第5話 逆鱗
――一度でいい。許可を。
ルクスの言葉は、それだけでヘキサを我に返らせた。
オウルであれば生きていることさえ難しい惨状に絶望していたヘキサ。
だが、思い返さずともルクスの正体は竜である。
それも原盤の竜という規格外の存在だ。
オウルにとっては脅威となるメイドや石柱も、ルクスの相手ではない。
では何故こんな身体になるまで彼が甘んじて的になっているのか。
簡単だ。ヘキサがそう約束させてしまったから――。
「どうぞ、ご自由に!」
安堵と後悔と。
ごちゃ混ぜの感情に任せて叫んだ声は、メイドの放った槍の風を切る音に負けはしたもののルクスには届いたらしい。いつの間にかメイドの傍へ移動した、服こそボロボロの、ひしゃげた身体から元の形を取り戻したルクスの無事な姿に、ヘキサは大きく息をついた。
だが、そのままルクスがメイドを討つ瞬間を見ることはなかった。
丁度そのタイミングで、先に逃がしたはずのクレオが勢いよく広間に転がり込んできたのだ。それも、気を失った状態で。
クレオさん!?――とヘキサが呼びかける前に、緑の鱗肌を持つ爬虫類頭が現われ、倒れ伏したクレオに毒づく。
「ったく。警邏どももいるってのにチョロチョロしやがって。お前らもガキに逃げられてんじゃ――な、なんだ!?」
話を聞く限り、あの男たちの仲間なのだろう。
男は変わり果てた広間の光景によろけると、手に触れた何かを咄嗟に掴んで引き抜いた。それは、荒れ狂う石柱により落ちた配管の一本。
「なんなんだよ、これはっ!!」
余程混乱しているのか、男は自分を見ているヘキサには目もくれず、意識のないクレオへ問うと「答えろっ!」と配管を振り下ろした。脈絡のないその動きにヘキサができたことと言えば、自分の身体に簡易の防御結界を張り、クレオの代わりにその一撃を受けることくらい。
「っ!」
クレオを覆い隠すように庇ったまでは良かったが、咄嗟にかけた結界ではやはり効果が弱く、切られたような痛みが額に走る。
「なんだてめぇ!!」
突然視界に現れただろう
もう一度殴られることを覚悟し、無駄と知りつつも同じ結界を張り、万が一にも当たらぬようクレオを引き寄せては顔を伏せ、襲いくる痛みに備える。
――しかし、何も起こらない。
恐る恐る顔を上げたヘキサは、男の姿を確認しようと目を開けるが、
「いっ……!」
何かが目に入る感触に、片目を閉じたまま流れる液体へ指を這わせた。赤い色と痛みが走った場所から額が切れたと理解するが、それはさておき元凶の男がいない。
ヘキサは腕の中のクレオへ応急処置代わりの治癒魔法をかける傍ら、改めてその姿を探すため身を起こし――背筋を凍らせた。
広間の奥に、こちらへ背を向ける竜頭の男が一人。そしてその先には、ヘキサとクレオを殴った鱗肌の男と、その下敷きになった男が二人。
考えるまでもなく、ヘキサを殴ろうとした男が投げ飛ばされ、二人はその巻き添えを食らったと分かる構図だが、竜頭――ルクスのあの姿と様子は尋常ではない。
魔法の膜を通して視えていたものが、何故、今見えているのか。
浮かぶ疑問。だが、答えを探している暇はなかった。
窓からの陽光とシャンデリアの灯りでも十分明るかった広間。それに加え、一部が崩れた天井からは午後の日差しが直接落ちている。
だというのに、増して光り輝く、ルクスの前方。
――遥か昔、オウルの国を幾つも滅ぼしたと伝え聞く、邪竜の火焔。
ソレの正体に気づいた時、ヘキサは疑問を捨てた。
(ルクスさんを止めなければ!)
クレオを抱く腕は変わらず治癒魔法を引っ込めては、有効な手段を探して視線を忙しなく動かす。
いくらルクスが伝説の邪竜でも、あのサイズで放たれる焔にクロエルを破壊するほどの威力はないはずだ。
だが、対象があの男たちだけならば間違いなく、何一つ残さず蒸発する。男たちの行いは許されるものではないが、ルクスに殺させるわけにはいかなかった。
(防御魔法は無駄。張ったところで何の効果もない。障害物を召喚したところで同じこと。拘束も、あの石柱がどんなに形を変えてもダメなら無意味)
めまぐるしく浮かぶ方法は全て潰れていく。
(残るは)
迷いはあるが、時間がない。
空けた右手の平を上に向け、念じれば起こる風。
(弱い。ですが、風の精のあの反応なら、あるいは……)
極度にルクスを警戒していた風の精を思い出し、一度拳を握りしめる。
荒ぶ風の感触を手の内に軽く息を吐く。
今この一時。ヘキサが対峙しなければいけない相手を浮かべた。
其れは巨大なモノ。
其れは恐ろしいモノ。
其れは決して敵わないモノ。
だが――永劫を経ようとも許しがたい怨敵。
「!」
急に入り込んできた力に開きかけた手を押し留め、これを逃さぬよう拳を地へつけた。と同時に、遠い邪竜の足元に植物の蔓が巻きつき、横顔だけが向けられる。
瞬間的に襲う戦慄は邪竜に睨まれたと感じたからか。
怯えを排し、萎縮する心を無理矢理奮起させる。
そんなモノに囚われてどうすると己を叱咤し、其れを凝視する。
蓄えられた火焔が男たちに戻る、その前に。
「
拳を手刀へ変え、上に向けて払う。そのまま放てば荒れ狂うだけの風は、道筋を得て刃となり、空を切る音を置き去りに標的を屠らんと一直線に走った。
――ルクスへと。
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