイクを派手にぶち撒けてしまい、助手席からは甘いバニラの香りが漂っている始末。
明を病院に送り届けてからの遅めの昼食、運転しながら食ってやろうとしたのがこの結果。
一日の仕事もまだ手を付けていない時間がない状態では、かるくウェットシートで拭い去る事ぐらいしか出来なかった。
「愛野さん・・・怒ってましたよね」
シーンとした車内。
白田の問いかけに、由美はハッと現実に戻る。
「そうね・・・かなり」
「はぁ・・・実は彼に、酷い事を言ってしまって」
「あんなに怒ってる愛野君、初めて見ました」
「そんなに!?」
「いや、悪い意味じゃなくて・・・なんて言うか、人に何言われようが気にしないんですよね彼って。こういう事、先方さんに言うのもどうかと思うけど、社内の愛野君のイメージってどっちかって言うと悪いんです。直属の上司とか社長には好かれてるですけど、常務辺りの管理者や、他部所の人からは怖がられたり嫌われたりで」
「え!?」
「なのに彼全く気にしてないですよ。好意を寄せられて言い寄ってくる娘とかにも、セクハラパワハラで訴えられる位の暴言吐いたり。わざとなんですけどね・・・あまり自分のテリトリーに入ってほしくないんでしょうけど」
「・・・・そうなんですね」
「だから・・・昼間の愛野君見た時、あそこまで怒らせる白田さんと、どういう関係なんだろうってめっちゃ気になりました。あそこまで彼が感情を表に出すなんて、白田さんの存在って愛野君の中で大きいんだな〜って」
「お・・大きい?」
「だって何とも思ってない人に何言われようが、気にしない人間ですよ?悪い噂だって否定せずに放置するぐらいなのに。白田さんには・・・そう思われたくなかったんじゃないかな。なんて、お二人のやり取りまでは知らないので私の憶測です」
「・・・・・・・・・」
急に黙り込む白田。
由美はバックミラーで、後部座席の様子を見る。
そして白田の表情を目にして、あららと何かに気づく。
嬉しそうに微笑んでいる白田の表情は、ミント香る爽やかで柔らかな笑顔。
勝手に名付けたミント香る笑顔だっ筈だが・・・
今は微かなビターチョコの甘さも、由美には感じ取れた。
それは助手席からのバニラの香りも交わって、本当に鼻で感じれるような感覚だった。
15へ続く
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