第12話

フローラからの無茶な要件に、白田は戸惑いを隠せない。

明の失礼な態度に、デザイン部チームリーダーは噛み付く勢いでミーティングは進む。



12



双葉広告代理店

会議室



時間は午後に差し掛かろうとしている。

双葉の営業部の白田は困惑していた。

始業時間開始直後、フローラの明からアポイントの電話が入った。

早急にお伝えしたい事がある為、このプロジェクトに関わっているデザイン部のチームを集めて欲しい。

そして今から送る資料に、全員目を通しておいてほしいと言う連絡だった。

業務的に話す明に少し嫌な予感がしつつ、メールに添付された資料を見れば・・・・・その予感は的中。

新商品のポスターを最終の校正まで行っているにも関わらず、資料の中には本日の日付から開始したラフデザイン案提出から最終校正までのスケジュールが組まれている。

そしてデザインの方向性や、構成などが纏められてるモノも添付されていた。

明が作成した内容は、とても見やすく誰が見ても同じ解釈が出来るだろう。

だが問題は、その事ではない。

資料の内容を見る限りでは、ポスターの案件をイチからやり直す事を要求しているように捉えられる。

困惑しているのは白田だけではない、雀野も「どういう事なんだろうね・・・」と不安げな表情。

そしてデザイン部のプロジェクトリーダー百舌鳥は、白田からのメールに添付されていた書類を手に営業部に怒鳴り込んでくる始末。

約束の時間の11時前。

頭を悩ませる白田と雀野、そしてデザイン部の人間の4名が会議室に集結。

百舌鳥は座ったまま貧乏ゆすりをし、イライラが止まらない。

その他の男女の2人は不安げにヒソヒソと話している。


「こういう事ってあるんですか?」


デザイン部の青年が、ヒソヒソと話している二人に問い掛ける。


「無いわよ。異例すぎて・・・私達も戸惑っているの」


そんな会話をしている三人に、白田は視線を向ける。

男女の方は、白田がもらってきた仕事を毎回担当してくれる二人。

だが状況の大変さを理解してなさそうな青年は、初めて見た顔だ。

デザイン部に居たのかもしれないが、特定の人としか接してない白田は全員の顔までは覚えていない。

このプロジェクトチームが決まった時には、メンバーに居なかった筈。

それに後一人、チームに男性が居た筈だとも思い出した。


「百舌鳥さん、彼はいつチームに?」


白田はリーダーに疑問を投げかける。


「一人事故で入院してしまったので、新卒者の鷹頭をヘルプで入れたんです。彼は仕事を覚えるのも早くて、最終校正まで進んでたので途中でチームに入れても問題ないと判断したんですよ」


最終校正の言葉を強調してそう返され、白田は思わず苦笑する。


「初めまして、鷹頭です。宜しくお願いします」


鷹頭は椅子から立ち上がり、白田に頭を下げて挨拶をする。

白田は自分もと口を開こうとしたが、何か引っかかり彼をマジマジと見る。

何だろう・・・・顔は知らないが・・初めてでは無い気がする。

霧がかった記憶に眉を寄せている時、コンコンとドアがノックされた。


「フローラ様をご案内致しました」


女性が会議室に居る人間にそう伝えると、スーツ姿の女性が入ってくる。

ショートカットの黒髪に、意思の強そうな目元、仕事をバリバリこなせそうな凛とした美人。

白田もその女性は知っている、草井が広告の担当をする前に何度かやり取りしていた桜庭由美。


「失礼します。そのままお座りになったままで結構ですので」


ニコリと笑いながら、会議室の人間に伝える由美はそのまま上座の方へ。

デザイン部の男性陣が由美に目が釘付けになっていたが、その後に入ってきた男に目を奪われる。

白田も知っている、明だ。

ニコリともせず軽い会釈だけで部屋に入ってくる。

皆の視線は全て、明の美しい容姿に持って行かれた。

そんな事を一切気にもとめていない明は、由美の隣に腰掛ける。


「突然の訪問申し訳ございません。時間が無いのでさっそく始めさせて頂きます」


席につくなり、挨拶も無しに話し始める明。

デザイン部とは初の顔合わせなので、普通ならばここで名刺交換となる筈だ。

名乗りもしない失礼な明の態度に、古い考えに固執しているリーダーはムッとした顔になる。


「書類に目を通して頂いたという事で、1〜10まで説明はしません。二日後に新しいデザイン案を仕上げてください」


「ちょっと待ってください、その事ですが何が問題なのでしょうか?あのデザインで草井さんから決定を頂いております」


淡々と話す明に、白田は慌てて止めに入る。


「草井はいません。新しい担当の私が気に入らないからです」


「それはあまりにも無茶苦茶じゃないのか!?担当が変わったら、フローラの考え自体が変わるのか!?」


バン!と机に手のひらを叩きつけて立ち上がる、百舌鳥。

取引先の社名を呼び捨てにする程に頭にきているらしい。


「百舌鳥さん。弊社と取引開始からずっと担当していただいてますよね、今回の新商品のコンセプトはご存知の筈」


この時になり明は、漸く表情を緩める。

口元に憂いを乗せて、真っ直ぐ百舌鳥を見据える。


「も・・もちろん」


言葉を吃らせる百舌鳥。


「ならば今までのフローラの商品と、新商品サンセールの違いもご理解いただいているかと。なのにポスターのデザインが今でと代わり映えしないのは不思議じゃないですか?」


「・・・・だが、そちらが一度はGOサインを出したんだぞ。」


「鷲森さん」


明に突然名前を呼ばれた、デザインチーム唯一の女性は「はいっ!」と肩を飛び上がらせて返事をする。

ここで話しの途中で無視された百舌鳥は再びしかめっ面。

だが鷲森は、明ににっこり微笑まれて頬を赤らめている。


「弊社の商品はお使いですか?」


「え・・・いえ・・・すみません」


「謝らなくて結構ですよ。理由をお聞きしても?」


「その・・・値段が少し高くて」


「そうですね。私もそう思います。試してみたいと思っても、気軽に手が出る値段ではありませんよね。では今回の新商品の商品説明をご覧になってどう思いました?」


「肌の状態によってどの化粧水を使用したら良いかが一目瞭然になりましたし、値段も下がり若い年齢層も手が出しやすくなったかと」


「そうなんです。今までは30代から上の層を狙った高級化粧品のイメージが強かったフローラですが、次のターゲットは10代から30代の層を狙っています。なのに今までと代わり映えしないポスターを使用しては、ターゲットが見向きもしてもらません。私としては今までのフローラのイメージをぶち壊したいんです。因みに鷲森さんはどこの基礎化粧品をお使いですか?」


「韓国コスメと、有印を使い分けてます」


「韓国コスメは、うちの主任も使ってますよね」


チラリと隣を見る明。

視線を向けられた由美は、「えぇまぁ」と言葉を濁すように発する。

自社製品を使用しないのは、社員割引があるとは言えやはり高くて続けられないのだ。


「韓国コスメの良いところは、商品自体もそうですが、コスパが良い。そして見た目にも拘りを感じませんか?とても斬新で、色や形は女性が可愛いと思えるモノが多い」


「はいっ、そうなんですよ!とても目移りしちゃいます「ごほん!」・・・・すみません」


興奮気味になった鷲森に、わざとらしく咳払い一つする百舌鳥。

とたんに鷲森は、肩を小さくしてうなだれる。


「なら、その韓国コスメのマネをしろと?」


テーブルの上で前のめりになる、百舌鳥。

口調荒く喧嘩腰のリーダーに、チームメンバーはひやひやしながら上司を見ている。


「いいえ、あれは韓国の感性が作り出した商品です。私達は日本人の感性で、女性を引きつけるポスターが作りたいんです。勿論若い方だけじゃなく、今までのターゲットもそうです。女性は幾つになっても可愛いモノが好きですから」


鼻息荒い百舌鳥に、気分を害する事無くにっこり笑いかける明。


「3年前に男性基礎化粧品を発売した時のパッケージデザインは、百舌鳥さんですよね」


「あぁ・・・そうだ」


「黒と深緑をベースとしたデザインは、見ただけで大人っぽく渋さをイメージ出来る商品でした。コスメに慣れていない男性が何を買っていいか迷う中、ひと目でこうなりたいと想像出来るデザインで私は好きです」


「・・・・・」


「二年前に父にプレゼントしたんですが、置いているだけでおしゃだと、今でも愛用していますよ」


「そ・・そうか」


無愛想だった百舌鳥の表情が少し変わる。

明の言葉に照れているのか、口がおちょこ口になりボソボソと話す。


「勿論、納期が延長になるわけですから」


明は鞄から一枚の紙を出す。

それを隣で黙って見ている由美。

だが紙を表側を上にして机の上に置いた途端、由美は焦って紙の上に手を乗せる。


「ちょ・・・え・・・何」


「新しい見積書です」


「えっこれ本当なの?」


「桜庭主任。手退けてくださいね」


「・・・はぁ」


二人のやり取りから直属の上司との情報共有が出来ていないのは、誰の目から見ても解る。

明はその紙を、白田の方へと滑るように差し出す。

白田は「拝見します」と紙を手に取り、雀野にも見えるように手元へ持ってくる。

そして二人は目を丸くする。

最初に交わされた契約金よりもかなりの上乗せ、そして見積書の右下にある認印は通常ならば梅沢の筈。

だが梅沢ではなく、フローラの代表取締役社長の認印が押されていた。


「この件に関しましては、我々営業部では決めかねますねぇ。どうだろうか、百舌鳥さん。いただいたスケジュールではあまり余裕は無いけども」


雀野は、腕組してん〜〜と唸っている百舌鳥に判断を委ねる。

最初の勢いはどこへ、百舌鳥はスケジュールが記載している書類を見つめること数十秒。


「チーム人数がなぁ。一人事故で欠勤している代わりに新卒者を入れているとは言え、欠勤者の技術迄には至ってないからなぁ。デザインラフもそんなに案数も揃わないかもしれないぞ」


「雛山さんはどこかのプロジェクトに?」


明の口から雛山の名前が飛び出し、白田は怪訝な表情になる。

それは白田だけでは無く、デザイン部全員が目を見開く。


「雛山をご存知で?・・・・あいつはまだどこも・・・雑用ばかりで」


「彼はSNSに自分が描いた作品をUPしてるんです。是非、彼もチームに入れてください。勿論デザインラフの案も提出させてくださいね」


百舌鳥は他のメンバーと、何とも言えない表情で顔を見合わせる。

だが一人、新卒者である鷹頭の表情は険しい。

白田はそんな鷹頭の不満げな顔に付き、ピンと来た。

雛山に対して酷い言葉を吐き捨てていたのは、彼だと。





13へ続く

広告代理店や化粧品会社に勤めたことがないので、業務内容は想像で書かせてもらってます。

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