03. 入試対策Ⅱ
《チート能力》。
異世界に飛ばされた、及び転生した主人公が手に入れる絶対の力。
他の追随を許さない力でまさしく無双し、物語をド派手に盛り上げる異世界モノの《お約束》である。
そんな力が湊にもあるのなら、先程の帽子屋の「喧嘩を売る」行為だって自分から仕掛けに行けるだろう。
「やっぱ、こんなとこまで来られるんだから、俺にもそういう資格ってのがあるんじゃないですか?」
湊の心は踊っている。
いったい自分にはどんな能力が宿るのだろうか?
「盛り上がっているところすまないが、キミには能力はないよ」
そんな湊の少年心を叩き折る、無慈悲な一言。
「は?」
信じることが出来ない湊は、ポカンとした表情で帽子屋を見る。
帽子屋の表情は変わらない。というより、仮面のせいで分からない。
「正確に言うとだね、君がどんな能力があるのかまだ《分からない》んだよね」
「わ、分からないとは?」
「この世界には当然の様に魔法という概念があるわけだけど。これは誰もが無条件に使えるって訳じゃないのさ」
帽子屋は、湊に対し教鞭を執る。
「この世界で、魔法を使うために必要なことは1つのみ。《
「《魔力の灯》?」
帽子屋は自分の胸を軽く叩く。
「《魔力の灯》は自分の中に灯るもの。魔法を使う資格があるものは、魔力を意識しながら自分の胸に手を当てる事で、体の中心から温かさの様なものを感じ取ることが出来るんだよ」
「魔力を意識、ですか?」
「そう。魔力は、現実世界にも漂っている。こっちほど濃いモノじゃないんだけどね。つまり、感じ取ろうと思えばどこでも《魔力の灯》を感じ取ることは可能なのさ。」
その言葉を聞いて、湊は胸に手を当ててみる。
が、帽子屋の言う温かさというものは全然感じ取ることが出来ない。
そもそも、魔力の意識の仕方がよくわからない。
湊が苦戦していると、その様子を眺めていた帽子屋がケラケラと笑う。
「魔力の意識の仕方に苦戦しているようだね。魔力ってのは《魔力の灯》が灯ることで自分が元々持っている魔力と、大気中に含まれる魔力の量が自然と分かるようになるんだよ。それを感覚的に理解できないってことは、キミにはまだ《魔力の灯》が灯ってないと言う決定的な証拠だ。」
帽子屋は肩をすくめる。
「《魔力の灯》が灯ってない以上、キミに魔法による強化は望めない。キミにそのポテンシャルがないからだ。」
何てことだ……。
遠路はるばる(実際に消費した時間は数秒程度だが)、この異世界にやってきたと言うのにチートの1つも使えないとは……。
湊が分かりやすく落胆していると、その様を見た帽子屋が肩を叩く。
「だがまぁ、それで諦めてくれと切り捨てるのはかわいそうだと思うので。いくつかキミの役に立つと思われる《アイテム》を用意したよ。」
「まじっすか!?」
湊は勢いよく顔を上げる。
なんだぁ、ちゃんとあるんじゃないか。チート的なヤツ!
数分ほど前のマインドが蘇り、再び湊の心がワクワクに支配される。
帽子屋は白い背広の内側に手を入れる。
「まずは、このイヤリング。そしてこの伊達メガネ。これらはそれぞれ身に着けることで自動的に翻訳してくれるアイテムだ。キミが発する言葉に関しては、多分他の奴らは自分で翻訳魔法かけるだろうし、心配することはないよ。眼鏡に関しては……、まぁそこまで使う機会なさそうだけど、一応ね」
なるほど、翻訳アイテムか。
確かにこの異国の地を生活するにあたって言語が分からないのはまずい。
これがあればとりあえずは生活に困らないだろう。
眼鏡に関しても、授業の際に必要になる。
この世界の授業が果して板書スタイルで進むのかどうか分からないが。いや、そもそも入学できるかどうかも微妙なラインではあるのだが……。
「これらがあればこの世界での生活は最低限保証できる。入学試験の時にも必要になるだろうから持っていきたまえ。あともう1つ、いやもう2つ…」
そう言うと、帽子屋は懐から更に二つの物体を取り出す。
鈍く光る金属質なフォルム。手になじみそうであるものの、日本では滅多に目にすることのない非現実的な物。
「け、拳銃じゃないですか!?」
それは拳銃だった。
剣と魔法の世界という、ファンタジーな世界において中々目に出来る代物ではない。
湊だってまさか実物を拝むことになるとは思っていなかった。
「別にこれに実弾は入ってない。拳銃から弾丸を発射するのは簡単だが、それを当てるのは難しいからね。今から訓練したとこでしょうがないってのが現実さ」
そう言いながら帽子屋は弾倉を抜く。
確かに中に実弾は入ってない。まさしく空だった。
「じゃあ、これは何のためにあるんすか?」
「言ったろ?ここは魔法の世界だって」
そう言って帽子屋はずいっと湊の方へと身を乗り出す。
「これは《魔道具》。キミが引鉄を引くことで、予め用意しておいた魔術式を展開し発動する簡易的な魔術兵装だ」
そう言って彼は湊に銃を握らせる。
「引き金に指はかけないでよ?ここで暴発されると宿に言い訳が出来ないからさ」
その言葉を受け、湊は慎重にその銃を手中に収める。
金属の冷たい感触がひしひしと伝わり、弾が入ってないと言うのに少しの重みを感じる不思議な拳銃に、湊は息を呑む。
「今キミが手にしている銃は《麻痺銃》。高圧の電流を弾丸の代わりとして発射して、対象の行動を制限するモノだ。大抵の生物に対して有効だと思うし、入学試験でも役に立つんじゃないかな~」
そして帽子屋は、湊の手元から銃を取り上げもう一つの銃を渡す。
「こちらの銃に関しては、本当に「いざ」という時のみ、引鉄を引く事」
先程までの飄々とした声色ではなく、真剣な声色で帽子屋は忠告をする。
「当然、人体に対して発射することも推奨しない。それと同じく、室内や窟内などの空間での発射も推奨しない。が、あくまで推奨しないだけ。キミ自身が死の危険にさらされているのであれば、キミの判断でその銃の引鉄を引くといい」
「そんな強力な代物なんですか?これ」
湊の質問に対して、帽子屋が答える事は無かった。
口元にあたる位置に、人差し指を当てて静かに首を横に振る。
「今はまだ内緒」とでも言いたげな雰囲気だ。
「これらは大気中に含まれる魔力を使用し術式を展開するから、キミの魔力が例え100でも0でも問題なく使用可能。ただし、《麻痺銃》の方は9回発射すると放熱する時間を設ける必要がある。と言っても、60秒ほどで使用可能になるので大して気にならないと思うけど。」
続けて帽子屋はもう1丁の銃の説明を始める。
「こちらの銃は1発のみ。そしてクールタイムは6時間。大気中の魔力を相当消費するため、同じ場所で再び発射を試みる場合、環境の再構築にも同様の時間を要する。相当の反動が来るのでしっかりと両手で構えて撃つこと。」
そう言うと帽子屋は2つの拳銃を懐にしまい込んだ。
「先程、魔力の説明でも言った通りキミが元いる世界でも魔力はある。つまりあの世界で引鉄を引けば、説明した効果を発揮してしまう。ので、この銃は試験日まで僕の手元で預からせてもらう。」
「なぜ異世界に来てまで日本の世界の事を言うんです?」
湊はふと、思った疑問を帽子屋に対してぶつけてみる。
そんな湊に対して、帽子屋は驚愕した様子で、今度は湊に対し疑問をぶつける。
「……だってキミ、まだ中学卒業してないだろ?」
その発言で、湊の頭が一気に冴えた。
この感覚こそが「冷や水をぶっかけられた」様だというのだろうか。
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