第13話
明に対して怒りをぶつける白田。
見損なったと冷たい言葉を明に言ってしまい・・・・
13
双葉広告代理店
正面玄関
チンと音と共にエレベーターが1階に到着する
扉が開くと、明と由美がロビーへと出てきた。
「双葉が呑んでくれなかったら、どうなってたか。ずっとヒヤヒヤしっぱなしだったわよ」
「上手く行ったから良かったじゃん」
「もう・・・黙ってその場に居ればいいって、私が居なくても全然良かったじゃないのよ」
「流石にオレ一人で乗り込むのはマズイだろうが、置物でも上司がその場に居ないと」
「置物で悪かったわね。社長の押印見た時は心臓止まるかと思ったし」
「梅沢さんに許可を通すより、一番上に通したほうが時間短縮になるだろう」
「そう思ったとしても、社長室まで乗り込むなんて誰もしないわよ」
「違う違う、社長室には行ってねぇ〜よ。入り口の秘書がうぜぇし。だから朝マック持って家に突撃した」
「はあぁぁ!?尚しないわよ!」
「桜庭主任、ここはまだ先方のビル内ですので声を落としてください」
ロビーに響く由美の声に、明は営業の顔で注意する。
周りの目が集中する中、由美は口を両手で抑える。
「もうお腹すいたし、ドライブスルーに寄って帰りましょ」
「朝マックと聞いて、食いたくなっただけだろうが」
そう言いながら、肩を並べて玄関へと向かう二人。
「愛野さん!」
自動ドアの前に立つ明を呼び止める声。
振り返ると非常階段がある方から、大股で近づいてくる白田。
はぁはぁと息が荒いのは、エレベーターを使わずに階段を一気に降りて来たからだろう。
「愛野さん、どういう事ですか」
明を見下ろす白田の表情は固く、切れ長の目には怒りが籠もっている。
「再契約は無事に終わったと認識してますが。まだ何か?」
明は男に笑顔を向けたまま、そう答える。
「その事ではありません」
どうやら白田は、違う事にご立腹のようだ。
明は由美の方へと顔を向け「先に車に戻っておいてください」と車のキーを手渡し二人きりにしろと促す。
由美はそれを察し、白田にペコリと頭を下げると自動ドアを潜り外へと出た。
「ここでは目立つので、移動しましょう」
流石に人が行き交うエントランスでは素顔は晒せないと、明は白田が出てきた非常階段の扉へと向かう。
男が後を付いて来るのを気配で感じる。
そして冷たく重い扉のドアノブに手を伸ばす明。
だがそれよりも先に、背後から男の手が伸び扉が引かれる。
こんな時にも紳士かよ・・・
明はチラリと男の顔を見、そして開けられた扉の中へと入った。
上へと続く階段だけの吹き抜けの空間。
耳をすませば物音はしない、今は誰も居ないようだ。
「何に怒ってんだよ」
ガチャンと扉が締り、シーンと静まり返った空間に明の声が響く。
明は壁に腕を組んでもたれ掛かると、白田を見上げる。
「雛山の事です」
「それが?」
「正気ですか?彼を指名すれば、今まで彼を虐めていた人間は更にキツく当たるかもしれない」
「あの場に居たろ、張本人。ピヨ山の名前出した途端に、顔色変えてすっげ〜ムカついてる顔してた」
「それが解っていて、あなたは・・・」
本当に優しい男だ。
出会って間もない他人の為に、これほど怒りを露わにするなんて。
「オレは仕事をしに来たんだ、その上でピヨ山のイジメが酷くなろうがうちには関係ない。あいつがイジメを恐れてチームを辞退しても、双葉を辞めてもそれはアイツが決めた事だろうが。お前にも関係ない」
バン!!
明がもたれ掛かる壁に、白田の手が打ち付けられる。
第三者から見ると壁ドン状態。
だがそんな色気のある状態じゃない事は、二人の表情を見れば一目瞭然。
怒りに顔を赤くしている白田に、喧嘩なら買うぞと睨み上げる明。
「そんな冷たい人だとは思わなかった」
白田は押し殺したような声でそう言うと、もう一度壁をバン!と叩き明に背を向けてドアを開ける。
「オレは元からこんなんだ!そっちが勝手にオレを作り上げてただけだろうが!」
バタンと閉じる扉。
明の言葉は上に吹き抜けただけではなく、ロビーにも響き渡っただろう。
もうここが何処なのかも気を配れないほど、明は頭に血が上った。
叫んでも気は晴れず、ガン!!!と非常扉を拳で殴る。
分厚い金属の扉は、明の拳をモロに受けたがダメージを受けたのは勿論明の方。
だが拳の痛みよりも、胸の内の方がズキズキと傷んだ。
人にどう思われようが、どんな目で見られようが気にしなかった。
会社で色んなレッテルを貼られても平然としているのは、大切な人が本当の自分の事を知っても側に居てくれるからだ。
それは父親であったり、雅や由美、そして幼馴染。
なのに白田の言葉に、感情が乱された。
そしてそんな自分にも腹が腹が立つ。
「くそっ」
明はそう吐き捨てると、もう一度拳を同じ場所に打ち付けた。
******
双葉広告代理店
休憩所
就業時間を過ぎ、部所内も人がチラホラと疎らになった頃。
白田は休憩所のテーブルに座っていた。
今日一日は嵐のように荒波立てて過ぎ去った。
フローラの新たな案件は、デザイン部の百舌鳥が承諾した事で再スタートを切った。
そしてその事で白田の心配事が出来た。
仕事を終えて、雛山のLINEに休憩所で待っているとメッセージを送った。
彼がどんな状況下に居るのか、心配で堪らない。
そしてこんな状況に追い込んだ明への怒りは、未だ胸の中に居座っている。
「すみませんっお待たせしました」
パタパタと小走りに休憩所に現れる雛山。
白田は相手の表情を目にして、目を丸くしていた。
重く沈んでいると思っていた青年の表情は、嬉しさが滲み出ているホクホク顔。
足取りも軽く、白田が座ってる所まで来ると向かい合うように椅子に腰掛ける。
「雛山・・・・その」
「ありがとうございます!」
「え・・・」
「昨日、明さんが僕の作品を見たいって言ってくれてサイトのURLを教えたんです。朝起きたら、ふふふ・・・深夜の3時に感想のメッセージ送ってきてくれて。そんな時間まで見てくれてたんだなって思ったら、嬉しくて。そしたら、まさかチームに参加させてくれる事になって。これも白田さんが、明さんと引き合わせてくれたお陰です」
「・・・・・・・・・・」
「白田さん?どうかしました?ポカンとしちゃって」
呆然としたまま反応がない白田に、雛山は彼の目の前で手を降る。
「いや・・・ちょっと思っていた反応と違っていて・・・」
「?」
「雛山、鷹頭から何も言われてないか?」
「・・・・・・気付いたんですね・・・」
鷹頭の名前が出た途端、ニコニコ顔の雛山の表情は暗くなる。
「最初は気づかなかったがな」
「今までは言葉だけだったんですけど、僕がチームに加わったのが気に入らないから・・・・足を引っ掛けられたり、すれ違いざまに肩を押されたり・・・手も出てきました」
「・・・・・」
雛山の言葉に、白田は再び怒りに火がつく。
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる白田。
今にもデザイン部に駆け込みそうな男に、雛山は慌てて立ち上がる。
「白田さんっ。大丈夫です!」
「だけどっ」
「逃げてもいいです!逃げたくなったらいつでも逃げても良いって」
『逃げてもいいのよ、真っ向から立ち向かわなくていいの。だって無駄だもの。人には好き嫌いってあるでしょ、嫌いな食べ物を皆避けて食べるわ。それを食べろなんて強要するのは押し付けがましいし、迷惑よ。そういう事、私達が嫌いな人は無理に好きになってもらわなくても、理解してもらわなくて良いなのよ。ただ・・・私達の事を知っても、変わらずに側に居てくれる人がいたら、それで充分じゃない?そんな人達が居てくれたら、大して私のことを知らない人が何を言おうが戯言のようで気にならなくならない?』
「桃さんが言ってくれた事、今なら解るんです。あの時は一人だっから逃げるしか無かったけど、今は白田さんも明さんも僕に寄り添ってくれてる。そう思ったら以前より気にならなくなったんです。何を言われても気が弱いから言い返せないですけど・・・・なら、あいつより良い仕事して見返してやろうって。だから今回の事はチャンスなんです」
「・・・・雛山」
「今は僕なりのやり方で頑張りたいんです。それでも無理だと思った時まで、逃げる事は保留にしておきます」
「そうか・・・・」
この場所で泣いていた青年は、ほんの数日の間に変わった。
自分を理解し、側に居てくれる人の存在がこれほど人を強くする。
雛山への心配は余計だったなと、白田はふっと笑った。
『オレは元からこんなんだ!そっちが勝手にオレを作り上げてただけだろうが!』
昼間の明の言葉が頭によぎる。
あの時は怒りで聞き逃していたが、それが今になって心に重く伸し掛かる。
「そんな冷たい人だとは思わなかった」
そして彼に言った言葉の冷たさも、今になって胸を締め付ける。
「白田さん・・・明さんと何かありました?」
よっぽど酷い表情だったのだろう、心配げに顔を覗き込む雛山。
「ははは・・・彼に酷いことを言ってしまって」
「それなら早く仲直りしないと」
「多分、まだ怒ってると思うな」
「時間置いちゃ駄目ですよ。余計に会い辛くなっちゃいますから」
「そうだけど・・・・」
合わす顔が無い・・・
彼は彼なりに色々と考えてくれていたのかもしれないのに、怒りに任せたまま口に出してはいけない言葉を言ってしまった。
それに白田は、理解出来ないのだ。
今まで人に対して、あそこまで怒りの感情をぶつけた事が無かった。
いつも冷静に物事を考えれると思っていた自分が、感情のまま彼に気持ちをぶつけてしまった。
それは雛山を心配しての事なのか。
信用していた相手に裏切られたと思ったからか。
「えぇ何それっ」
「本当なんだって、非常扉がベコンって内側から凹んでるんだって」
「いやいや〜〜人の手で殴ってあんな分厚い壁が凹むとかありえないし〜」
「だけど血みたいなの付いてたって」
休憩所の前を通り過ぎる、女子社員の会話。
白田はその会話を耳にすると、さっと血の気が引いた。
そして「また連絡する!」と雛山に伝えると、早足で休憩所を後にした。
14へ続く
少しずつ、読者が増えてきている事がとても嬉しいです。
今後とも宜しくお願いします。
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