第3話

白田は明と出会った時の事を思い出し、仕事も手につかない。




顔のパーツは日本人の特徴だが、どこか日本人離れしているように感じる明の顔。

時間を掛けて丹精込めて創られた、人形のような完璧な容姿。

滑らかな顔のラインは男らしさは感じないのに、決して女性ぽい訳ではない。

少年から青年へと変わる儚いイメージに近いが、凛としていて落ち着いた雰囲気が大人であることを感じさせる。

そう白田は最初に印象を受けた。

新担当者が男である事に、白田は心底ホッとしていた。

簡単ではあるが今後のスケジュールの確認等を済ませる。


「では明日、サンセールの資料を送りますね」


「草井さんから頂いたものがありますが」


「あぁ・・・私も目を通したんですが、改めて作り直して送ります」


新商品サンセールの発売も2ヶ月後となる時期に、草井は急に産休を取った。

通常、産休であればもっと早く申請する筈。

皆に迷惑が掛かることを知った上で、突然の休みを取ったとしか考えられない。

これには白田も流石に呆れた。

そして「彼女ね、常務の孫娘らしいんだよ」と雀野からの情報で、梅沢も強く言えなかったのだと納得した。

そんな草井が休むと言う連絡が来たのが4日前。

新担当者との顔合わせをと連絡が来たのは2日前。

果たしてちゃんと仕事は引き継がれたのか、白田は不安があった。

だが営業部で成績トップというだけあり、明の受け答えは無駄なくスムーズだ。

きっと草井の作った資料も、不十分だと言う事に気づいて作り直すと言ってくれているのだろう。

発売告知のポスターは後は仕上がるのを待つばかりだが、新商品を並べる什器の作成が残っている。

資料が無いのと有るのとでは、デザイン部の仕事の進みが違う。

これなら安心して、やり取りができそうだ。

白田はいつもの営業の顔ではなく、思わず心からの笑みを浮かべた。


「・・・・・・」


そんな白田をじっと見る明。

お互いの視線が絡む。

食い入るように見つめてくる明に、白田は胸の中が微かにざわつく。

先程の口元に笑みを浮かべた表情ではなく、無表情の明は綺麗だがとても冷たく感じる。


「あの・・どうかしました?」


何も言わずじっと見つめる明に、白田は我慢できずに声を掛けた。


「いえ、お気になさらず。では梅沢さん、お仕事の話が終わったので。オレ飲みますね」


さらとした返事の後、明は隣に座る梅沢に笑いかける。


「いいよいいよ。明君そうとう飲むって聞いたよ」


「そうとう飲みますよ」


そう言いながらドリンクメニューを手に取る明。

そして一番最初に頼んだアルコールが、複数人で飲むピッチャーだった。





「白田くん、愛野さんから届いた資料だけどね」


昨夜の事を思い出していた白田を、現実に引き戻したのは雀野だった。

微動だにしない白田のデスクの横に来ると、ホクホク顔で白田の肩に手を置く。


「はっはいっ」


「凄いね。見やすいし、詳細は細かいのに端的に纏められてる。いい人が担当を引き継いでくれたね」


「そうですね・・・」


「どうかしたかい?」


少し狼狽えている白田に、首をかしげる雀野。


「いえ、体調の方は良くなったかちょっと気になって」


「あぁそうだねぇ。まだお礼のメール返信してないんだろ?様子聞いてみたら?」


「そうですね・・はい、そうします」


白田の返事に、うんうんと頷きながら窓際の席へと戻っていく雀野。

その背中を見送り、はぁぁぁ〜と深い溜め息をはく。

今まさにメールを返信しようとして、思考が止まっていた白田。

相手のメールは、至って普通の内容だ。

ならこちらとしても、マニュアルに沿った返事を返せばいい。

だが、一言でも付け足せばいいのか悩んでしまう


『気にしてませんし、口外する気もないです』



トイレの前での出来事は、白田にとって衝撃的だった。

だが何が自分にショックを与えているのかが、はっきりしない。

新担当がゲイだったからか・・・

自分が彼氏認定されてしまったからか・・・

正社員として働く以外に、夜の仕事をしているからか・・・

それとも、あんな綺麗な顔をして

自分より二周り大きい男を、両手で掴んだ胸ぐらだけで持ち上げて


『それ以上余計な事言ってみろ、てめぇの粗チンもぎ取ってその口にねじ込むぞ』


とそんな下品な言葉が、あの桜色の唇から飛び出たからか・・・

考えれば考えほど、ドツボにはまる。

草井が担当を降りた事に安心した筈が、新しい担当も色々と問題があるようだ。


「はぁぁ・・・・・」


白田は両手で顔を覆い、深いため息を吐く。

そんな男の姿も絵になると、集中する女性社員の視線に本人は気づいていなかった。



※※※※※※※



フローラ

商品企画部



「・・・・・・臭い・・・何しに会社来てたんだ・・」


PCの画面を睨みつけながら、明の口から忌々しげに漏れる変換違いの前任の名前。

明のほっそりとした指に力が入り、掴まれているマウスからミシミシと音がする。

草井が使っていたPCをそのまま引き継いだのだが、中身が乱雑でゴミみたいな書類ばかり。

昨日一日掛けて取引先とのメール送受信に目を通し、PC内の書類も目を通した上で殆どゴミ箱にブチ込んでいた。

そして今、見つけたのだ。

【SJ】と名のフォルダ。

それを開けば、出るわ出るわ全く仕事と関係ないモノ。

それは白田仁を、スマホで撮った写真がたんまり。

思わずその一つの画像ファイルをクリックしてしまい、困った顔ではにかむ男が液晶画面にでかく映し出された。

そして最初の臭い・・と言う言葉が口から出たのである。

画面に映し出された男が悪いわけではない。

それでも殺気がこもった目で、液晶画面を睨みつけてしまう。

キリッとした綺麗な眉を困ったようにハの字にさせ、頑張って笑顔を作ろうとしている感じの白田の表情。

そんな表情でも、魅力は半減するどころか母性を擽るような魅力的なお顔。

だが明には母性なぞ持ち合わせてない。

草井のバカさ加減に腹が立つのと、昨夜の出来事が明の腹底をグリグリと刺激する。


「何かあるだろうがっ、気にしてませんとか、誰にも言いませんとかっ一言ぐらい。見なかった事にする気かよ・・・」


ガン!!とマウスごと手をデスクに叩きつける。

その音で事務所内の女性達が、ビクっと肩を揺らして恐恐と明の方へ視線を向けた。



4へ続く

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