第3話 妄執の評価
ヘキサと約束した以上、生き物であれモノであれ壊さぬよう努めていたルクス。
とはいえメイド自身が屋敷を破壊するのを止めはしなかったのだから、その石柱がうっかり男にトドメを差しても本音としては一向に構わない。
それが庇う真似をした理由はただ一つ。
嫌なのだ。
こんな者たちの死がヘキサの記憶に残ってしまうことが。
オウルの命を軽視していた契約初期、同じような類いの一味を血筋を守る名目で灰塵に帰したことがあった。ルクスとしてはそれでおしまい、という認識だったのだが、これにより血筋とその縁者は住み慣れた村を追われ、結果、血筋は死ぬまで自らの血を呪い続け、ルクスを恐れ続けることになってしまった。
当時のオウルたちの気持ちは今もってルクスには分からない。ただ、彼らにとって死は段階を経るものであって、唐突に奪われるものではないということは理解した。もしもそれが破られ、その死に自身が関わっていると少しでも感じてしまったなら、正常であればあるほど記憶に強く残り、引きずってしまう……。
だからこそルクスは男の死を防いだのだが、メイドはこれを嗤った。
嗤って――隆起させていた床の全てを元に戻す。
これにより顎を砕かれた男と同じく倒れたままの二人の男、ヘキサたちの姿までもが見通せるようになったなら、艶めかしい吐息がメイドから零れた。
「一介のメイドといたしましては、主やお客様の目に届かぬよう掃除を終えるべきではございますが……。ここまで面白い見世物、逆にお見せしない方が失礼に当たるのではないかと思いまして」
ふわりとした笑みを浮かべ、メイドがヘキサたちの方を向く。
咄嗟に間へ入ろうとしたルクスだが、倒れた二人に石柱が落とされたなら、そちらへ向かわないわけにはいかない。
もちろん、メイドの一挙手一投足には神経を尖らせつつ。
これを知ってか知らずか、ルクスを翻弄するように男たちへ交互に攻撃を仕掛ける一方、ヘキサへ近寄るでもなく微笑みかけるメイドは、慌ただしく動き回るこちらを優雅に示して言う。
「ご覧くださいませ。あの通り、彼の者は暴漢どもを守るのに必死です。とてもではありませんが、あなたのお傍に置いておくには相応しくございません。早急に縁をお切りになられた方が御身のためです」
「え、あの……?」
メイドを警戒してか、クレオを背後に隠したヘキサは、恭しく頭を下げられて困惑しているようだ。
ただ、ルクスはここでようやく理解した。
メイドがルクスに相応しくないと言っていた「あの方」が、ヘキサを差していることに。思い返せば最初から、ヘキサに対するメイドの態度は他と違っていた。写真で見た限りヘキサとメイドの主に共通点は見当たらなかったが、狂ったメイドには何か感じ入るものがあったのだろう。
――それはさておき。
(……ほほう? つまり、ヘキサ殿に私が相応しくない、と)
最初に言われた時にはハテナばかりが浮かんだ頭。
そこが熱みを帯びていく感覚は、ルクスにとって久しぶりのことだった。
「散らばっているから面倒なのだな……」
ぼそりと低く呟き、男たちを一所に投げ集める。
これでわざわざ行ったり来たりを繰り返す必要はない、そう思っていれば、顎を砕かれた男はそのままに、比較的外傷の少ない二人が投げられた衝撃で目を覚ました。
「な、なにが」
「俺は、確か……」
「チッ」
(気を失っていれば良いものを。足でも潰してやろうか)
逃げ惑う前兆のうろたえを耳にし、舌打ちするルクスの眼が剣呑な光を宿す。
だが、暴力的な想像はすぐに実行する機会を失した。
男たち三人を囲うように伸びた石柱がそのまま檻を造りあげたのだ。逃げそびれた二人は、石柱の檻の中で自分たちの身に起こったことを思い出して騒ぐが、ルクスの意識はすでに別へ移っていた。
「どうやらお分かりいただけないご様子。仕方ありません。僭越ながらわたくしがお手伝いして差し上げましょう。彼の者との縁切りを」
ヘキサへそう告げたメイドはルクスに向き直ると、冷めた目で言う。
「いい加減、終わりにしましょうか。ソレらの命と引き換えに」
「ひっ!?」
「な、なんだ!?」
メイドの言葉を合図に二人の男から悲鳴が上がった。
目を向けずともルクスには分かる、彼ら三人の首にかけられた細い石柱。
自分で追い詰めたくせに喚く声が気に入らなかったのか、メイドがため息をつけば檻の隙間が覆われ、無骨な箱が出来上がる。
「認めるのはとても不快ですが、あなたはわたくしよりも遥かにお強い。ですから、あなた方が好みそうな方法で対抗させていただきましょう」
どこまでもルクスを男たちと同類にしたいらしい。メイドは「わたくしは好まないのですが」と断りを入れてから、そうとは思えないほど恍惚の顔で嗤った。
「この者たちの命が惜しければ……抵抗、しないでくださいね?」
言葉の終わりを待たず、ルクスの身体が壁に叩きつけられた。
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