第21話「初めてのエスコート」

 週末の夜。ヒーロウ公爵家を目前にした馬車の中。

 対面に座ったベスが、真面目な顔で告げて来た。


「いいですかアリア様。笑顔は無し、笑顔は無しですからね?」


「わかってるよベス。そんなに念を押さなくても……」


「ベスは控室から出られませんが、心は常に会場に、アリア様の傍にありますから。ご無事をお祈りしてますからねっ」


「う、うん。何をそんな戦場に行くみたいに……」

 

 しつこいほどに念押しして来るのに戸惑っていると……。


「いいえ、戦場ですよ。何せヒーロウ公爵家のパーティといえば豪華絢爛。お客様も国内外からたくさんいらっしゃいます。高貴な身分の方も相当数お見えになり、女性陣は皆張り切っておられます。正直ベスはアリア様をお嫁になど出したくありませんが、貴族に産まれたお嬢様にとって、それは避けようのないことなので……ううっ」


「ああもう、泣くなベス。何も今日僕が嫁に行くわけじゃあるまいし……っ」


 ボロボロと涙を流すベスを慰めているうちに、馬車は玄関前の馬車寄せに到着した。


 ベスの言った通り、メイドが同行できるのはここまで。

 ここからは来賓のみが進むことを許されている。


「じゃーねー、ベスーっ」


 僕らを下ろし遠ざかる馬車に手を振ると、レイミアがぴょんと僕の腕にしがみついて来た。


「さ、行こうお姉さまっ。パーティお料理パーティお料理お料理お料理っ」


「料理の方が数が多いのは……」


「だあぁぁーってっ! ヒーロウこーしゃくけのパーティはすんごい美味しい料理を出すって有名なんだもんっ! お菓子とお肉と! ほら、レイミアたくさん食べるから、お腹緩めてもらったもんねっ!」


「……なるほど、考えたな」


 見れば、レイミアの着ている水色のドレスはウエストを絞っていない。

 

「お姉さまは大丈夫っ? いつもよりキツいみたいだけど、それでいっぱい食べられるっ?」


「大丈夫だ。というかそもそも食欲が無くてな……」


 一方の僕は、朱色のドレスにハイヒールという攻めた感じの組み合わせ。

 メイドたちの強い薦めもあって、コルセットもいつもよりキツめに巻いている。


 ちなみに説明しておくと、この世界の女性にとってはきゅっと締まったウエストと豊満な胸が美しさの象徴みたいな部分がある。つまり同年齢の他の少女に比べてわずかに胸の大きさに難のある僕の場合はそれが他の人よりも顕著に出る傾向があり、メイド4人がかりで左右からギュウギュウと絞られた結果、相応に盛る……もとい、相応の見た目にはなったが痛みには慣れている僕ですらも顔をしかめるような状況で……それはともかくとしてっ。


「食欲が無くて、だなっ!」


「うわわっ、急に迫力がっ!?」


 僕の勢いに気圧されてか、レイミアはこくこくとせわしなくうなずいた。

 

「──アリア嬢っ」

  

 玄関ホールで騒いでいると、溢れんばかりの来客の間を縫うようにしてレザードがやって来た。


 レザードの服装はライトグレーのジャケットにスラックス、カーキ色の開襟シャツという組み合わせ。

 公式の席でないという気安さからか、いつもよりカジュアルなものになっている。 

 もともと長身で美形な男が親しみやすい格好をしているせいか、周りの婦女子の視線が凄い。

 わあきゃあ騒ぎながら、その一挙手一投足を目で追っている。


 そのレザードが迎えに来たとあって、僕らはかなり注目を浴びている。

 羨望、嫉妬……負の感情が折り重なって、胸焼けしそうだ。 


「おおーっ、レザードだっ! レザードおおぉーっ!」


「お、レイミアも来たか」


「うんっ、お料理いっぱい食べに来たっ」


 周囲の雰囲気なんて関係なく、いつもの調子でむんと胸を張るレイミア。


「……子供って素直でいいよな」


 レザードは苦笑いすると、次に僕に目を向け──一瞬硬直した。

 いったいどうしたというのだろう、それまでの貴公子然とした表情が揺らぎ、そわそわし出した。

 

「やあ、アリア嬢。ええとその……こんばんは?」


「こんばんは、レザード……ってどうしたんだ急に目を泳がせて。僕じゃあるまいし。君こそこういうところには慣れっこのはずだろう?」


「ああいや、それはもちろんなんだがね……ちょっと個人的に計算外なことがあって……」


 意味不明なことを言いながら、レザードは頭をかいた。


「ごほん、いやすまなかった」


 レザードは咳払いすると、普段通りの笑みを浮かべた。

 膝を緩めるように姿勢を下げると、僕に向かって手を差し伸べてきた。


「さて、行こうかお姫様。まずはパーティの主催たる公爵様にご挨拶を。その後は俺の友人たちに。夜は長いことだし、ゆっくり余裕を持って楽しんで行こうじゃないか」


「う、うん、よろしく頼む」


 緊張で唾を呑み込みながら、僕はレザードのエスコートを受け入れた。

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