第12話 確認事項

 役所から再び屋敷へと戻ってきた二人は、早速ベルを鳴らした。

 今回はメイドがいると分かっているため、その場で待つ。

 ――しかし。

「来ませんな」

「そうですね……」

 先ほどと同様に、来客を告げるベルは扉越しにも聞こえてきたが、どれだけ待ってもメイドが出てくる様子はない。

 調べ物をしていたとはいえ、そこまで時間は経っていないはずだが。

 試しに聞き耳を立ててみるが何も聞こえず、ヘキサは首を振った。

「買い物にでも……なんてことがないのは、所長が仰っていましたし」

 役所で事の次第を聞いた所長は、素直に驚き、その場で屋敷について調べ始めた。

 そうして分かったのは、少なくともここ100年の間、あのメイドがクロエル内で確認された記録がない、ということ。100年分の街の情報を数秒でさらった所長は、ついでに『彼女は主人の存命中もそこまで外に出なかったようだ。まあ、あの美貌をおいそれと外には出せなかったんだろう』とも言っていた。

「どうしましょうか。本当は彼らも一緒に来られたら良かったのですが」

 呟いたヘキサは後ろを振り返った。

 敷地外の柵向こうにいるのは、上部に黒い鳥を模したロゴがある灰色の布をすっぽり被る、揃えられたような高身長の割に胴回りがまばらな集団。

 多面重層都市クロエルの秩序維持を司る、警邏たちである。

 所長の命によりヘキサたちに同行していた彼らは、しかし、やはりと言うべきか、建設途中の内部には入れても、この屋敷どころか灰色の地面までも辿り着けなかった。このためヘキサの視界では、敷地に入ろうとしては消え、何もないところから敷地外へ出て行く警邏たちの奇妙な行動が繰り返されている。

「彼らが突破するのを待てばよろしいのでは? 既にこの周辺には他の警邏たちが配備されているのでしょう? わざわざヘキサ殿が赴かなくとも」

 ルクスの提案にヘキサは首を振った。

「いえ、主の許可を得てくると彼女に約束したのは私ですから。それに彼女が警邏の存在を知っているかどうかも分かりません。面識のある相手の方が彼女も……事実を受け入れやすいはずです」

 これは予想というより、ヘキサの願いだ。

 所長の話では、主が変わっていることをメイドに伝えれば自動的にこの面の制限は解かれるらしいが、それは同時に、彼女が前の主の死を知ることに繋がる。

 接した時間は短くとも、大切にしていると伝わってきた主の死。

 ヘキサと警邏、どちらが伝えてもメイドにとっては同じかもしれないが、少なくとも告げるべきは、主の名を持ち出した自分が適任だろうとヘキサは考えていた。

 しかし、ルクスは一蹴するようにため息をつく。

「どうですかねぇ? 今では種族と認識されている機械の一種だとしても、あのメイドはその認識がない時代の代物なんでしょう? そもそも尊重されるような意思を持っているのかさえ疑わしいのでは? それならやはりヘキサ殿はここで待つべき」

「ルクスさん……」

 機械への偏見とヘキサの身の安全と。

 どちらも感じ取れる物言いに、ヘキサはもう一度首を振った。

 メイド関連については、確かにルクスの立場ならそうなのだろうが。

「お忘れ、ではないと思いますが、私が行くのは何も彼女との約束だけが全てではありません。クレオさんの手がかりのためでもあります。クレオさんがこの屋敷にいらっしゃったなら良いですが、いない場合、またここから辿る必要がある。その時のためにも、私自身がこの屋敷に入らなければいけません」

「それは……そうかもしれませんが」

 不意にルクスが屋敷を一瞥した。

「何か気に掛かることでも?」

「いえ、そういう訳では……」

 見逃さなかったヘキサは問いかけるが、ルクスは言い淀み、ため息をつく。

「では、このまま待ちますか? それとも……先に入りますか? ベルを鳴らしても無反応。ですが、ヘキサ殿は再訪の約束をされてますし、アレの現主人である市長の許可は取得済み。扉をぶち破っても文句を言われる筋合いはないと思いますよ」

 半ば投げやりではあるものの、急に持ちかけられた提案にヘキサは苦笑した。

「そうですね。扉の開け方はさておき、いつまでもカタリナさんたちをお待たせする訳にもいきませんし。何より……手がかりはあっても、クレオさん自身の無事をまだ確認できていませんから」

 口に出せば実感する現状。

 そう、悪くはないが、良いとも言えないのだ。

 まだ何も、果たされたことはないのだから。

「ならば行きましょうか。そしてご子息を保護、あるいは新しい手がかりを見つけて、さっさとこんなところは後にしてしまいましょう」

(こんなところ……。そう言えば先ほどもそんなことを仰っていたような。あれは確か、この場所について何も分からない状態の時でしたから、あまり気にはなりませんでしたが……本当は、他に理由が?)

 機械仕掛けのメイド以上に、何かを気にしている様子のルクス。この「面」を見つけた時のように、ヘキサには見えない何かが視えているのだろうか。

(……教えて貰えそうにはないですが)

 尋ねても答えてくれないのは先ほどのやり取りで知っているため、ヘキサはあえて触れず、早速扉へ手を伸ばしたルクスへ慌てて声をかけた。

「あ、ルクスさん!」

「はい?」

「こちらもお忘れではないとは思いますが、確認のために今一度約束してください。モノを壊さない、と。モノというのは生き物に限らず、このお屋敷のモノ全てです」

「……ええ、分かっておりますとも」

 言う割に、挟まれた短い沈黙と少しばかり不満げな声と表情は何故なのか。

(きっと、もう一度言われたことが心外だったのでしょう。ええ、きっとそう……)

 それでも感じる冷や汗に、今度は自分が先に扉へ手を伸ばす。

 もちろん、ぶち破るためではなく、開けるために。

「お、お邪魔します……」

 言いつつ押せば前回同様、キィ……と小さな音を立てて開かれた扉。

 変わらずの不用心な無施錠に何となくホッとしたヘキサだったが、

「さっさと起きやがれ、このグズ!」

 静寂で迎えられた先ほどの玄関ホールとは打って変わり、聞こえてきたのは柄の悪い男の怒声と鈍い打音。

 想像もしていなかった出迎えに驚き、ルクスと顔を見合わせたヘキサは、頷き合う間も惜しむように奥に見える両開きの扉――クレオの手がかりが続く先へ走り出した。

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