第2話 不壊の誓い

(あの方……? その言い回しならばコレ自身の制作者を差すはず。私と何の関係が? ハーミットという種族名すら先ほど知ったばかりなのに)

 どれだけ考えてもハテナしか浮かばない。しかも、そんな訳の分からない理由で敵意を向けられていたと知ったなら、なおさら理解できるはずがなかった。

 だがメイドは、そんなルクスの様子を正しく受け取ってはくれなかったらしい。

「なんておぞましい。なんて厚かましいのでしょう。あの男たちと同じことをしたと言ったくせに、あの方に相応しいと思っているとは」

「いえ、私は……いや、それ以前にあの男たちと同じことをしたとは一度も」

「恥を知りなさい!」

 噛み合わない会話を正すことも許さず、一方的にメイド側から石柱が伸びた。

「何が何やら……」

 困惑するばかりのルクスはこれまでと同様に石柱を躱すが、メイドは諦めることなく、新たな石柱を形成しては四方八方からの強襲を繰り返す。

(キリがありませんね。機械なら動力源を抑え込めば止められる、というのは一応知識としてありますが、アレ自身とこの屋敷が魔力を帯びている以上、動力源が枯渇することはないでしょう。この周辺の魔力の動きから視て、竜と同じ仕組みで魔力を循環させているようですし……さて、どうしたものか)

 ――竜の身体から放出された力は、巡り巡って竜の身体へ還る。

 竜が自然に行っていることを、本来その仕組みを持たない者へ付与する技術力は賞賛に値するが、現状、厄介なことこの上ない。

(ただ壊すだけなら悩む必要もないのですがねえ)

 いくら仕組みが似ていようとも、屋敷含めたメイドを力で打ち砕くのは容易い。

 だが、それではヘキサとの約束を守れない。何より大人げない――大昔、一時の安寧のため国をいくつも滅ぼした竜は、そんなことを本気で思っていた。

「いい加減、当たったらどうです!?」

 のんびり考えを巡らせつつ、風に揺れる木の葉のようにひらひらと猛攻をかわしていれば、メイドから上がる悲鳴のような怒号。併せて過ぎる石柱から両刃のついた鞭が伸びるが、加減に加減を重ねて叩き落とし、蹴り落とす。

(いやはや、当たったところで何の解決にもならないでしょうし、延々付き合わされるのも御免です。こちらにもこちらの都合があるわけで)

 どれだけ攻勢が増そうとも片手間で避けるルクスは、この状況を終わらせる方法だけを考える。

(……そう言えば、魔力はアレと屋敷双方に供給されていますが、意思決定はアレにしか具わっていないようですね。……ふむ)

 石柱の合間から薄く覗くメイドを視る。

(……視えない。ということは、アレと屋敷間のやりとりは魔力を介したものではなく、機械によるもの。雷でも散らしてみますかね。いやしかし、場合によっては致命的に壊れてしまう可能性も)

 思い起こすのは、数十代前の血筋のこと。

 電化製品一式を揃えた家庭持ちの彼は、節約のためにルクスへ電気を所望し、結果、財産のほとんどをゴミへと変えてしまった。ルクスは元より、彼自身が機械や電気に詳しくなかったために起こった悲劇である。その後、彼はルクスと共に家族から総スカンを食らい、なんとか資金を調達することで関係を修復させたものだが、ゴミと化した電化製品が元に戻ることは終ぞなかった。

(駄目ですね。どう加減しても雷では黒焦げにする未来しか想像できません)

 ルクスは早々に浮かんだ案を取り消した。

 と、その視野が二つの像を捉える。

 隆起した壁向こうで、ヘキサがクレオを伴い、出口へ向かおうとしている。どうやらクレオを縛っていた縄がようやく切れたらしい。

 直接は見えなくとも、感じ取れた動きに安堵するルクス。

 だが、束の間のこと。

 自身の直線上、ヘキサたちがいる方角めがけて石柱が振るわれたなら、思わず加減を忘れてこれを弾いてしまった。

「しまった!」

 焦ったルクスは、自身の弾いた石柱の先まで瞬時に移動。自分が手を加えたことで威力の増した石柱を横に逃がせば、メイドが「あらあら」と嘲笑混じりの声をかけてくる。

(……ああ、面倒が増えた)

 渋々そちらを見たなら、ニタニタといやらしい笑いに象られた美貌がある。

「やはり、ご同類ですのね」

「いや、これは」

「貴方がたに仲間を守る、という概念があるとは思ってもみませんでしたが、とても興味深いものを見せていただききました。本当に、面白い」

「…………」

 無駄だと思いつつも入れようとした否定は、やはり無駄だった。

 メイドは言葉通り愉しんでいるのだろう、壁のように隆起した床の位置が元に戻されたなら、ルクスが石柱を防いだ先にいた者の姿が現われる。

 顎を砕かれ、地に倒れ伏す男として。

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