第22話「庭園の片隅で」
レザードのエスコートは、実に手慣れたものだった。
家長であるバレン・ジル・ヒーロウ公爵、奥方であるソフィア様、三女への挨拶をスムーズに行いつつ僕やレイミアを紹介し、さらに軽快なトークで場を和ませてくれた。
その後はメイン会場となるダンスフロアに移動。
多くの若者たちとお喋りしながらも、僕が孤立しないよう常に優しく気を使ってくれた。
軽いダンスも踊ったのだが、こちらがまったく負担を感じないような軽やかなリードをしてくれた。
愛しのお姫様に接するようなその扱いは、女の子なら誰しもが心浮き立つような素晴らしいものだった。
レイミアはレイミアらしくいつも通りに無邪気に振る舞い、年上のお姉さま方の人気者となっていた。
たくさん肉を食べ、お菓子を食べ、大きな灰色熊のぬいぐるみをもらってご満悦。
「余は満足じゃ」とでも言わんばかりの笑みを浮かべながら僕に寄り添うと、腕に頭を預けてきた。
外にいながらにして自宅を感じられるような、暖かく柔らかいその空気感は、彼女ならではのものだった。
さて、十全なバックアップを受けた僕がその後どうなったかというと──全然馴染めず、三十分後にはレザードの隙を見て逃げ出し、ひとりで屋敷内を
「ああー……ダメだ。僕というやつは本当にダメだな……」
ひとりごちながら人のいない方へいない方へと歩いた結果、最後に辿り着いたのが広大な庭園の片隅の
円形の屋根に公爵家の紋章である双頭のグリフォンの装飾された二階建ての東屋は、窓も壁も無い吹きさらしの建物だ。
四季折々の園遊会の時などにはさぞや多くの人が訪れるのだろうが、幸いなことに今は誰もいなかった。
「……まったく、情けない」
「たかだか人づき合いぐらいで、こうも消耗するとはな……」
レザードのフォローはありがたいし、レイミアの作ってくれた和やかな雰囲気も非常に助かるのだが、僕のようなコミュ障にはそれ自体がそもそも重荷なのだ。
周囲の目線に重力を感じ、自分のダメさを痛感し、呼吸することすら辛くなってしまう。
結果こうして逃げ出すことになり、自己嫌悪で潰れそうになっているわけだが……。
「いいや、今夜はもうこの辺で。適当に時間を潰して戻ることにしよう」
レザードは僕とダンスを踊りたがっていたようだし、レイミアは僕と一緒に食事をしようと思っていたようだが、許してもらおう。
「……はあ」
再度ため息をつくと、僕は月明かり浴びながら目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくすると、こちらに向かってやって来る人の気配に気がついた。
柱の陰から外の様子を窺うと、片手にランプを携え、小脇に本を挟んだ誰かがやって来る。
どうやらレイミアでもレザードでもなさそうだが……。
「だ、誰もいない……わよね?」
やがて姿を現したのは、ひとりの女の子だ。
歳はアリアと同じぐらいだろうか。柔らかくウエーブする茶色の髪を背中まで伸ばしている。垂れ目で気の弱そうな顔立ちが、どこか小動物を思わせる。深緑色のドレスの胸元は歳不相応に膨らんでいて、いかにも男性諸氏の庇護欲をくすぐりそう。
「ほっ……良かった。あとはお姉様たちにだけは見つからないようにしてっと……」
安堵したのだろう、胸を撫でおろした女の子は、一階のベンチに腰かけた。
「あのコはたしか……」
僕は思わずつぶやいた。
いかにも楽しそうに本を読み始めた女の子の名を、僕は知っている。
ヒーロウ公爵家の三女。ロレッタ・ジル・ヒーロウ。
後にメインヒロインであるパーシアを守り、アリアと戦うことになる女の子だ。
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