第3話ソフィア高校生

 高校生になったソフィアに親友ができた。優等生のマリアは、成績も態度も悪いソフィアにも分け隔てなく優しくて、

「この人を傷つけちゃいけない。」そんな風に初めて思える同級生だった。それでも、家の事情を聞かれるとどうしても言葉が強くなってしまう。そんな時、マリアはいつも根気よく黙って最後まで話を聞いてくれた。そして必ず

「お父さんが何もしないでおうちにいるのは、そんなにダメなことなの?」と尋ねる。


「うちは貧乏だからお父さん働き詰めで、ほとんど家にいないのよ。一度でいいから一緒に遊びに行きたいって、小さい頃よく思ってた。仕方なかったんだなって分かったから、今はとても感謝してるけどね。だから私、大学には行かないで就職するの。少しでもお金を貯めて、子供の頃に一緒に過ごせなかった分、家族で旅行に行きたいんだ。」大学に進学してエリートコースを進むのだろうと思っていたマリアから、思いがけない言葉が飛び出してソフィアは驚いた。


「お父さんがいつも一緒にいてくれるなんて羨ましいよ、ソフィア。嫌いなの?お父さんの事。」そうまっすぐに聞かれると、果たしてパパの事が嫌いなんだろうか?ソフィアは何も答えられない。素直で優しいマリアと過ごす高校生活はあっという間だった。そして、その三年間は少しだけどソフィアを優しく温かい女の子にしてくれた。

 

 「え?引っ越すの?」話が突然過ぎて、信じられなかった。

「そう。将来はまた自宅に戻れると思うけど、勤務地が自宅からだと通いづらいからね。一人暮らし。不安もあるけど、すごくワクワクする。」就職が決まったマリアは、少し大人びて見える。住み慣れた街を離れなければならないことも、家族の幸せを願えば何でもないことのようだった。


 「ソフィアと会えなくなるのは、すごく寂しい。でも自分で決めたことだから。それに連絡はする。時々帰っても来るし。離れて暮らす事になっても、ずっと親友。私さ、いつか結婚する日が来たら、ソフィアに一番いい席でドレス姿を見てもらいたいんだ。ソフィアは結婚する時私を招いてくれる?」当たり前じゃない。理由の分からない涙が止まらなかった。

 「永遠の別れみたいじゃない。やめてよ。」笑ってソフィアを抱きしめる。   「ね、そうだ。引っ越し手伝ってくれる?物が多くて一人だと時間かかっちゃうよ。」そう笑うマリアは、もうすでに次のステージに目を向けて生きていて、本当にかっこよかった。それに引き換え自分はどうだろう。中学まで悪ガキでマリアと出会ってからやっとまともに学校に通うようになった。そんなソフィアの方が、大学に進学する事になった。その事はマリアはもちろん、パパとママを喜ばせた。

 

 マリアの就職が決まってから卒業までの時間は飛ぶように過ぎて行き、ソフィアは時折マリアの自宅を訪ねて、引っ越しの手伝いをした。タンスやクローゼット。要る物捨てる物。持って行く物置いて行く物。たくさんの思い出がよぎる。


 「あー!こんなところに置いてあったんだ。失くしたと思ってたのに!ねぇ、ソフィア見て見て。」マリアがクローゼットの奥の古ぼけた箱から出して見せたのは、たくさんの色褪せたクリスマスカードだった。中を開けてソフィアは言葉を失った。


 「世界中のよい子たちに素敵な夜を。ハッピーメリークリスマス」シンプルなそのメッセージは間違いなくパパの字だった。家のカレンダーに「ソフィアの誕生日」と書いた、バースデーカードに「おめでとう」と書いてくれた、あの文字だ。

 

 「当たり前だけどさ、ちっちゃい頃ってサンタさん信じてるでしょ?親がプレゼントを用意してるなんて思わないからさ。サンタさんからのお手紙、大切にしてた記憶があったんだ。やっぱり残ってた。これ、デパートの人が書いたのかな。」と笑うマリアにソフィアは言った。

 

 「マリア、サンタクロースはいるよ。」それだけ口にするのが精一杯だった。「え、ソフィア?」きょとんとするマリアに

「ごめん、明日また来るから、今日はもう帰る。」と言い残して、全力疾走で帰宅した。もちろん、パパはソファで横になってコーラを飲んでいる。

 

 「おかえり、ソフィア。早かったね。」

 「パパ・・・。」

パパは立ち上がった。

 「その顔は、秘密を知ってしまった顔だな?」笑顔で出迎えるパパにソフィアの方から抱きついた。

 「辛い思いをさせて悪かったよ、ソフィア。決まりなんだ。」パパが謝ることなんて何一つない。

 「パパ、今まで本当にごめんなさい。パパがサンタクロースだったなんて、まだちょっと信じられない。」泣きながら謝るソフィアの頭をパパが撫でている。そして、瞳を覗きこみ

 「秘密守ってくれるかい?これから生まれて来る世界中の良い子達のために。」と尋ねた。

「もちろん。こんな誇らしいパパ、他にいない。」

「おい、今朝までと態度が違うぞ。」パパは大きなお腹を揺らせて笑った。

 

 その年のクリスマス、19歳になったソフィアに久しぶりにサンタクロースからプレゼントが届いた。

 「大人になった君へ。メリークリスマス。その優しさと温かさをいつまでも忘れないで。」そう書かれたメッセージカードと一緒に届いたプレゼントは腕時計とアルバムだった。アルバムには19年分のソフィアの写真が絵本のように貼り付けられていた。

 

 「サンタさん、ありがとう。腕時計、一生の宝物にします。」空に向かって心でお礼を言った。

 今年のクリスマスも、ソフィアの家にパパはいない。でも温かく幸せな夜が更けて行く。

ソフィアとママ、そして空を走るソリからも幸せな笑みがこぼれる。

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パパはサンタクロース 穂高 萌黄 @moegihodaka

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