羨望の的
第1話 過剰な敵意
ルクスの目は八つあるが、そもそも竜の見え方に目玉の数は関係ない。ヘキサに正体として見せた姿さえ大昔に造り上げたモノに過ぎないのなら、なおのこと。
そんなルクスを通して視るこの屋敷の様相は、無数の目を持つ長虫の集まりであった。もしも仕えた血筋の中にエンジニアがいたなら、目と感じるモノをカメラやセンサーと判じ、長虫を小さな機械の集合体と解釈したかもしれない。だが、ルミルの血筋は揃ってその手の専門職とは縁遠く、従ってルクスの感想は簡潔に。
――気持ち悪い。
とはいえ、これとてオウルと暮らしを共にして得た感覚である。ルクス自身というよりも、一般的なオウルが同じモノを見た時の感想と言えるだろう。
だからこそルクスは最初に訪れた時、この屋敷のいるかも分からない家人に向かって声をかけるヘキサへ「こんなところ」と言ったのだ。
こんな気味の悪い集合体でできている屋敷など、という意味で。
どうやらヘキサには、こんな寂れたところと解釈され――このメイドにも、そう受け取られてしまったようだが。
静かに隆起し、揺らめく床。蛇のような動きはヘキサとの間に壁を作り、その姿を完全に隠す。が、ルクスは逆にほっとした。言葉通り、メイドにはヘキサとクレオを傷つけるつもりはないようだ。
ヘキサと話している時から、絶えずこちらへ敵意を向けていたメイド。いや、正確にはメイド含むこの屋敷全ての”目”が、ルクスを敵として睨みつけていた。
その理由は、ヘキサたちと分断された直後にメイド自身から明かされる。
「ああ、もちろん貴方はダメです。貴方……あの方の屋敷を”こんなところ”と冒涜した、わたくしの屋敷を”こんなところ”と貶した。……あの者どもと同じ、貴方は!」
メイドの叫びに呼応し、床から分離した石柱がルクスめがけて振り下ろされる。 これを難なく交わしたルクスは比較的平面の残る床へ降り立つが、着地点の揺らぎを感じるなり跳躍。今までより小さい無数の石柱が、ルクスが去ったばかりの宙をトラバサミのように咬む様を目にし、小さく唸った。
(なるほど? こんなところ、というのは失言だったようですね。しかし……アレらと一括りにされるとは、些か不愉快だ)
それどころかルクスに対する攻撃は、男たちより遥かに殺傷性が高い。
現に、着地するなり靴ごと足に絡みついた細い糸状の石柱は、切断を目的とするように強く締めつけており、これを払うべく力を込めたなら、今度は刃のように薄くなった石柱が左右から首を狙ってくる。
糸状の石柱を千切りつつ首を倒して刃を退けたルクスは続け様、足裏に異変を感じて再び跳躍――否、宙に足を下ろした。見下ろせば、先ほどまで立っていた場所に足場はなく、巨大な穴がぽっかり開いている。
「やれやれ。手段豊富なことで」
感心とも呆れともつかないため息が出た。
「ルクスさん!」
相手の思うままに動く地を嫌ったせいで、壁向こうにいるヘキサと目が合った。
彼女からこちらの様子は一切見えていなかったはずだが、突然作られた壁と宙に立つルクスから何かが起こっているのは察せたのだろう。ルクスは焦る様子に気安く手を挙げると、同じように見上げているクレオの姿を確認し、平時の声音で言う。
「ご心配なく。それよりも、彼の拘束を先に――」
言い終わりを待たず、天井が落ちてきた。
(ああもう、鬱陶しい!)
落下の最中、瓦礫が針状に形を変えていくのを前にして、腕を振り上げかける。が、直前に思い直しては針を悉く躱し、あるいは横合いから衝撃を加えて払うに留めた。
(まずいまずい。この屋敷にあるモノは壊さない約束ですからね)
ルクスが一度腕を振り上げれば、この広間の天井なぞ跡形もなく吹き飛ばせる。
そうしないのは全て、ヘキサとの約束があればこそ。
(まあ、さすがにここまでされては少しくらい壊したところで、ヘキサ殿も非難することはないでしょうが)
陽光どころか青空が見えるようになった宙にルクスの姿を見つけ、安堵する少女。
竜である以上、そこまで身を案じられていると思っていなかったルクスは、口元を微かに笑ませると、促すべく手の平でクレオを示す。これに頷いたヘキサがクレオの縄切りを再開するのを見ていたなら、落ちた針と似た形状の槍が下から投げられた。
僅かに身を逸らし、通り過ぎる柄を掴んだルクスは、そのまま高度を下げて投擲したメイドと対峙する。その間にも手の内で湾曲し、柄のない刀身へ姿を変えようとする槍は早々に手放し、穴へ投げ落としつつ。
「一つお聞きしたい。私が暴言を吐いた、というのは分かりました。それが貴方にとって耐えがたいものだった、というのも理解しましょう。しかし何故、貴方を直接傷つけたであろう彼らよりも、私に対する当たりが強いのでしょうか?」
男たちはそれぞれ、最初の石柱で倒れている。
これを躱したルクスに苛立って、という可能性も考えられるが、そもそも、ルクスに対する最初の一撃さえ男たちよりも強烈なものだった。もしもルクスが姿通りのオウルで、何の護身術も持たない者であったなら、あの一撃で跡形もなく潰れていた。
(それとも私の正体に察しがついているのか)
ルクスのこの
とはいえ、これはあくまで魔法を使った場合の話。
メイドと、彼女の意のままに動く屋敷には微弱な魔力活動を感じるが、そのほとんどはルクスと縁遠い機械でできている。造られた年数が古かったとしても、今の世においても種族の特徴として「頭が良い」と評される者が制作者ならば、全く別の方法でルクスの正体に気づけたとしても不思議ではない。
そんな風にルクスが思っていれば、メイドは空色に混じる金を鮮やかに輝かせ、見下すように言い放つ。
「当然でしょう? だってあなた、あの方に相応しくないんですもの」
「…………は?」
想像もしていなかった返しにルクスの目が点になった。
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