第4話 古の業
「がっ!」
打ち付けられた衝撃で血と呻きとがルクスの口を出ていく。
「ルクスさん!」
ヘキサが悲鳴に近い声で呼ぶのを耳にしたなら、これに反応する間もなく、ようやく当たったことを喜ぶ石柱が二、三度、追加で打ち据えてきた。その都度上がるヘキサの声は悲哀に満ちており、ルクスは無意識に歯を食いしばる。
(とにかく、ヘキサ殿をここから、この光景から遠ざけねば)
「ヘキサ殿……私に構わず、彼を――ぐっ」
もつれそうな舌で呼びかければ、ヘキサとの交流を許さない石柱が真正面から容赦なく顔面を叩きつける。だが、幸いにもルクスの声は潰れる前に届いたようで、我に返ったヘキサがクレオを伴って再び出口へ向かう動きが感じ取れた。
(よし。ひとまずはこれでいい)
そう安堵すれば、メイドの悦に入った声が広場に響く。
「ふふふ、ご覧なさい? あの方もようやく目が覚められたようです。あなたのような者の傍にいることが、いかにご自分の為にならないか。お分かりになられたから、あのようにここを出られて――あら?」
(この不良品め! 余計なことを!)
頭が壁にめり込んだ状態では直接見ることは叶わないが、メイドの反応がなくとも察知できるヘキサの様子にルクスはギリッと歯を鳴らした。
クレオを大広間から警邏の待つ外へ向かわせ、一人戻ってきたその姿は動揺と不安に満ちていることだろう。
当然だ。
だからこそメイドはわざとらしくルクスに声を掛けたのだ。メイドが思い描く「あの方」ならば、あの言い回しを聞いて見捨てるような真似はしない、出来ないと理解して――自分が
冗談ではない。
手に取るように分かるメイドの考えに反吐が出る。
せめて腕の一本でも振ってやれば。そう思って動こうとするも、これを遮る一振りがルクスの全身を叩きつけた。
「かはっ……!」
「もうやめてください! ルクスさんを解放してください!」
「お可哀想に。お待ちくださいませ、今、目を覚まして差し上げますから!」
ヘキサが制止を叫べば叫ぶほど、メイドが繰り出す石柱の威力は増していく。
為す術なく打たれる一方のルクスからは、その都度呻きが上がり、皮膚が裂け、血が飛び、骨が折れる――――
外見上は。
その実、ルクスは見た目ほど傷らしい傷を負っていない。
ヘキサやメイドが見ている「損傷の激しい老人」は、オウルと暮らす上でルクスが造り上げた、オウルに限りなく近い性質を持たせた擬態であり、ただの反応だ。殴られたから歯が折れる、鼻血が出る、白目をむく、そういう「オウルの身に起こったらどうなるか」を投影した姿に過ぎない。
ゆえに、ルクスの思考は殴られながらも常に平時のまま保たれている。
……いや、実際には、かなり苛立ちを募らせていた。
勝手ばかり言うメイドに対してはもちろん、自分自身に対しても。
ヘキサに相応しくない――そんなことはルクス自身が一番承知している。
自分と行動を共にしなければ、彼女はこんなモノを見なくて済んだのだ。
ヘキサを己の理想と重ね合わせながら、その意思を弄ぶメイドが腹立たしい。と同時に、巻き込んだことを申し訳なく思う一方で、泣き叫ぶヘキサの声に仄暗い悦びを見出している自分が忌まわしい。心配されていることを喜んでいるのか、それとも――契約が不安定なせいで、オウルの悲痛な叫びに悦んでいるのか。
どちらにせよ悪趣味極まりない。
(……そろそろ、終わりにしよう)
殴られ続けている内に、一つ、妙案が浮かんでいた。
それはヘキサにも語った、破壊以外で機械に対して唯一ルクスが取れる有効策。
あれだけ壊れているのなら、もう少し壊れたとしても大差ないだろう。
ならば、あとは許可を得るだけ。
「ぇっキサ、殿……」
「まだ喋れるのですね。しぶといこと」
せせら笑うメイドの声が聞こえたが邪魔をする気はないらしい。
最期の会話くらいは許そうという勝ちを確信した者の驕りか。
「る、ルクスさん……!」
近寄りそうな動きを感じては、折れた腕を振って留める。老人の深刻な状態に止まった足が怯えを伴えば、場違いな嗤いに震えそうな喉を律し、こっそり元の状態に戻した口内でゆっくり告げた。
「一度でいい。許可を」
「!」
「何のお話でしょうか? 気味の悪い……」
ヘキサは察してくれたようだが、それがメイドの癪に障ったらしい。
「ぐっ」
一時的に止めていた石柱でルクスの身体を壁に縫いつけては、床から槍を呼び寄せ、これを軽々片手で持ち上げた。
「もういいでしょういいですよねいいに決まっています。本当に……わたくしは愚かです。こんな者に今わの際の言葉を許すなんて。ごめんあそばせ。すぐにでも、楽にして差し上げます!」
メイドが言葉終わりをかけ声に細く鋭い槍を放つ、直前。
「どうぞ、ご自由に!」
劣る声量でヘキサが叫ぶ。
続け様、槍がルクスごと壁を貫く音が轟き、壁の破片が床まで転げ落ちる。
――だが。
「いない……? あんな身体でどこに行けると――」
「ここにいますよ」
「!!?」
知らせはしたが、メイドがこちらを捉えられたのかルクスには分からない。
ただ、オウルで言えば耳に位置する薄青の金属部分目がけ、全くの死角であろう下方から放った手刀がメイドの意識を奪い、それでいて破損させた様子もないことに「ふぅ」と息が漏れた。
「不具合の多い機械は叩くに限る」
もしかしたらいつかの機械のように、後で完全な機能不全に陥るかもしれないが、それはそれ。とりあえず、面倒が片付いたのだから良しとしよう。
と、そんな耳に届く音。
何の気なしにルクスが目を向ければ、メイドが意識を失ったことで解放を得た男たちが、相変わらず昏倒したままの男を連れて行こうとしている姿にかち合う。
しかし。
「や、ヤバい、逃げるぞ!」
ルクスと目の合った一人が手を離したなら、もう一人もあっさり仲間を見捨てて広間の奥へ走り出した。どうやら向こう側にも出入り口があるらしい。
「やれやれ」
襲ってくださいと言わんばかりの背中だが、ルクスにとっては興味の欠片もない相手。追うのも馬鹿らしいと目を逸らし、続いて向いた先にはもちろん――
「!!」
鮮血が、散る。
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