第6話 嘆きに笑む
ヘキサが放った無数の風の刃は、直撃した身体を傾がせた。
追って起こる音は空間を揺らすほど激しい。
これに心底驚いたのは、誰あろうヘキサ自身だった。
ルクスを――竜を止める。
そのために選んだ攻撃という手段は、しかし、オウルの力だけではたかが知れている。最悪、荒事への迷いを捨てて放ったところで、気づかれない可能性すらあった。
このため、飽き性の風の精が今もルクスを警戒していた様子から――風の精から頑なに友と呼ばれる自分のことは棚に上げ――この地には邪竜の伝説以外にもルクスと因縁があるのではと推測したヘキサ。ルクス相手では足りない力を補うため、邪竜への怨嗟を募り、己にも斯くあるよう一種の暗示をかけたのだが、想像以上の威力に瞠目する。
(ここまで恨みが残っているなんて……。ルクスさん、この地で何を?)
呆然とした面持ちでルクスを見るヘキサ。
よろけはしたものの想定通り、傷らしい傷を負った様子のない竜頭は、こちらへ首をもたげてくる。その口に蓄えていた焔はない。
どうやら最悪は避けられた――目にした事実に一先ず安堵した、矢先。
血で閉ざした瞼により狭くなっていた視界が、更に陰った。
「……どういうつもりか、お聞きしても?」
地の底から這い出るような低い問いかけ。
オウル姿の時よりも大きく太い六指の手に頭を掴まれたヘキサは、クレオを抱いて座る姿勢のまま、顔だけを上向けた。
沈む緑灰色の鱗肌の先で、緑差す八つの金眼がヘキサを映す。
「何故、私に魔法を…………敵意を、向けられたのか」
声音は静かに、けれど苦いモノを飲み下したように干からびている。
(厳密に言えばあれは魔法ではないのですが。……そういう話ではありませんよね)
一歩間違えれば頭がもがれるか、消し飛ぶか、そんな場面。
ヘキサもそれは分かっているのだが、どうしてもルクスを前にして、恐れることも怯えることもできずにいた。縦に伸びる細い瞳孔が冷たくヘキサを見下ろす一方で、鮮烈な金の瞳が動揺に傷つき震えて見えるせいかもしれない。
「お、おい、今の内に!」
限られた視野の外でそんな声が遠くに聞こえた。慌ただしい男たちの動きは見えずとも十分追えたため、完全に広間から失せたならほっと息をつく。
「そんなにも……アレらを助けたかったのですか?」
手の中でつかれたソレが気に障ったらしい。
ヘキサを掴む手に力が込められ、ルクスの気配が一層重く冷えたものになる。
「……なるほど。今ならアレの気持ちも分かる気がします。あんな者たちが守られるのは確かに癪だ。それが……貴方の手によるものなら、なおのこと」
アレとはメイドのことか。
そういえばルクスにばかり気を取られて、彼女がどうなったのかヘキサは知らない。彼がここにいるということは――。
「彼女は、どうなりましたか?」
湧いた疑問のままに尋ねたなら、竜の眉間に皺が刻まれた。
「……そこにいますよ。動力は通じているので壊れてはいないはずです」
「そうですか。それは良かった」
これにもほっと息をつけば、増していく剣呑。
「貴方という人は……アレが私に何をしたか、もうお忘れか。それとも――」
色の鮮やかさとは裏腹に、昏く沈んだ瞳が八つ、ただヘキサだけを映している。
「邪竜ならば問題ないと、恨まれて当然だとお思いか?」
「…………」
「いや、恨まれるのは当然か。私は貴方の種族を好んで屠った邪竜。いくら時を経ようとも、殺戮の事実が消え失せるはずもない。私がどれだけオウルに親しんだところで貴方には関係のない話だったな」
自嘲したルクスは大きなため息をついた。
尋ねるようでいて、ヘキサの返事を待たない独白。
これを見上げるヘキサは正直戸惑っていた。
竜を止めるためには生半な力では駄目だと、真実、殺すつもりでルクスへ放った一撃。だがそれは、どう足掻いてもどれだけ手を尽くしても、自分にはルクスに傷一つつけられないと分かった上でのこと。実際、同族であれば確実に仕留められた一撃は、彼の身体に一切痕を残していない。もっと言えば、あれだけ叩き込まれた石柱さえも服をボロボロにした程度。それすら魔法でどうとでもなると知っているなら、無傷の内でしかない。
それなのにルクスは――この邪竜は、深く傷ついているのだ。
ヘキサが自分に敵意を向けた、ただそれだけのことで――……。
(それだけ……ルクスさんは私を評価していた、ということでしょうか)
ことあるごとに感謝され、恩人とまで言われていたヘキサ。
しかしヘキサはこれを社交辞令として受け取っていた。
計り知れない力を持つ竜ゆえの、大味な表現だと。
まさか本当に、言葉通りの立ち位置にいたとは夢にも思っていなかった。
(ああ、まずい。そんな場面ではないのに)
気づいてしまったせいで、顔が変に歪んでしまう。
せめてルクスには気取られないようにしなければ。
とはいえ、ヘキサの顔の半分以上は彼の手に隠されている。
簡単にバレはしないだろう、そう高を括ったのがまずかったのか。
「……何が、おかしい?」
ヘキサを掴む手の高さは変わらず、ぐっと近づく竜の顔。
今にも焔を携えそうなソレを前にして、ヘキサは緊張から固まらせてしまう。
――ルクスの信頼を得ていた実感で、すっかりニヤけてしまった自分の顔を。
お陰で竜の脅しに恐れを為してもルクスには全く伝わらない状況下、ヘキサはこのヘラヘラ笑いで言わなければならなかった。裏切りに傷つき、一つ間違えれば自分を殺しかねない竜を前にして、何故男たちを助け、メイドの身を案じたのか。
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