第2話

「あ、ペネム。どうしたの? ええと、その……凄い顔よ?」

 扉の方へウリアが振り返り、俺は彼女の頭を撫でていた手を下ろす。よく考えたら彼女の頭を撫でている姿を見られるのは恥ずかしいし、それになにより彼の目が俺の手に注がれているのに気が付いてしまったから。

「ウ、ウリア様……? もしや……」

「ええ、イドリスが目を覚ましたの!! あっ、イドリス。この子はペネム。ええと、私と同じ穏健派の天使よ。それからペネム、イドリスのことは……もう知ってるわよね」

「あー……その、初めまして。イドリスだ」

「……初めまして、イドリス様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はペネムと申します。お目覚めになられまして、大変……嬉しく、思います」

 表情を笑顔に変えて、ペネムは丁寧に深く頭を下げてきた。礼儀正しい、丁寧な仕草。その笑顔が引きつっていることと、それから声色がまるで絞り出すみたいな声だったことを除けば、ではあったが。

「ふふっ、そうでしょ? それで、なにかあったの? 凄い慌てようだったみたいだけど……」

「はっ!! そうです、実は急進派の一派の動きが怪しいらしく、ウリア様の意見を聞きたいと下の者が」

「そう、急進派が……。でも今は、その……」

 ウリアの迷うような視線が俺の方をチラリと向く。その意図は、聞くまでもなく分かる。分かってしまう。だから俺はわざとらしく大きなため息を吐き出して、それからウリアに向かって苦笑を向けながら口を開いた。

「俺は大丈夫だから行ってこいよ。ってか寝起きで色々説明されても、あんまり頭に入ってこねぇし。後でゆっくりまた話してくれ」

「……うん、分かった。それじゃ行ってくるね、イドリス」

 一瞬だけ、どこか名残惜しそうに俺の手の平に視線を送ってから、ウリアは笑って立ち上がる。その笑顔はもう、俺のよく知っているいつもの彼女の笑顔だった。

「下の会議室でいいの?」

「はい。イドリス様への説明は私が代わりにしておきますので」

「げ。それは──」

「ほんと? ありがと、助かるわ。きっとペネムとイドリスなら仲良くなれると思うから、よろしくお願いね」

「はい、行ってらっしゃいませウリア様」

 待ってくれと、情けなくも前言を撤回して止めようとした俺の声が出る前に、無情にも分厚い扉がバタリと閉まる。別にこの天使が怖いわけではない。ただ俺の予想が正しければこいつは……。

「さて……と。イドリス様。少しばかり、聞きたいことがございます。……お二人はどのようなご関係なのでしょうか? お聞きしてもよろしいですよね?」

 こいつは、ウリアのことに好意を……少なくとも尊敬の念を持っている。そしてそんな彼が俺とウリアのやり取りを見てどんな誤解をするのかは、きっと想像に難くない。

 さっきまでウリアが座っていた椅子に腰を下ろして、ペネムは俺の方へと視線を向ける。表情こそ笑顔の形を作ってはあったが、その目が俺にはどうしても笑っているようには見えなかった。

「どんな関係って言われてもなぁ……。ただ旅を一緒にしてきた間柄ってだけだぜ? 本当に、言葉通りにだ」

「……本当にそれだけですか?」

「それだけだよ。そもそもは俺の家に落ちてきたあいつが、俺の……」

 仇だと分かったから、だから旅をすることにした。そう言おうとして、だけどウリアを尊敬しているペネムにそんなことを言えるはずもなく。

「俺の家で怪我をしていて、それで放っておけなかったから助けたら。……まあなんだかんだ、こんなところまで来ちまったってだけだ。旅をしていたのだって、ほんの数日のことだし」

 重要な部分だけを省いて、俺は誤魔化すようにそう言った。嘘ではない。手当をしたのも確かだし、こんなところまで来てしまったと思うのも確かだ。そんな俺の言葉を聞いて、ペネムは拳を握りしめて俯いて震え始めていて。

「ほんの数日……? その挙げ句に、こんなところまで来てしまったですって……?」

「いや本当に俺にとってあいつは……」

「あんなにウリア様と親密にしておいて、それだけですか!? あんなにウリア様の想いを一身に受け止めておいて、ただ旅をしただけの仲間だと!?」

「──あ、そっちか」

 予想していなかった方向から飛んできた彼の言葉に、俺は思わずガクリと肩を落としていた。

「当たり前です!! ウリア様が自身のお部屋で看病をしてくださるというだけでも、それだけでも望外の喜びだというのに……。あまつさえ……あまつさえウリア様の髪を……」

「いやその、悪かったよ。別に俺はそういうつもりじゃ……」

「なら、どういうおつもりだったと……?」

 急に声のトーンを落として、ペネムは真剣な表情でこちらを向く。その顔は、下手な答えは許さないと書いてるようで。口を開くのすら憚れるほどのプレッシャーに、俺は思わず息を呑んだ。

 失言は許されない。俺が下手な答えを返せば、ただではすまないのだと、その真剣な目が語っている。そう、忘れていたが目の前にいるのは紛れもない天使そのもの。元天使へと堕ちてしまったウリアとは、そもそも別の存在だ。

 きっとこのペネムという天使がその気になれば、次の瞬間に俺はこの世から消えているだろう。だからこそ俺は、ペネムの顔を真正面から見返しながら口を開いた。

「……恩返しだよ。俺は散々ウリアに助けられた。俺が今生きてるのはあいつのおかげだ。あいつが居なかったら、今頃俺は五回は死んでる」

 本心だ。これが紛れもない、今の俺の本心。俺はウリアに助けられた、それは決して変わらない。そしてその恩をないがしろには、したくない。それなのにウリアは、俺の手なんかで撫でられるだけであんなに嬉しそうにしていて。何も言わず、ただ俺の手を受け入れるだけで。

「だから、ただのお礼のつもりだったんだ。あいつが何をして欲しいって、そう言ってくれればいいんだが。ウリアは自分の望みなんて殆ど言ってもくれないからな……。だから、お前が警戒しているようなことは、本当に何もないんだ」

 もしも彼女が願いを口にしたのなら、きっと俺はそれを叶えたいと思ってしまうだろう。だけど彼女が今まで、俺に願ったことはただ一つ。服を買って欲しいなんていう、ささやかな願いだけ。

 俺は彼女に何も返せていない。それなのに、返しきれないくらいにもらってしまった。だからもしも、彼女が心の底から何かを願うのなら。そしてそれがもしも、生きたいという願いだったとしても俺は──。

「そう……でしたか。申し訳ありませんでした。私は、その……イドリス様のことを誤解していたみたいです。ウリア様にとってのイドリス様がそうであるように……イドリス様にとっても……」

 何を考えていたのか。心のなかで確かな決意になろうとしていた言葉は、ペネムの声で霧散してしまって。俺は頭を下げるペネムに、何か心の引っ掛かりを感じながらも慌てて口を開いた。

「いや、俺がウリアに馴れ馴れしく接しちまったが悪かったんだ。悪い、あいつが天使の世界ではかなり偉い立場だってのがイマイチ実感できなくて……」

「まあ人間の……しかも共和国の人であれば仕方ありません。ですがウリア様は本当にイドリス様のことを案じていました。……それこそ、イドリス様の言葉を聞いた今ですら、ただの旅の供とは思えない程に」

「そんなに……だったのか? なんとなく、ここがウリアの部屋だっていうのは分かるんだが……」

 流れ者の、しかもただの人間にあてがうには豪華過ぎる部屋だ。ペネムがウリアの部屋で看病してもらえるだけと言っていたことからも、恐らくそれは間違いないだろう。

「ウリア様からのご説明は……何もなかったのですね。分かりました、では不肖このペネムがイドリス様の置かれている状況と、それからウリア様のご献身についてご説明いたします」

「あー……分かった、頼む」

 前半だけで良いと言いたいところなのだが、そんなことをすればまたさっきみたいに興奮しだすかもしれないと、俺は大人しく頷いておく。それにウリアからの説明がほとんどなかったせいで、状況が全く掴めていないのは確かなのだ。

「まずこの場所ですが、ここは帝国の首都にある我々穏健派の隠れ家の一つです。穏健派が現在置かれている状況については……」

「ああ、聞いてる。急進派に主導権を握られて、議会とやらもほとんど機能してないみたいなことをウリアから聞いた」

「そうですね。我々は現在、こうして隠れ家などに潜み反撃の機会を伺っている最中です。そしてウリア様と、そしてイドリス様は現在、我々が保護しています」

 だろうな、と。俺はペネムの言葉に短く返す。と言うか、状況からしてそれしかないだろう。それはペネムも分かっているようで、俺の返事を分かっていたかのように説明を続けてくれた。

「帝国近郊の森の傍で、ウリア様の神聖術の発動を感じて急行したんです。我々もウリア様の行方を探していた最中だったので、幸い急進派よりも先にお二人の元に駆けつけることが出来ました」

「やっぱりか。あー……その近くに倒れてる人間は、他には居なかったか? 共和国の軍人と戦っていたんだが……」

 思わず、尋ねる。あれだけの傷だ、あの男でもただでは済まなかったはず。しかしあれで死んでいるとは、俺にはどうしても思えなかった。

 だが俺の言葉にペネムは少し考え込むように眉間にシワを寄せて、しかしハッキリと首を横に振る。

「いえ、お二人の他には誰も……。夥しい血痕と神聖武器は残っていましたが、時間も限られていたので捜索も出来ませんでしたので……」

「……そっか、ならいい」

 彼らが団長の死体を見つけられなかったのか、それともあの丘から死体がなくなっていたのか。そのどちらかは分からないが、分からないのならそれでいい。どっちにしてもきっと、スッキリとした気分にはならないのだろうから。

「まあとにかくですね。気を失っているイドリス様と、懸命に手当をするウリア様を見つけて、我々がこの隠れ家にお連れしたというわけです」

「大体わかった。そんで、俺がどうしてこの部屋で寝かされているのかっていうのは」

「ウリア様のご厚意です」

「……ご厚意」

「はい、ご厚意です」

 ハッキリと、疑いの余地などない言葉と共にペネムは頷く。こうまで言い切られてしまうと、俺としては疑問を挟む余地がなくなってしまうのだが。だけど俺が疑問を口に挟むよりも先に、ペネムは何かを思い出すように視線を上げながら語り出した。

「ここに運び込まれた時のイドリス様は、正直に言ってほとんど死体同然でした。そんなあなたにウリア様はずっと付き添って、そして神聖術での治療をずっと試みていたのです。……私はあんなに取り乱して必死になっているウリア様のお姿を見たのは、初めてでした」

「……そんなに俺は酷かったのか。ウリアからもオドが尽きて死にかけてたとは聞いたけど」

「はい、その通りです。……素直に申し上げますと、私は無駄だから治療を止めるようにと進言したくらいでした」

「それ、本人に言うか……? っていうかそれとこの部屋で寝てることが、どう繋がるんだ?」

 ウリアが俺にオドを注ぎ込んでくれたのは、なんとなく分かっている。具体的な方法は分からないけれど、天使神聖術を使ったというのもなんとなく想像がつく。だがそれと俺がウリアの部屋で寝かされていたことが、俺にはどうしても繋がらない。

 だがそんな俺の疑問に、ペネムは一瞬だけ眉をピクリと動かしながらも、表情を変えずに応えてくれた。

「……それはですね。枯渇したオドを回復させるには、心が通じ合った相手と共にいることが一番だからなのです」

「は……? 心が通じ合っている相手と?」

 俺が首を傾げ、ペネムが苦々しい表情で頷く。何を言っているのだろう、彼は。誰と誰の心が通じ合っているだって? と。話の流れから本当は分かっているのに、どうしても話が飲み込めない。

 だがそんな俺の困惑を他所に、ペネムは自明の理だとばかりにハッキリと頷く。

「オドというのは、個人の生命力です。人の生命力を他人が補うなど、本来は出来はしない。だから無理矢理にオドを流し込んでも、基本的には一時凌ぎにしかなりませんが……。心を重ね合った二人が時間を掛けて補い合えれば、その例ではありません」

「心を重ねた二人……って、俺とウリアがか?」

「……信じられないのは、私も一緒です。と言うよりも、信じたくなかった。本来は長い年月を共にした家族や、その……恋人と共に行うものですから。ですがイドリス様、あなたが目を覚ましたのがその証明なのです」

 冗談をと笑おうとして、しかしペネムの真剣な表情に俺は言葉を失っていた。まだ数分話をしただけだが、ペネムがこんな冗談を言うような性格でないことは分かる。それに俺の予想が正しければ、ウリアに思いを寄せている彼がこの言葉を口にするのにどれだけの葛藤があったのかも。

「……私も、いえ誰もが最初は反対しました。どこの誰ともしれない人間と、ウリア様が同じ部屋で寝るなんて……と。ですがウリア様は、頑なに絶対にそうするんだと言って聞かず……。イドリスは私が助ける、と」

「そっ……か。まあ、あいつらしいけど……」

 俺が知っているウリアなら、きっとそう言うだろう。周りが何を言おうとも、頑なに首を振って耳を傾けすらしない姿が目に浮かぶ。そしてきっと、逆の立場なら俺も似たようなことをするだろうとも。

「まあ分かった。けどそれって、同じ部屋である必要があるのか?」

「近いほうが効果があるのは確かですよ。というか、その……そうでなければ、流石に許しません。ウリア様とその……同じベッドで寝るだなんてことは」

「同じ……ベッド……」

 部屋を改めて見渡して、俺は思わずため息を吐き出した。なんとなく、そんな気はしていたのだ。この部屋にある寝具は、優に三人は寝られる天蓋付きのベッド一つきり。そしてペネムの言葉を聞いていれば、いくら俺でもなんとなく分かる。それに俺は、一度彼女と一緒に寝ているのだから。

「はぁ……。あいつ、自分の立場が分かってねぇのかよ……」

「それは是非、ご本人に言ってください」

「それで止めるような奴なら、俺だって苦労してねぇよ」

「はは……なるほど。いえ、確かにそうですね。ウリア様が想像以上に頑固だったというのは、我々もここ数日で感じさせられましたが。イドリス様も……」

「似たようなもん、ってことだ。そもそもあいつは最初から俺にとっては……」

 俺にとっては……。その先に何かを口にしようとして、俺は言葉を飲み込んだ。俺の場合は恐らく何年も一緒に居たペネムとは違って、ウリアとはせいぜい数日の付き合いでしかない。だから俺が知っているのは、俺と出会ってからこれまで旅をしてきたウリアだけ。そんな俺が彼に言えることなんて、きっとなにもない。

「……まあいいや。とりあえず俺の今置かれてる状況は大体わかった。後は……ウリアの状態なんだが」

 だから俺は話を逸らすように、だけど本当は一番気になっていたことを彼に尋ねる。それに対する反応は微かな驚きと、そして納得に見えた。

「ふふ、それが一番聞きたかったこと……というわけですか」

「そ、そんなんじゃねぇよ。俺はただ──」

「まあまあ、分かっていますよ。それよりウリア様ですが……」

 俺の言葉を殆ど無理矢理に遮って、ペネムは真剣な表情で話し始める。その緑色の瞳を、どこかウリアを思い出させる程の真っ直ぐさで俺へと向けながら。その奥に揺れる不安と、そして苦悩を必死に隠して。

「……正直に言って、ウリア様の状態はあまりいいとは思えません。ですが我々も、恥ずかしながらよくわからないのです。ウリア様の現在の状態が、どうなっているのか」

 苦々しさの滲み出る苦笑からも、その言葉が嘘などではないと分かる。あのウリアの異常が、同じ天使から見てもどういうことなのか理解できない。それは思っていたよりも、俺には衝撃的で。ペネムと違って、俺は驚きを隠そうともせずに口を開いた。

「そう、なのか? 天使ならなにか分かるかと思ったんだが……」

「お恥ずかしながら……。堕天の術式を中途半端ではありますが受けて、ウリア様は半ば天使ではなくなりました。それなのにどうして誰よりもマナの流れを見通すと言われたその瞳は健在なのか。そしてどうして、あの美しい髪が半分近くも黒く染まってしまっているのか……。なにも、分からないのです」

「目のことは、俺には分からねぇけど……。あの髪は、天使神聖術を使うと黒くなっていくみたいだったぞ。まるで、天使の部分が減っていくみたいに……」

 あの光の波紋を出した時も、剣を生み出して見せた時も。そして今回、きっと俺を助けるためにオドを注ぎ込んでくれた時も。ウリアの銀色に輝いていた髪は、夜闇のような漆黒へと染まっていった。

「あれは、俺にはとてもじゃねぇけど良いことだとは思えなかった。それに……あいつ自身、黒くなっていく髪を嫌がっているみたいだったしな」

「……イドリス様は本当に、ウリア様のことをよく見ておられるのですね。黒は天使の中では忌み嫌われる色ですから、ウリア様が嫌がるのも無理はありません。まあ嫌がっていたのは恐らくですが……」

 苦笑したペネムがどこか楽しげに口を開いて、しかしその言葉は最後まで言い切る前に。

「ただいま。イドリス、ペネム」

 扉が開く音と共に、なにやらバスケットを手に持ったウリアが部屋に入ってきて。ペネムは言いかけていた言葉を飲み込んでから、少しだけ意味深な目線を俺に送ってから立ち上がった。

「おかえりなさいませ、ウリア様。もうよろしいので?」

「うん。最近この辺りで、急進派の天使の姿を見たって話だけだったから。それよりペネム、イドリスとは仲良く出来た?」

「はい、それはもう。ですよね、イドリス様」

「まあそうだな。状況も分かったし、助かったよ」

 最初の態度には面食らったが、あれもウリアのためを思ってだと分かればなんということもない。最後に何を言おうとしていたのかは少しだけ気になったが、俺たちにとって悪いことではないだろうことは、彼の表情を見れば読み取れた。

「いえ、こちらこそお話が出来てよかったです。それでは、私はこれで。哨戒の任もありますので」

「ふふっ、やっぱり二人なら仲良く出来ると思った。それじゃ、哨戒頑張ってね」

「はい。お二人の安全のためにも、虫一匹通さぬ覚悟でございます。お二人はごゆっくり、ご静養ください」

 ペネムはそう言って扉を締める。残されるのはベッドで体を起こしている俺と、バスケットを手に持って朗らかに笑うウリアだけだ。そのウリアはバスケットを軽く掲げて、まるで踊るように軽やかな足取りで俺の隣へと歩いてくる。

「ね、イドリス。お腹すいてない?」

「お腹? あー……そういや確かに。言われてみたらめちゃくちゃ空いてるな」

「でしょ? だってイドリス、何日も食べてないんだもん。だから、その……。私が焼いたパンでよかったら、その……どうかなって。約束、だったから」

 バスケットにかけられていた布を取って、ウリアは頬をまるでりんごみたいに赤く染めながら、上目遣いに視線を送ってくる。その空色の瞳が潤んで、まるで水面に波紋が広がっていくように揺れる。その目を見ていると、なんだか変な気分になりそうで。俺は目を逸らしながら、約束だしなと出来るだけぶっきらぼうに言おうとして──。

「する暇なんて、ありませんよぉ?」

 ねっとりと、まるで絡みつくような声だった。背筋を舐め回されているような、思わず身が凍ってしまうような声。そこに込められているのは明確な敵意、隠そうともしていないな殺意だ。その殺意に俺はとっさに体を起こして、

「イドリス!!」

 ドカッッ!!と言う世界を塗りつぶすような轟音と衝撃に、俺は成すすべもなく吹き飛ばされていた。

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