第2話
~明と初顔合わせの日、突然現れたオカマに彼氏認定されてしまった白田仁。
それから翌日のお話。
2
早朝
愛野宅
庭付き住宅街の2階建て住宅。
洗面所から慌てたように、廊下をパタパタとスリッパで走る音が家中に響く。
その足音はそのまま玄関へと向かうが・・・
「おいっ!親父っ弁当忘れてるぞ!」
と台所からの息子の声に呼び止められる。
その声に自分の手元を見る。
そして鞄しか持ってない事に気づき「そうだった、そうだった」と呟きながら、台所の方へと踵を返して向かう60過ぎの男。
チラホラと白髪が交じる髪は極端に少なく、頬もこけてゲッソリ顔。
なのに顔艶は良く、年齢の割に肌はシミも少なく綺麗。
風に吹かれて飛んでいきそうなペラペラの体を、スーツに着せられてる感満載の頼りなさげの熟年男だ。
「ったく、ギリギリに起きるなって言ったよな」
「明君が起こしてくれたら・・「あぉあぁ!?」いえ、何もないよ」
息子は見目麗しい華やかな容姿にも関わらず、父親とは似ても似つかない親子。
そんな息子に凄まれてしまい、肩をすぼめる父親は誰の目から見ても情けなく見えるだろう。
「ほらっ弁当包んだから、さっさと行けよ」
茶色の巾着に包まれている弁当を差し出され、父親の愛野太郎は嬉しそうに受け取る。
「ありがとうね・・・あぁ・・・」
まだ包まれていない、明の分の弁当が目に入る。
蓋を開けたまま置かれている弁当の中味を見た太郎は、小さく唸るような声を発した。
「あのね・・・明君・・・」
「何?」
「もうちょっと・・・色合いを」
「あぁぁぁ!?作ってもらっといて文句言うのかよっ」
「ううん。そんな事ないよ。茶色のお弁当美味しいね」
見事に色彩を無視したお弁当の中味に文句を言う事は、明の再びの凄みによって出来なかった。
「それじゃ〜行ってくるね」
「き〜つけてな、自転車に跳ねられんなよ。保険入ってないんだからなぁ」
きつい言い方だが、心配してくれる息子の言葉に太郎はニコリと笑い台所を出た。
明の態度はとてもじゃないが、父親に向けるものではない。
だが思春期の頃の明に苦労させられ、胃に穴もあき、髪も抜け落ちた頃に比べれば、今の明は真ん丸になった方だ。
口は悪いが、毎日お弁当を作ってくれる。
明が早く帰ってくる日は、夕食も掃除もしてくれている。
色合いや盛り付けを気にしない明の料理は見た目は良くないが、味はビックリするぐらい美味しいのだ。
それに明がなぜ化粧品会社に勤めているか、理由を知れば立派な親孝行に思える。
太郎は玄関に向かう途中にある、和式の部屋の前で足を止める。
その部屋は庭からの日当たりも良好な、6畳程の畳の部屋。
そして部屋に角に置かれているのは、仏壇。
所謂、仏間だ。
仏壇に置かれているのは3つの位牌と、3つの小さな写真。
太郎のご両親の写真と、明にそっくりな上品そうな女性。
「翔子さん、明は立派な大人になったよ」
写真の中で微笑んでいる女性にそう伝えると、今度こそ玄関へと向かった。
※※※※※※※
双葉広告代理店
営業部
白田仁は、PC画面を見つめたまま固まっていた。
いつもはテキパキと仕事をこなし、無駄な動きが一切ない男なのに。
今は手を止めて、ただ一点に視線を向けたまま動かない。
切れ長の二重の瞳は、化粧品会社フローラから送られて来た文面に釘付けだ。
数分前に新担当者から、メールが届いた。
仕事を引き継いだ上で、双方に食い違いが無いか新商品の詳細の資料が添付されていた。
その資料は新担当である彼が新たに作成し、纏めたものでビックリするぐらい細かくも端的にまとめ上げられて居た。
流石、元営業部。
こちらが求める情報も、全て記載されている。
前任の担当者は女性であり、白田としては少しやりにくい相手だった。
白田とのやり取りの回数を増やす為なのか、こちらが質問を何度もしなければならない程情報が不足。
回答してくる内容も浅く、曖昧な表現が多かった。
挙句の果てには顔合わせの打ち合わせ時、同僚が欲しがっているからとスマホのカメラで白田を撮る始末。
本心は嫌だったが、下請けである広告代理店の身。
無下には出来ず、持ち前の笑顔で対応していた。
それが、急な産休休暇により担当者変更。
産休という事は暫くの間の代理なのだが、それでも白田には有り難かった。
昨日の居酒屋での顔合わせ。
先方を待つ間、上司の雀野から「新担当者さんね、物凄く美人らしいよ」の話にやっぱり女性が担当なのかと気を落とした。
何度かフローラには足を運んでいるので、社員の半数以上が女性だと言うことは知っている。
だからせめて、仕事に鋭意な人である事を願った。
そう言えばと、白田はある事を思い出した。
前任の前に少しの間、担当してくれていた桜庭由美と言う女性は、まだ仕事がしやすかった。
主任と言うだけあり、仕事への向き合い方も違う。
ショートカットが似合う美人な女性で、彼女が担当に戻ってくれたらと淡い期待を寄せる。
「しかも、営業部だったらしく成績も常にトップだったと、梅沢さんが褒めちぎっていてね」
美人で営業部のトップ。
ならば桜庭では無いのだろう。
だけど、営業部トップの言葉に少し親近感が湧いた。
外見が良いだけで得することも、困ることもある。
白田自身は誰からも好意を持たれる容姿に、煩わしさを感じている。
どんなに勉強し誰よりも仕事に熱心だったとしても、外見が良いから・・・とそこだけを見られる事が多かった。
仕事は好きだ。
やり甲斐もある。
だが外見だけで勝手に作り上げられる白田像に、寂しさを感じていた。
「すいませんね、遅くなりましたよぉ〜」
個室の襖を開けて入ってきたのは、いつも陽気で場を楽しくさせてくれる梅沢。
白髪が多い髪と雀野に負けてないかっぷくの良さ、豪快に笑う梅沢は、化粧品会社に似つかない男。
だが白田は梅沢の事は、好きだった。
自分の上司も温和でニコニコしているが、梅沢は少しでも周りを明るくしようと冗談をよく言う。
その空気感が、白田にとっては心地良かった。
「いえ、僕達も今来た所だからね」
雀野はゆるゆると首を振り、白田と共に立ち上がり梅沢を向かい入れる。
そして梅沢に続いて、部屋に入ってきた人物に雀野は目を丸くした。
それは白田も同じだった。
「失礼します」
そう言って上座へと向かう男に、二人の視線はそれを追う。
男が懐から名刺ケースを取り出した時に、白田は我に返り上司に「名刺を」と告げた。
「愛野明です」
そう言いながら、雀野に名刺を差し出す愛野。
「いやぁぁ、美人だと聞いたからてっきり女性かと。ですが、とても綺麗でビックリしましたぁ」
「よく言われます」
男の外見を綺麗だと褒める雀野に、白田は焦るが相手は全く気にしていないどころか「企画部で一番の美人だとも言われてます」と自ら付け足す事に面食らった。
「白田仁です」
続いて差し出された名刺に、白田も慌てて相手に名刺を出し名を名乗る。
「草井が急な休業でご迷惑をお掛けします。担当を引き継ぎます愛野明です。よろしくお願いします」
白田の名刺に視線を落とし、そして真っ直ぐ白田を見る少し色素の薄い瞳。
ふわりと柔らかに笑い掛けられ、白田は思わず息を飲む。
【サラリーマンなんて何でやってるの。白田くんなら役者でもモデルでもいけたのに、勿体ない】
人から言われて嫌だった言葉なのに、目の前の綺麗な男に言ってしまいたい自分が居た。
3へ続く
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