02. 入試対策

「さて、キミが入学の意志を固めてくれたと言う事で……。」


 湊が異世界への進学を決心した数分後。

 帽子屋と湊は場所を現実世界から異世界へと移り、2つ並んだベッドの上に座って話をしていた。


「まずはお礼を。ありがとう。」


 帽子屋は湊に対し、頭を下げる。


「いや、それはいいんですけど……。本当に異世界に来ちゃったんですね、俺……。」


 湊は帽子屋のお礼よりも、自分の置かれている状況に落ち着けないでいた。

 先程、窓から見下ろした街の光景は明らかに日本とは異なる。

 道はアスファルトで舗装されている道ではなく、石材を並べて作られた石畳の道だ。

 道行く人々は自動車の代わりに馬や牛が引く車を使い、中には鎧などを着込んだ人もちらほら見える。

 建物は石造りの建物が多く、人の往来が多いことからここが街の中心地に近しい場所なのかと思わせる。

 まさに、王道のファンタジー世界。これが異世界。


「ここはどんなトコなんです?やっぱり、剣と魔法の世界だったりするんですか?」

「剣と魔法の世界ってのは間違いではないね。」


 何も知らない湊に対して、帽子屋はこの世界の詳しいことを教えてくれた。


 この世界の名前は《ユーグリラ》。

 湊の元いた世界と異なり、ここでは科学の力よりも魔法の力が発達した世界である。

 この世界には、《ユーグリラ12神》という存在がいて、その12柱の神の加護によりもたらされた奇跡の力を《魔術》と呼び、人々達はその奇跡の力を授かり魔術を行使するとされている。

 そして、今湊達が滞在している場所はこのユーグリラ中央に位置する《神聖魔導国家セレナディア》。

 ユーグリラの首都にあたる大都市で、中心にはユーグリラ12神が鎮座すると言われている神殿が存在する。


「神のいる宮殿、ですか。ホントにいるんですか?」

「あぁ、いるよ。キミが学校に合格出来れば会えるかもね」


 湊が入学を目指す学校の名前は《セレナディア神聖魔導学院》。

 先程の話に出てきた、神々の神殿の敷地内にあるとされているこの世界の学園施設で最も古い歴史を持つ伝統校だ。

 神々によって見出された人材が、高等教育を受ける事が出来る上に、無事に卒業できれば必ず成功できると言われている。

 実際、この世界で名を残している人はこの学院を卒業した者が多いらしい。

 学院には生徒寮は勿論、学院食堂もあるらしくこの世界に滞在するにはうってつけの施設だ。


「魔術についての詳しい概念は君がこれから入学する学校で詳しく話してくれるだろうから、ここでの説明は割愛させてもらおう。」

「え?それが一番大事な情報じゃないですか?」


 湊の疑問に対し、帽子屋は「チッチッチ」と舌打ちを鳴らしながら人差し指を振る。


「湊クン、この学院にはね。入試方法が2つあるのさ。」

「質問の答えになってますか?それ」


呆れる湊に対し、帽子屋は自分の話を続ける。


「1つ目の入試方法は、《推薦入試》。その名の通り、推薦を受けた受験生を学院側が選抜する方法だね。これは当然、推薦されて来ているわけだから、本人の深い魔術に対する造詣が求められる。」


 更に、推薦を受け付けるのは春から夏にかけての期間であり、秋の初めには試験が終わってしまっているらしい。

 今の季節は冬らしく、確かに外を出歩いている人は防寒具らしきものを身に着けている人がちらほらいる。


「試験は座学中心、更に推薦出来る者は貴族の血族であったり、軍人の子供、商会の跡取りなど。要は《地位》や《名誉》を持つ選ばれた人たちだけが使えるシステムなんだよ。」

「なるほど、要は俺には全く関係のない話ですね。」


 最初からそんなものを期待などしていないが。

 そもそも湊はユーグリラにやってきてまだ数時間。

 ここで使われている言語も知らなければ、この世界における常識も知らない。

 そんな状態で座学の試験など受けられるはずもない。


「重要なのはここからさ。」


 ずいっと身を乗り出し、帽子屋が湊へと近づいてくる。


「この学院は、本来とても広く門戸を開いている学院だ。自身の能力と学習の意欲さえあれば誰だって入ることが出来る。」

「一般入試ってことですか?」


 湊の質問に、帽子屋は首を縦に振る。


「しかも、喜びたまえ湊クン。一般入試に座学はない!!」

「え?それでどうやって学力を測るんですか?」


 湊の疑問に対し、帽子屋は再び「チッチッチ」と舌打ちを鳴らしながら人差し指を振る。

 湊はその動作に少しイラッとしたのだが、あえて口には出さなかった。


「学力を測る必要はないのさ。そういうことは既に推薦組が解決してくれているからね。一般入試に求められているモノはもっと純粋な《力》なんだよ。」


 湊は首をかしげる。


「どういうことですか?まさか、入試を受ける生徒全員で殺し合いでもするんですか?」

「おっ!!鋭いねぇ、半分正解だよ」


 いやいやいや。

 湊は普通に冗談を言ったつもりだったのだが、どうやらこの冗談の内容に近しいことをやらされるらしい。


「別に本当に殺し合え、という訳ではないよ。ただ、試験時間が終わるまで立っていることが合格条件さ。」


 曰く、試験会場は自然のフィールドであり、そこに受験生を全員放り出し、あとはそこで戦っていてくれというものらしい。


 む、無茶苦茶だ……。

 湊は思わず頭を抱えてしまった。

 神様の運営する学院だからか知らないが、スケールと内容が普通じゃない。これならケガしないで済む座学の方がよっぽどマシだろう。


「この試験、実は魔力が弱くても合格できる方法があるんだよ。」

「え、そうなんですか!?」


 湊は魔術を理解していない。そもそも自分が魔術を扱えるのかどうかさえも分からない。

 そんな自分でも入学できる方法があるのであればそれに縋るしか方法はない。


「あぁ、そうさ。その方法はズバリ……。」

「ズバリ……?」


 無駄な緊張感が流れる。

 部屋を照らすランタンの炎が、より大きく揺らめいた時。帽子屋が口を開いた。


「《ガン逃げ》さ。」


 湊はその場にずっこけそうになるのを必死抑えた。

 ついでに、帽子屋の事を思いっきりぶん殴りたくなった衝動も必死に抑えた。


「試験方法が生き残りを賭けて戦うやり方なら、攻撃方法が多彩なヤツが当然有利。それが出来ないヤツが生き残るにはどうする?《ガン逃げ》さ。」

「まぁ、そう言われれば……。」

「そもそも、試験時間まで残っていれば合格って条件で無駄に喧嘩売る必要もないでしょ?試験はじめ!って言われた時点で受験者が棒立ちで終了まで仲良くしてれば全員受かるんだよ?」


 まさしくその通り。

 攻撃魔法を使わない場合失格、そんな条件でもない限り無駄な戦いをするのはむしろ馬鹿な行為とも思えるが。


「受験者が喧嘩を仕掛けるのは、生き残った上で魔法の使い方や立ち回りの上手さで最初の組分けで色を付けてもらえるのさ。入学できたときに有利になれる。だからとんでもない《バケモノ》でもいない限り喧嘩は売り得ってことなのさ。」

「なるほど、要はアピールのための戦いってことですか。」

「そう言う事だね。ただ、私達の目的はあくまで学院に入学すること。上を目指したいなら入学した後からでも出来るからね。」

「じゃあ、俺のやることは1つってことですね。」


 湊に残された選択肢は1つだ。

 《ガン逃げ》。それしかない。

 湊の目的はこの世界の生活拠点を見つける事、そして母親の秘密を探ることだ。

 ここで無理をする意味がない。


 だが、ここで湊に1つある考えがよぎる。


「……そういえば、こういう異世界に行くやつって……《お約束》がありませんか?」


 異世界に転生する作品。異世界に転移する作品。

 それらに付随する、物語を盛り上げる《お約束》。

 仮面で表情は分からないが、その一言を聞いて、帽子屋は微かに笑った気がした。


「もしかして、《チート能力》的なこと?」


 思った通りの答えに、湊もニヤリと笑ってしまった。

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