第10話

雛山は生まれて初めてのゲイバーに

緊張の面持ちの中、偽る必要ない空間に心が安らぐ。



10



2丁目

フスカル


初めての2丁目。

初めてのBAR。

そして初めて、ゲイである自分に手を差し伸べてくれる人。

雛山は明と白田に連れられ、古いビルの6階にあるフスカルに居た。

6人がけのカウンターと、4人掛けのBOX2つに、8人掛けBOX席が1つのブラウンとグレーが統一されたBAR。

BOX席は既に埋まってしまっているが、カウンターは白田と雛山だけ。

それもここの店主である雅が、初心者の雛山を気遣い客を追い払ったからだ。

注文して出てきたビールを我慢して飲みながら、雛山の緊張も少し落ち着いてきた頃。


「逃げる事はわりぃ事じゃねぇけどなぁ」


雛山よりも白田がほぼ説明を終えた後、雅は顎髭を撫でながらそう口にする。


「雅さん」


「白田さんの言うことは解るぞ。だけどな、立ち向かって結果心折れて病んでしまう事だってあるんだよ。性癖はデリケートな事だ。何せ存在自体を否定されるんだからな。かく言う俺も逃げて、ここに店構えてる身だし」


「「!?」」


さらりと言う事に、カウンターの二人はギョッとする。


「俺の場合は親とは縁を切ってるし、こいつとこいつの親父まぁ義兄さんが、後押ししてくれたのもあって店が出来たんだ」


こいつと親指で指された明は、丁度BOX席に酒を届け戻って来たところだ。

カウンターの中に入る際に、明は雛山の前の中身が減ってないビールグラスに視線を向ける。


「お前ビール苦手なんだろ」


「え・・・あっはい」


「カルーアミルク。カルーア抜き作ってやるよ」


笑うと花が咲いたように綺麗だったのに、ずっと表情の無い明。

言い方もぶっきらぼうだが、さり気なく気を配ってくれる明。

カルーア抜きはよもやアルコールではないが、アルコール自体が苦手だと気づいての事。

白田がビールを頼んだ時に、背伸びして自分もと注文した事を少し恥じいてしまう。


 取引先の人なんだけどね。

 一目見た時ビックリするよ。

 凄く綺麗な人なんだ。

 で口を開くと更にビックリするんだ。


明を待つ間、サンマルクの前でそう白田が言っていた。

確かに、色々と驚かされる人だ。

雛山はカウンターの中で、牛乳をグラスに注いでいる明をじっと見る。

本当に綺麗な人だ・・・・陶器のような滑らかな肌に、長いまつ毛、色素の薄い瞳に、薄ピンクの形のいい唇。

無表情で居ると冷たい空気を纏い、知らない人は声を掛けるのも恐れ多い雰囲気だ。

そしてもう一つ驚かされたのは、白田と明が付き合っているという・・・・・・・・・嘘を付いている事。

度々デザイン部に訪れていた白田は、デザイン部女子社員の憧れの的。

いや社内での憧れの的だ。

容姿端麗、八頭身の均等の取れた長身。

営業成績優秀で、社会人サッカーでの連勝も彼無くしては成り立たない。

人当たりも良く常に爽やかな笑顔で居る白田に、女性だけではなく上司や部下までも彼にメロメロな状態だ。

そんな白田と・・・・・目の前にいる明がどういう経緯でそうなったのか、雛山は興味しんしんだった。


「ほらっ飲め」


コトンと置かれた白い液体が入ったグラス。

ニコリともしない明は、半分以上残っている雛山のビールに手をかけるとそのまま自分で飲み干した。


「こら明、行儀わるいぞ」


「誰に似たんだろうね」


「俺じゃねーぞ」


「お前以外に誰が居るんだよ」


「・・・・・・・・」


目の前の甥と叔父のやり取りに、雛山はぷっと吹き出す。

親と縁を切っていると言う雅は、他に支えてくれる身内が居て寂しさ等なさそうに見える。

カウンター内の二人は甥と叔父というより、まるで兄弟の様だ。

年齢も10程しか離れてないように見えるのと、二人の遠慮ないやり取りもそう見えさせるのかもしれない。

叔父がゲイだと知っても、気にせず受け入れている明。

ふと雛山は自分の両親の顔を思い浮かべる。

ゲイだとばれて勘当されてしまったら、兄弟も近い親族も居ない自分は完全に一人ぼっちになるだろう。

そんな事を思い、雛山は少し沈んだ気持ちになった。


「あらっあららららぁ~~明ちゃんの彼氏さ~~~ん!!!やっと会えたぁぁ」


野太い男の、黄色い声。

店に入ってきた桃ちゃんは、カウンターに居る白田に気付くと内股で近寄ってくる。

そして白田をグワシと抱きしめ。


「ごめんなさ~~い!この前は私、酔ってたのよ!普段あんな場所で暴露なんてしないからぁ、本当にごめんなさいねぇ!!」


白田よりも体が大きな桃ちゃんは、声も大きい。

色々と迫力満載な相手に、横に座っている雛山は驚いたまま固まっている。


「雅君と明ちゃんに、こっぴどく叱られたから許してぇぇ」


「あの、大丈夫です。怒ってませんので」


「本当?」


抱きしめる腕を放して、白田の両頬をはさみ覗き込む桃ちゃん。


「はい。全然」


「本当に出来た人ねぇ。ねぇ大丈夫?何で明ちゃんなの?確かに綺麗よ、スタイルも良いしスキニー履くとキュッと上がったお尻がとてもセクシーよ」


ベラベラと話し始める桃ちゃんに、雛山は恐恐と明の反応を見るべく視線を向ける。

だが明は丁度、パーティションを捲り厨房の方へと消えた時だった。


「だけどほらっ、性格がキツいでしょ。餌付けしても決して懐かない野良猫。いいえ、それでもまだ可愛い方だわ。あれは人肉の味を知ったボブキャットよ。貴方には手に負え・・ひゃっ何!?」


言い終える前に、何かに驚いた桃ちゃん。

そして桃ちゃんの額に、ピッタリ張り付いている丸いモノ。

状況が解っていない桃は、額から重力に負けて剥がれ落ちたそれを両手でキャッチする。


「きび団子?」


「それ持って、とっとと淡路島行け桃太郎野郎」


いつの間にかカウンターに戻ってきた明。

その手には誰かのお土産のきび団子の箱を持っていた。


「何で淡路島なのっ鬼ヶ島でしょ!?」


「玉ねぎ買ってこい!!」


「それただのお使いだから!!ちょっ!!?」


次々投げられるきび団子を、桃ちゃんは食べ物を粗末にしてはならないと全て口でキャッチしていく。

それは投げた餌に食らいつく、空腹な鯉のように見えなくもない。

明の手元の箱から全てのきび団子が無くなった頃、桃ちゃんの口はパンパンに膨らんでいた。


「桃さん」


モゴモゴと口を動かしている桃に、話しかける白田。


「誤解してますよ。俺の前ではゴロゴロと甘えてくれるので、明はロシアンブルーです」


ミント香る爽やかな笑顔で言ってのける白田に、桃ちゃんはオーバーにその場に倒れ込み「ご馳走様」とつぶやく。

事情を知っている雛山は、吹き出しそうになるのを必至に我慢。

雅は可笑しそうにクックッと笑っている。

そして・・・・明はと言うとグラスがある壁棚の方に体を向けて、肩を震わせていた。

その震えは笑っているからか、怒りからか・・・・・雅は甥の顔を覗き込み、そして豪快に笑い声をあげた。

明がどんな顔をしていたか解らないが、雛山は爆笑する雅に釣られ声に出して笑ってしまう。

先程の沈んだ気持ちなど何処かへ吹き飛び、1ミリも自分を隠さずに居られるこの場所で心から笑えた。



11へ続く

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