第13話 大広間
扉を開けたヘキサは飛び込んできた光景に息を呑んだ。
屋敷の規模以上にも見える大広間、だというのに左右の窓から差し込む光や天井に吊されたシャンデリアにより陰という陰を退けた中にあって、そこだけくり抜いたように影を象る、場にそぐわない質素なテーブルと椅子。大広間の中央に置かれたその椅子には、クレオと思しき少年が轡を噛まされ縛られており、遠目でも分かるほど震えていた。そして、そんないたいけな少年の前には、無残な姿で床に転がるメイドと、彼女を蹴ったと思しき足を降ろす男、髪を掴んで無理矢理立たせようとする男がいる。見るに堪えない光景からクレオは顔を背けたいようだが、彼の後ろに立つニヤついた顔の男が小さな頭を掴んで阻んでいた。
「院」を内包し、多種多様な種族を要する学園が、必ずしも平穏だったということはなかったが、それでもここまで徹底して強者と弱者を見せつけてくる場面に出くわしたことはない。
「やめてください!」
思わず叫ぶヘキサだが、闖入者にも大して動じなかった三人の男たちは吹き出すように笑うと、立たせたばかりのメイドを殴り飛ばして唾を吐きつけた。
「やめてくださぁーいって、どこの嬢ちゃんだよ、へちゃむくれ」
「クソみてぇな言葉使ってんなぁ。顔に似合わず、いいとこのお嬢様ってか?」
「いや、ジジイがお付きってんならマジで金持ちじゃねぇか? 丁度良い。コイツも捕まえて、後で親に金持ってこさせようぜ。こんなでも女だ、少しは遊べんだろ」
「コレでか? 俺はパスだな。見てくれが悪すぎる」
「お前は目が肥えすぎなんだよ。顔はアレでもそこそこ育ってそうだろう?」
好き勝手言う男たちの内、二人の目がヘキサへ向かうのをルクスがその身で遮る。
男たちの話の半分も聞き入れていなかったヘキサは、ノロノロと立ち上がるメイドの姿にほっとすると、改めてルクスの陰からクレオと男たちを観察した。
(詳細は不明ですが、クレオさんは彼らに捕まっていた。あの足跡の状態から、計画的な誘拐というよりも何かに巻き込まれる形で捕まった、というところでしょうか。口振りから気安さはありますが種族はバラバラ。共通することは全員が男性ということくらい。一人はオウルで、他もオウルと同程度の力しか持たない種族……ですが)
ちらりと見たルクスの黄緑の瞳は、これまで見たことがないほど冷めきっている。
滅びを嫌う元邪竜ならば、この手の連中も忌み嫌うかもしれない。
そう思ったヘキサはルクスの肘を引いて小声で言う。
「ルクスさん、お願いですから殺さないでくださいね?」
屋敷へ入る前にモノを壊さないでほしいとは言ったが、この状況で全て無傷とはいかないだろう。 ならばと最優先事項を告げたなら、ルクスの喉がクッと鳴った。
「ご心配なさらずとも、あの程度に湧く殺意なぞございません。……不快感はありますが。それよりも、よくもまあアレにあんな扱いができるものだと思いまして。いやはや、無知とは恐ろしいものです」
「アレ? 扱い?」
ルクスが言っているのは、メイドのことだろうか。
どういう意味分からないヘキサが眉を寄せれば、立ち上がったメイドに気づいた男が、乱暴にその腕を引いてヘキサたちの前へ突き飛ばす。
「おら、お前の出番だ。不法侵入者だぞ。ジジイは殺して構わねぇ。ガキは、とりあえず生け捕りにしとけ。俺ばっか愉しんでても悪ぃからよ」
男の目配せに耳障りな口笛が起こる中、よろけたメイドがこれに答えるようにフラフラと近づいてくる。
(あまり考えたくはありませんが……この様子ではクレオさんと違って、彼らはこの屋敷に来たばかりではないのでしょうね。そして彼女に対するこの所業……。彼女の語る主と接点はなさそうですが、何故彼女は彼らの滞留を良しとし、ここまでされながら従うのか……)
――主の許しなく屋敷内へ誰人も招かぬよう申しつけられております。
毅然とした態度でそう言っていたメイドと同じメイドとは思えない様子に眉を顰めれば、おぼつかない足取りが丁度ヘキサたちと男たちの中間で止まった。
「主の、許可は……ありますか? あの方の、許可は……」
ほつれた髪も意に介さない問いかけ。
ルクスを通り越し、真っ直ぐこちらを見つめる、金が混じる空色の瞳。
機械の身でありながらも、期待に熱を帯びて潤むようなソレ。
だが同時に、薄ら寒いものを感じたヘキサは知らず喉を鳴らした。
――貴方の主はすでに亡く、生前この屋敷ごと貴方を市長へ譲渡されています。
そう伝えれば良いだけのはずだが、言葉が喉に張り付いて出ていかない。
まるで、命の危機が目前まで来ているような緊迫感に襲われる。
「おい! 何を突っ立ってやがる!?」
男の威圧的な怒声が響く。
しかし、メイドはじっとこちらを見つめたまま。ヘキサも逸らせずにいる。
粗野な上に元々短気でもあるのか、自分の声が聞こえていない様子のメイドに舌打ちした男は、彼女へ向かって大股に一歩踏み出した。
殴るための拳を握りしめ――その時。
「貴方の主はすでに故人ですよ」
ヘキサに代わり、ルクスが静かな声でそう告げた。
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