第4話

取引先の女子社員から「ダビデ様」とあだ名をつけられている白田。


4



フローラ

商品企画部



事務所内の女性たちが、恐恐と伺うように明に視線を向けている中、一人の女性が明のデスクに近付いてくる。


「ダビデファイル見つけたのね」


手に淹れたてのコーヒーカップを手に、明のデスクの上にある液晶の画面を覗き込む。


「何そのダビデって」


「ダビデ像のダビデ」


「いや、それは知ってるし。何でダビデ像」


「あんた他に世界的に有名な彫刻知ってる?」


「・・・・小便小僧」


「馬鹿なの?」


カっと明は目を見開き、女性を見上げる。

だが女性は明のそんな視線を全く気にせず、ワインレッドの口紅を引いた唇をニヤっと歪ませる。


「よしよし・・・・新しく出来た部下に対して馬鹿なのって何だよ」


「よしよしじゃない、由美っ。何でわざわざややこしく変換するのよ」


由美、普通に読めばゆみと読む。

だが明は商品企画部主任の由美をよしよしと、間違った変換の仕方で呼んでいた。

彼女は明と同期。

明の事を社内でよく知っている人物の一人である。


「モアイ像」


「もう彫刻の下り終わってるから」


「あぁそう」


バッサリと切り捨てられる明だが特に気にすることもなく、由美の手にあるマグカップに手を伸ばす。

だがコーヒーを狙う手は、簡単にパシリとはたかれた。


「あんたにじゃない」


「ケチ」


「うちの部所では、彼のことダビデ様って呼んでるの」


「はぁ?似てるか?それにチン「職場よ」・・・ジュニアも似てるのか?」


「言い直してもセクハラには変わりないわよ」


「いい大人が、ジュニアで恥ずかしがるなよ。昔はうんこの単語で大はしゃぎしてただろうが」


「幼稚園生かっ!そんな昔の事、記憶に無いわよ」


「で、こいつが何でダビデ」


「どう見ても芸術品でしょ。神様がお創りになった、芸術品よっ。計算された位置に配置された顔のパーツ、これまた大きさも、形も完璧でまるで彫刻のようでしょう。高身長で見事な八頭身。高学歴に高収入、スポーツ万能で家事もこなしてお弁当手作り。ニコリと笑う笑顔はミントが香ってきそうな程に清々しいく爽やか」


「色々と突っ込みたいんだけど・・・何で学歴と収入まで、それに家事とか何で知ってんだよ」


駅前の選挙運動のようにペラペラと話し始める由美に、引き気味になる明。


「向こうに知り合いがいるだけよ。兎に角、双葉でもうちでも彼の存在は女性社員の憧れのダビデ像なのよ」


「ちょっと何言ってるか解んない」


憧れのダビデ像の例えが解らなすぎて、明は未だ熱く白田仁を語っている由美を無視して液晶画面に視線を戻す。

そして白田の画像を閉じると、【SJ】ファイルごとゴミ箱にぶっこんだ。



※※※※※※※



2丁目

フスカル



「内緒って意味解ってんのかよ・・・」


居酒屋での出来事から2日が経っていた。

仕事帰りの明は、叔父が経営するゲイバーに居た。

そして休みの間に店子としての自分が置かれている状況が変わっている事を知り、出た言葉が冒頭のそれだ。

桃ちゃんの「内緒」は守られなかった。

はよ~すと店を入ってきた明に、叔父からの挨拶は無く「お前、どえらいSSS級イケメンの彼氏居るんだってな。桃の話に皆大騒ぎだったぞ。で、年収800万以上の男か?そいつ居るならバイト代要らないだろう」が第一声だった。


「彼氏じゃなくて、仕事関係の奴だよ!これから付き合う取引先の担当者!」


「ははははっそんな事じゃないかと思ったわ」


「そいつの前で、べらべらべらべら喋りくさりやがって、あの後!!・・・思い出したくもない」


ガン!とワザと音を立てカウンターに鞄を置く。

中にノートPCが入ってる事は、この際気にしない。

あの日桃が居なくなった後、居た堪れない空気間に取り残された二人。

急に葬式のような沈んだ明の様子に、体調が悪いのかと梅沢は誤解しその場はお開きになった。

その間明に一言も声を掛けてこなかった白田が、どんな目で明を見ていたかなんてずっと下を向いていた明は知る由もない。

それに資料を送った時の返信も、他愛もないマニュアル通りのメール内容だった。


「あぁけどそりゃ~駄目だな。外ではゲイである事隠してる人間も居るんだから、桃には注意しとくわ」


「・・・・注意で済ませる気か?路地裏に呼び「止めとけっ、お前幾つなんだ、四捨五入したら30だろう」四捨五入する意味あんのか?」


「ほらほらそんな顔するな、お前の唯一の取り柄の綺麗なお顔が台無しだぞ」


「ハラタツ」


「はいはい、客が来る前にさっさと飯食ってしまえ」


カタンとテーブルの上に、置かれるお皿。

出来たての湯気がたつカレーライスの香りが、明の胃を刺激する。

顎をしゃくれさせ眉間にシワを寄せガンをたれていた表情は、真顔になり食事をしようと丸椅子に腰掛けた。


「お前に彼氏が居るとなると・・・お前目当ての客が来なくなるもんなぁ。どうっすかなぁ」


「いただきます」


「彼氏は嘘です、実はノンケですって暴露したほうが、それでも狙う客はいるしなぁ」


「あのさ、新しいバイト入るまでの間しか居ないオレに、いつまでも客を引っ張るなんて出来ないぞ」


スプーンを手に持ち、あれこれ考える叔父の雅に無駄な事だと口にしてからカレーを食べ始める。

そう明は、好きでこのゲイバーで働いているわけではない。

2週間前にバイト生が急に辞めてしまい、甥である明が週に3日終電の時間まで手伝う事となった。

ノンケの明は一度は無理だと言ったが、荒れまくっていた明を大学まで行かせた叔父には逆らう事が出来ず、新しいバイトが来るまでの間という約束だ。

常連だけだったこの店が、明の華やかな容姿のお陰で一見がぐっと増えた。

人の手によって創られた人形のような綺麗な顔立ち、少し女性的な柔らかさも持ち合わせている容姿は、化粧品会社に勤めているだけあり女性が羨む程の美肌。

小さいと言われる顔から下は、178センチの身長にほっそりとした体型だが脱ぐとそれなりに鍛えられていて、しなやかで何処か色気もある。

かっこいいより綺麗だと言われがちな容姿で、初対面の人間は大抵明の顔に見惚れる。

だがそれは口を開かなければの事。

口が悪く気も強い、やんちゃしてた時期があるからか何かと拳で言い聞かそうとする傾向がある。

化粧品会社に入社した頃はモテモテだったが、明の外見と見合わない内面に女性たちの好意は消え失せた。

勿論それでも言い寄る女性は居る。

が明は恋愛に一切興味がなく「好きとか押し付けられても面倒くさい。セックスするだけなら良いけど」と人前で言うぐらいのデリカシーの無さに、女性陣は明を危険人物とみなした。

まぁそれは明の計算でもある、職場で恋愛なんて面倒くさいだけ。

恋だ愛だなんて、職場に持ち込まないで欲しいと思っている。

ただ女性陣全てが恋愛本位な訳ではない、生活のため生きるために仕事をしている女性達には明のバッサリ切る態度は好評なようだ。

同期である由美もその一人、明の内面を知っていても変わらず付き合ってくれる良い同僚だ。


「そう言えば、桃が目を輝かせて言ってたけど。その相手ってそんなにいい男だったのか?」


白い皿底が見えてきた頃、思い出したかのように雅が口を開く。


「ん~そうだな。外見も中身も完璧って感じ。芸能界入らず何でリーマンしてるのか謎過ぎるぐらい」


「お前も何でリーマンしてんだ。あれだけ街を歩けばスカウトされてたのによ」


「はぁ?見世物になるなんて無理に決まってんだろう」


「だな・・・お前はそういう奴だ」


「けどなぁ・・・外面がいい人間は、性格が歪んでると思ってたんだけどなぁ」


「世の中、全部お前みたいな人間じゃね~よ」


「けどわかんね~じゃん。爽やかな顔の中はドロドロの屁泥かもしれね~だろ、人間何考えてるかなんてわかりゃ~しね~んだから」


「自分が性格歪んでるのは否定しないんだな」


「顔が良いのも、内面腐ってるのも認めてる」


「まぁ・・・乱交・乱闘三昧の10代のお前に比べれば、何十倍もマシだけどな」


「・・・・・・・・」


昔の事を掘り起こしてほしくない明は、嫌そうに顔を歪めて最後の一口のカレーを口に入れた。

だが普段褒める事をしない叔父の言葉に、尻の当たりが少しムズムズするのを感じた。

それを誤魔化すように、椅子から立ち上がると空になった皿を手に厨房の方へと足早に向う。

シンクに皿を置いて、カッターシャツの袖を捲る。

水を出そうと蛇口に手を伸ばしたところで、尻ポケットに入れていたスマホがブルブルと震えた。

明は誰だろうと、スマホを取り出し画面を確認する。


「!?」


【双葉広告 白田ダビデ】


ディスプレイに表示された着信に、明は目を見開きピシリと固まった。



5に続く

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