1. 進路希望調査

「……異世界、ですか?」


 あの素っ頓狂な問答から数10分、湊は自宅に帰宅していた。

 当然、あの仮面の不審者も一緒だ。普段はこんなことは絶対にしないのだが、湊にはどうしても確かめたいことがあったから。

 夕食の時間、湊は自分の分の献立を口に運びながら、探り探り仮面の男に話しかける。


「その……、異世界と俺の母に一体何の関係が?」

「それは今言う事は出来ない」


 仮面の下にストローを通し、仮面を外さず飲み物を飲む不審者。

 一応、客人としてもてなすわけなので、夕飯でもご馳走しようかと思っていたがやんわりと断られた。

 それほどまでに仮面を外したくない事情でもあるのだろうか? 仮面の下は人には見せられない程醜い面をしているのか、それとも見せたくない傷跡でも残っているのだろうか。


「ところで、私の名を名乗ってなかったね」

「あ、はい」


 そんな失礼な事を考えていたら、彼の方から話しかけてきた。

 自分のフルネームとネックレスの事を言い当てられ、すっかり名前のことなどどうでも良くなっていたのだが、名前も知らない人間を家に易々と上げるとは…。

 もしかして、自分はとんでもなく危ない橋を渡っているのでは?


「まぁ、大層な名前を持っているわけではないんだけどね。そうだなぁ……。うん、じゃあキミはこれから、私の事は《帽子屋マッドハッター》とでも呼んでくれたまえ!」

「は、はぁ……?」


 呼んでくれたまえって、言われても。

 本名すら教えてくれないとは、ますます怪しい。


「えぇと……帽子屋さん、でしたっけ? 急に異世界に行こうなどと言われましても……」

「まぁ、キミの言いたいことはもっともだ。」


帽子屋は気にせず茶を啜る。

そんな様子を見て、湊も話を続ける。


「母の事を知りたいのは確かです。ですが、貴方の話から、貴方が母の事を知っていると言う確信的な情報を引き出せません」

「ほ~う、こんなに簡単に人を家に上げるくせに、以外に慎重派なんだね?」


 すごくムカついた。

 が、この目の前の不審者の言う通り。母親の情報と聞いてホイホイと家に上げてしまったのは自分だ。

 その点を突かれるとものすごく痛いので、あえて聞かなかったことにして話を続ける。


「その上、母は異世界と関係ある? 馬鹿な事を言わないでください。ここは現実です。ゲームやアニメの世界とは違うんですよ。」

「………。」


 黙り込んでしまった。

 結局、この人も母親の事なんて知らないのだ。15年生きてきて、誰も知らなかった人間の事を、何故こんな不審者が知っているんだと思い込んでしまったのだろう。

 湊は、形見のネックレスを言い当てられ、少し舞い上がっていた自分の事を恥じた。

 ここはお引き取り願おう。そう思った瞬間だった。


「ならば、私が異世界は存在するのだと言う証拠を見せれば。キミの考えも変わるのかい?」


 中々引き下がらないな、コイツ。

 それに、異世界が存在する証拠だって? あってたまるかそんなもの。

 異世界モノというものは、フィクションの世界の話だろうに。


「……はぁ。なら見せてくださいよ。その証拠ってヤツを」


 湊が投げやりに言う。もう諦めの境地に至っている彼は、とっとと帽子屋に出て行ってほしかった。

 好きなようにやらして満足するのだったら、もう勝手にやってくれ。どうせ無理なのだから。

 そんな湊の感情を知らずに、帽子屋は背広の内ポケットから、1枚の金属の板を取り出した。


「この家、どこかに鍵付きの扉はあるかい?」

「それなら、俺の部屋が一応鍵付きですけど……。あの、鍵壊さないでくださいよ?」


 帽子屋は軽快に笑いながら2階にある湊の部屋へと向かう。

 本当に壊さないで欲しいのだが、果して分かっているのだろうか?

 一抹の不安を覚えながら彼は帽子屋の後ろをついて行く。

 

「さて、ここがキミの部屋かな?」


 こちらの返事も待たずにガチャリと部屋の戸を開ける。

 窓際にベッドがあり、本棚の中にはマンガや教科書が数冊並んでいる。空いているスペースには今流行りのゲーム機のソフトが数本。

 壁際には大きな勉強机にディスプレイが置いてあり、机の横のデスクトップのPCに繋がっている。

 数着の部屋着や、普段着が乱雑にベッドの上に放り投げられている、いつも通りの部屋の光景。

 

「こういう時、普通開ける前に許可取りませんか?」


 別にみられて困るようなモノを部屋に置いているワケでもないのだが、最低限のマナーじゃないか?

 

「ハハハ、ごめんごめん。」


 帽子屋はケラケラ笑いながら戸を閉める。

 本当に申し訳ないと思ってないのが丸わかりだ。

 湊はますます彼の事を信用できなくなっていた。


「さて、この部屋の光景も記憶出来た事だし……。そろそろ本題に入ろうか。」


 そして帽子屋は、先程湊に見せた金属の板を鍵穴に差し込む。


「ちょ、ちょっと!?」


 鍵を壊すなって言ったばっかりなのに!!

 鍵穴に適していない異物を挿入すれば、当然の事だが故障の要因になる。

 湊は慌てて帽子屋の行為を止めようと動き出すが、帽子屋はおそらく口の位置に当たる所に人差し指を立てて、「静かに」とジェスチャーをする。


 ガチャリ。


 適していない筈の金属板が音を立てて、湊の部屋の鍵の機構を動かす。

 湊が面喰って驚いていると、そのまま鍵穴に刺さった金属板を1回転させる。


 再び、ガチャリ。


「さ、開けてみて。これが異世界の動かぬ証拠さ。」


 そう言って、帽子屋は扉から離れる。

 湊はゴクリと息を呑み、一呼吸おいて、自分の部屋へとつながるドアノブを捻った。


「………マジか………。」


 湊の目の前には、先程とは打って変わった部屋の光景が広がっていた。

 木造の大部屋で、ベッドが2つ。ベッドの間にはキャビネットが置いてあり、その上に位置する壁に窓がついている。

 部屋の光源は、湊の部屋のように天井に着いている電球では無く、部屋の四隅に付けられたランタンの淡い炎。

 木目の床、木目の柱、白い壁。

 例えるのであれば、まるでRPGの宿屋だ。


「まるでゲームの部屋みたいだろ?」


 唖然とする湊に、帽子屋が話しかける。


「今、本来そこにあるキミの部屋と、別の次元にある私の部屋を繋げているのさ。」


 そう言って、帽子屋は鍵穴に刺さっていた金属板を抜き取り、湊の部屋の扉を閉める。

 完全に閉めた後、今度は鍵穴に何も刺さず扉を開く。

 扉の先は、ついさっき見た湊の部屋に戻っていた。


「これが世界と世界を繋ぐ装置、向こうでは《マスターキー》と呼ばれているよ。」


 金属板をひらひらと揺らし、再び帽子屋は湊に問いかける。


「さて、これで異世界の事を信じられるかどうかは別として……。私が特別な力の持ち主だってことは証明できたと思うけど。」


 確かに、帽子屋の言っていることは間違いじゃない。

 彼は鍵穴があれば、どこからでも自由に別の場所へ飛ぶことが出来る。それは間違いのない事実だ。


「キミの母親は異世界に関係がある。どう関係があるか。それは、今は言えないが、それを君の目で確かめて欲しいんだよ。」

「………どうして、どうしてそこまで俺と俺の母の事に拘っているんですか?」


 湊の疑問に、帽子屋は押し黙る。

 やがて、空を仰ぎ見て、


「………それが、私とあの御方の悲願だからだ。」


 一言そうつぶやいた。

 湊は、その一言に何故か心が強く惹かれた。

 どうせ、高校に進学してやりたいことなんて何もない。あるのは漠然とした不安と焦りだけだ。

 クラスメイトも進学すれば離れ離れ、親しい人物は誰もいない。

 なら、ここで異世界に転移するのも大して変わらないのかも知れない。

 そして、何よりも―――――。


「鍵、貸してください。」


 15年目にして唐突に現われたチャンスを目にして、逃がしてしまうのは勿体ない。

 目の前の異常性を確認した今、それでも湊の気持ちは固まっていた。

 父さん、やっぱボク、異世界の学校に進学します。

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