第20話「訓練の日々」
それからレザードは、足繁く僕のところへ通うようになった。
目的はもちろん僕とのトレーニングだが、周囲はそういう目で見てはくれない。
難攻不落の第一王子がとうとう陥落しただのなんだのと、連日ゴシップ誌が騒ぎ立てた。
この件に対する皆の反応はまちまち──
お父様は「いい婿殿をとは思っていたけど、まさか第一王子とだなんて……」と、そわそわ緊張した様子。
レイミアは「おおーっ!? 王子っ、王子だっ! 『トリスタン王子と魔女』で魔女に眠り薬飲まされてかんきんされる人だ!」と、彼女にしかわからない角度からの盛り上がりを見せた。
ヘラお母様は「……ふん、いつまで続くか。間違っても我が家に危難が及ばないよう、くれぐれも注意してくださいね」と、いかにも悔しげに釘を刺してきた。
ベスは「……お嬢様、もし迷惑のようなら言ってくださいね? このベスが特製の下剤を飲み物に混ぜて撃退してみせますから」となぜか敵意むき出しの態度を見せた。
つまりはヘラお母様やベスのような一部の例外を除いた大方の人間が祝福してくれたわけだが、祝福されても困るというのが僕の本音だ。
そもそも『友達』すら『任務』でなければ必要としない人間なのに、『恋人』ましてや『伴侶』だなんて、なおさらごめんこうむる。
もちろんこんな女をレザードが好きになどなるわけがないのだが、一応の対策は打っておくべきだろう。
そこで僕は、レザードに厳しく当たることにした。
敬語はやめ、呼び捨て。
気絶するほどに強く技を仕掛け、大人でも音を上げるような過酷なトレーニングを課した。
それでもレザードは、めげずに僕のところへやって来た。
打たれ倒されるたびにむしろ嬉々として立ち上がり、次の指導を求めてきた。
「アリア嬢は素晴らしいな。合理的で、一切の遠慮が無い。今まで俺に、これほどまでに真っ正面からぶつかって来てくれる人はいなかった。第一王子としての立場に遠慮してか、ぼんやりとした精神的指導に終始するのが常でな」
「そ、そうか……」
「これからも頼むぞ、アリア嬢。俺にもっと辛く当たってくれ。それはいずれ国のためにもなるのだから」
「お、おう……」
一瞬特殊な性癖でもあるのかと疑ったが、そうでもないようだった。
レザードは、純粋に国のためを思っている。
自らが強くなることが、いずれは国のためになるのだと信じて疑っていない。
そのためならばどんな痛みにもしごきにも耐えて見せる覚悟なのだ。
「……」
もしかしたら、ルートが変わったのだろうかと考えた。
最大のライバルであるパーシアがまだ出て来ていないにも関わらず、僕とレザードの間に友好関係が産まれようとしている。
レイミアが僕の相棒として活動しているように、この関係もまた強くなっていくのだろうか。
もしそうなったとして、その先には何が待っているのか……。
考え事をしていると、「隙ありっ」とばかりにレザードが殴り掛かってきた──が、甘い。
僕はレザードの手首を取ると、足を引っかけながらぐるりとぶん回した。
レザードの体は綺麗に回転し、背中から地面に落ちた。
「タイミングは悪く無いが、狙いが甘い。拳で性急に決めようとするのではなく、まずは体全体で体当たりしてみろ。相手を倒して上に乗れば、大抵の相手には勝てる」
「うう……さすがは……っ」
衝撃で動けないのだろう。
レザードは体を丸めたまま起き上がらない。
「大丈夫かレザード? 王城の秘密の抜け道のことを教えてくれたら、レイミアがこの特製傷薬を塗ってやるぞ?」
「おまえけっこうえぐい取引するなあ……というか国防上の問題をそんな簡単に喋るわけないだろうが」
どこにでもある普通の軟膏を片手にえぐい取引を持ち掛けるレイミアと、軽くあしらうレザード。
このふたりはけっこう仲良しだ。
「と、それはさておきだ。アリア嬢は次の週末はどうするんだ?」
復活したのだろう、体中についた草を払いながらレザードが立ち上がった。
「次の週末、とは?」
不思議に思い首を傾げていると、レイミア「もおーっ、言ったでしょーっ」とばかりにぷんぷん怒り出した。
「ヒーロウこーしゃくけのお屋敷のパーティには絶対出るのよって、ヘラお母さまに言われてたでしょっ」
「ああ、ヒーロウ公爵家の……」
社交好きで知られるヒーロウ公爵は、月に一回のペースでダンスパーティを開催している。
貴族や軍部、富裕層の紳士淑女が集まってのパーティは豪華絢爛で、社交の場として大変人気があるらしい。
貴族の子女なら社交の場は避けて通れず、今回から僕も参加するように言われていたのだが……。
「僕はなあ……正直そういう場は……。この間の表彰式でも相当メンタルをやられたのに……」
「お客さんがたーっくさん来るから、『友達』も出来るかもしれないよっ!?」
「かと言えなあー……」
腕組みして悩んでいると……。
「アリア嬢は、どうしてそんなに『友達』が欲しいんだ?」
不思議そうな顔でレザードが訊ねてきた。
ま、それはそうだろうな。
僕のような性格の人間が欲しがるようには見えないだろうから。
実際、『任務』でなければ特段欲しいものでもないし……。
「意外と思われるかもしれんがな。これは『任務』……いや、『信念』のようなものなんだ。僕はたくさんの人と出会い、『友達』を作りたいと思っている。男でも女でも構わん、とにかくたくさんの『友達』が欲しいんだ」
「男でも……か。ふうん……それは油断ならないな……」
顔をうつむけ何ごとかをつぶやいたかと思うと、レザードはパッと顔を上げた。
世の女どもを虜にしているという柔らかな笑顔を浮かべながら、僕に手を差し伸べてきた。
「ではアリア嬢、俺と一緒に行こう。日頃世話になっている礼に、俺の『友達』を紹介してあげようじゃないか」
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