第5話

ダビデ様からの電話に、狼狽える明。

そんな甥の代わりに叔父が電話に出る。



5



2丁目

フスカル



時間は19時前

普通の会社の就業時間はとうに過ぎている。

こんな時間に取引会社から電話がある事はまず無い。

何かしらのトラブルがあるのならば解るが、そんな状況になるような進捗状況でもない。

何の用だろうと考えている最中、明の手のひらの上で震え続けるスマホ。


「おいっどうしたよ」


離れた場所でもわかるバイブの音は雅の耳に入り、キッチンを遮るパーティションを捲り明の様子を不思議そうに見る。


「・・・・・取引先から」


「なら仕事だろ?でろよ」


「・・・・出れん」


「はぁ?何で」


「桃に彼氏認定されたヤツだよ」


「出ろよ」


雅の最後の出ろよは、顔が笑っている。

桃が余計な事をした日から2日経っている。

誤解だと説明したのか、誤解されたまま放置しているのか。

甥と彼氏認定の彼との二日間のやり取りの事など、雅は知らない。

だがスマホを睨んだまま電話に出ようとしない明を見れば、面白い状況なのは理解出来た。


「出ないのか?」


「だから出れん」


「ならば・・・俺が出てやろう!!」


言葉を言い終わる前に、さっと明の手からスマホを奪い取る。

そのまま店の方へと逃げながら、通話ボタンをスライドさせた。


「はい、愛野明の携帯です」


背後で明が慌てた声を出して追いかけて来るのを感じながら、すぐにスピーカーに切り替える。


「あの・・・私、双葉広告代理店の白田と申します」


スピーカーから聞こえる、ダビデ様の声に明は口を閉じる。

それでもスマホを奪い取ろうと、雅の後を追いかける。


「俺は愛野の叔父です。いつもお世話になってます~」


「そうでしたか。こんな時間にすみません」


「あいつちょっと今手が離せなくて、どうしました?こんな時間に仕事の電話ですか?」


雅の問いかけに、明はピタリと動くのをやめる。

まさに聞きたい事を叔父が代わり聞いたからか、白田の返す言葉を黙って待つ。


「いえ・・そうじゃないですが・・・仕事の話ではなく、ちょっとご相談したい事が」


「そうですか。じゃ、新宿2丁目のフスカルという店に来てください「バカか!!!うむ~!!」Googleで検索したら出てきますので、お待ちしてますぅ」


明の両頬を片手でムニュっと掴み、言いたいことだけ言うともう片方の手で器用にスマホの通話を切る。

来いと言っておきながら、電話の向こうの返事を聞くことすらしなかった。

雅の手によってタコ口になっている明は、せめてもの抗議と視線だけは鋭く雅に向けていた。



※※※※※※※



2時間後


2丁目

フスカル


白田仁は、新宿2丁目の雑居ビルに入っているフスカルの店の前に居た。

扉の向こうには、自分を呼び出した明の叔父が居るはずだ。


「ふぅ・・・」


一つ深呼吸。

中々ドアノブに伸びない手を、宙に浮かせる。


ここまで来るのに、少しばかり恐怖を感じた。

新宿2丁目と言う街がどういう場所かは、知っていたが・・・・まさか自分が足を踏み入れる時がこようとは。

道を歩くだけで、その場に居る男たちの視線が集中する。

そればかり声を掛けてくる。

それを愛想笑いで流すも「かわいいぃぃ」だの「いや~ん素敵ぃ」だの野太くも黄色い声があがる。

競歩ばりの速さでスマホのMAPが示す場所に急ぎ、ようやく到着したのだが・・・・

入るのに躊躇してしまう。


「やっぱり雛山に来てもらえばよかった・・・」


この場所に来る動機となった、雛山と言う青年。

白田が明の携帯に電話を掛けた時、その青年はその場に居た。

遡ること、3時間前。


就業時間となり、ちらほらと帰る社員たち。

白田も帰ろうかと一階に降りる為に、エレベーターホールに向かっていた時だ。

既に来ていたエレベーターがあったが、次のに乗ろうと特に急がずゆったり歩いていた。


「おいっ降りろよ!きもちわりぃなぁ」


そんな男の声が、廊下に響く。

そしてエレベーターから降りる、一人の青年。


「ホモが移る!階段使え!」


そんな言葉と共に、エレベーターの扉が閉まった。

誰から見ても、大人げないイジメ。

会社内でまさかこんな場面に遭遇するとは思っていなかった白田は、苛立ちを覚えた。

エレベーターホールに一人俯いて佇む青年に近寄ると「大丈夫か?」と声を掛けた。

それがデザイン部の新卒者、雛山との出会いだった。

その流れで、彼の話を聞くこととなり・・・その事でゲイである明に相談しようと思ったのだ。

明の叔父から電話を切られた時、雛山も付いて行くと言ってくれたのだが・・・・一応、取引先の相手だ。

行き成り合わせてしまうのも、礼儀としてどうなのかと思った。

まずは先に話を通してから、雛山の相談をする予定だった。

だが・・・この場所に来て、一人で来たことを後悔していた。


「あれぇ~入らないのぉ」


扉の前で佇む白田の背後から声を掛けられる、そしてにゅっと白田の顔を確認するように覗き込また。

キラキラの金髪の少年と目が合う。

すると少年はふぁぁぁと大きな口を開け


「!?何っめっちゃイケメン!めっちゃイケメンがいるぅ!!!」


と廊下に響く声をあげた。


「林檎ちゃん、もう店先で騒いでたら雅くんに怒られる・・いや掘られるわよぉ」


「ん~~掘られたい!じゃなくて、桃ちゃん!!めっちゃイケメン居る!今日の相手はこの人にする!って言うかずっとこの人にするぅ!」


状況が把握できずに固まっている白田の腕を掴み、体を寄せる金髪の少年。

そして先にこの場所にたどり着いていた金髪少年こと林檎ちゃんの後を追って来たのは、縦にも横にもでかい桃ちゃん。


「あら・・・だめよ!そのイケメン、明ちゃんの彼氏よ」


「え・・・噂の!?」


「明ちゃんに腸を引きずり出されて、ウィンナーに加工されて美味しくいただかれるわよ!」


「いやぁぁぁ、僕の腸を守ってぇ彼氏さ~~ん!!」


林檎ちゃんにどさくさに紛れて抱きつかれる白田。


「やだっ!逞しいぃ筋肉ガチガチだし、良い匂いするぅ」


「こらぁ~林檎ちゃんっ羨ましいぃぃ、じゃないっ!彼氏さんを離しなさいっ」


それを引き離そうとする桃ちゃん。

白田はされるがまま、反応出来ずに居る。


そこへフスカルの扉が勢い良く開かれた。


「うるせ~ぞ!騒ぐなら掘るぞ!今すぐ尻出して一列に並べ!!!!」


「「はい!!」」


と雅の怒号がビル内に響き、2人のオネェが同時に挙手をした。



6に続く

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