第6話
白田仁は、明の叔父の言う2丁目のゲイバーへ来ていた。
そこで叔父から2日前の出来事は誤解であると知らされる。
6
2丁目
フスカル
「はいっ、ビール」
ビールサーバーからビールを注いだグラスを、この場に不釣り合いな客人の前に置く。
6人掛けのカウンターのど真ん中に座る、緊張な面持ちな白田。
「有難うございます」
お礼を言うのがやっとのようで、脱がずに居るスーツのジャケット越しでも肩に力が入っているのがわかる。
雅はそんな相手にクスリを笑う。
そして先程まで白田に絡みまくっていた客達はBOX席に追いやられ、白田の背中に熱い視線を注ぎ続けている。
「こっちの事は気にせずに、そっちで勝手に盛り上がれ」
加えて見るなと言う意味も込めて、シッシッと追い払う様な仕草をBOX席に向ける雅。
客達は仕方なくお互いの顔を見合わせ、やがて話し始める。
だが言葉の節々に「明ちゃん」だの「彼氏」だの「めっちゃイケメン」だの話題は結局二人の話。
「悪いな。ウザくて」
「いえ・・・」
店先で体をベタベタ触られ、店内でも質問責め。
「おいくつ?」「身長何センチ?」「何かスポーツやってたの?」「年収いくらなの?」「あっちの方も凄いの?」
客達に囲まれタジタジの白田を見かねて、雅はあろう事か客に除菌スプレーを向け「BOX席に移動しろ!」と追い払った。
白田はそんな接客に驚いていたが、客達は「きゃ~~」と歓喜な方の声色で悲鳴をあげてBOX席に移動したあたり慣れた様子。
「あいつ・・おせねぇな。牛乳一本買うのにどれだけ時間掛かってんだ」
甥にお使いを頼んだ雅。
普通ならば往復で10分も掛からない筈なのに、腕時計の針はもう30分が経過している。
あいつ・・・・・もしかしてトンズラしたんじゃね~だろな・・・・
雅の脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
もしそうだったら・・・目の前で居心地悪そうにしている男があまりにも哀れだ。
明の彼氏として、その容姿を吹聴していた桃。
雅の目にもSSS級のイケメンだと映る。
カウンターの高さに合わせたチェアは、かなりの高さがある。
普通の人間が座ろうものなら「よいしょ」と乗り上げなければならない。
身長があっても胴長短足種族の日本人では、床に足もつくことはない。
現に184センチある雅も、ギリギリつま先が床に付く程度。
目線の高さが同じぐらいだったが・・・男は流れるように椅子に座り、しかも足底が床に付いている。
それを見ていた雅は「足なげ・・・」と思わず口に付いてしまい、白田は少し照れたように笑った。
外見だけではなく、内面もSSS級かよと雅は確信する。
ごつい男とピアス男にベタベタされても、困った顔をしていたが嫌そうに顔を歪ます事はなかった。
明がここに初めて来た時も、ベタベタ攻撃と質問攻撃が起きた。
明は隠す事もなく思いっきり顔を歪ませて「うっとおしぃ~~!このくそがぁぁぁ!」と二人を蹴りを入れた。
蹴られた桃ちゃんと林檎ちゃんは、綺麗な顔なのに気性が荒い明が気に入ったようで嬉しそうに悲鳴をあげていが・・・・
二人が怪我一つしていないという事は、明も本気で蹴ってないのは雅も解っていたので好きなようにさせていた。
「そんなに緊張するなよ。明の彼氏に誰も本気で襲ってこねぇ~からよ」
明が帰って来ないならば、自分が話すしか無いと雅は本題に入ることにした。
「・・・・・・」
白田は困ったように形の良い眉をハの字にして、笑いを浮かべた。
雅は何も言わない相手に、「ふ~~ん」と唸りながら整えられた顎髭を指で撫でる。
目の前の男が、ノンケだと言うことは雅はひと目で見抜いた。
「否定しないんだな」
「え・・・・・」
「白田さんノンケだろ?」
「あぁ・・・ええと・・・・」
「あいつもノンケだし」
「!?そうなんですか!?」
「シ~~」
声のボリュームが上がった白田に、慌てて静かにとジェスチャーする。
チラリとBOX席を見ると、白田の声に会話を止めて視線がこちらに集中していた。
それをまたシッシッと追い払う仕草をする雅。
「すみません・・・・。俺の誤解だったんですね。愛野さんから釈明が無かったので、てっきり・・・・」
「まぁそう言うこった。あいつは新しいバイトが入るまでの期限付きで、ここを手伝ってもらってるんだ。客にゲイのフリをしろって言うのは店子だからな、けど一応防衛として、タイプの男にしかその気にならないってあいつが言ってたんだ。それも富士山よりも高い理想の男をな」
「そうだったんですが」
「で、あいつが言ってた理想の男像の見たまんまが、白田さんってわけだ。それを桃が誤解して・・・ほら、さっき右隣に座ってたやつ。悪かったな周りに人が居なかったのが幸いだった、一応桃には俺からガツンと言っておくからよ」
「それは良いんです。結果俺と愛野さんしかその場に居なかったわけですし」
「けどよ・・・・何で彼氏だって俺に否定しなかった?」
「あの日から2日経っているのに、皆さんがそう思い込んでるままだったので。愛野さんに何か理由があるのかと」
「・・・・・・白田さん、あんた本当に人が良いな」
どれだけ性格良いんだと、雅は目の前の男の事が心配になる。
明に都合よく利用されているだけなのに・・・・
「あいつにとって、誤解されたままの方が都合が良いと思ったんだろうよ。ゲイのフリしろなんて結構無茶な要望だしよ、しつこい客に本気で手が出るんじゃないかと思ってたからな。俺もあいつが否定しない限りは客にこのまま誤解させとこうと思う」
「そうですか」
「けど白田さんがここに来たからには、否定していいんだぜ。居酒屋の一件がある以上、何処でここの客とばったり出くわすかはわからない。その時白田さんの知り合いが近くにいて、以前と同じような事になったら・・・大変だしな」
「・・・・・・そうですね・・・」
白田は考えるように俯く。
叔父と甥の勝手な事情で、これ以上迷惑は掛けられない。
雅は考え込んでいる、白田をじっと見てふぅとため息を吐いた。
ガンッ!
外へ通じる扉から、何かぶつける音がする。
ガンガンっ
音と同時に扉がバタンバタンと微かに開いて閉じる。
「おいおい、酔っぱらいか?」
雅は嫌そうな表情でカウンターから出てくると、白田の後ろを通りすぎてドアノブに手をかけて内側に引いた。
すると廊下に佇む、甥。
両手にパンパンになったビニール袋。
「お前・・・・俺は牛乳一本頼んだんだぞ」
「大セールだったから」
いけしゃあしゃあと言ってのける明。
しかもドヤ顔。
「両手一杯に買い物してドウスルンデスカ?」
「オレの家の食材に決まってんだろうが。経費でオトセ」
「誰が落とすかバカが」
「荷物もて」
「誰が持つかバカが」
ほとほと困った甥だ。
チラリと白田へ視線を向ける。
引いた扉が邪魔して、白田の位置からは明の姿が見えないだろう。
それでも甥と叔父のやり取りが、面白かったのか口元が緩んでいる。
「ほらっ客が来てるぞ」
重い早く持てよと言っている明に、カウンター席が見えるように扉を全開にしてやる。
明の視線は白田に向き。
そしてピシリと石化する。
白田はそんな相手に、苦笑する。
店内に居た客は、固まったまま反応しない明に首をかしげる。
彼氏が会いに来てくれているのに、明の反応が恋人のソレではない。
「どういう事?」とサワサワし始める観客達に、白田はチェアから立ち上がり明のそばにいく。
そして身を屈めて、明が両手に持つビニール袋に手を掛けた。
「来るなって言われてたのに、突然押しかけて来てごめん」
明の真ん丸になっている目を見ながら、ふわりと笑いそう口にする白田。
まるで彼氏を演じている男に、雅は口元を緩めて「ふ〜ん」と唸る。
7へ続く
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