第16話「突然の訪問者」
僕の最近の日課は、基礎体力と筋力を増強するためのトレーニングを行うことだ。
と言って人前で堂々と行えるものでもないので、森の中に分け入ってこっそりと行っている。
当然ドレスで行えるものでもないので、街で乗馬用の服をひと揃えと剣闘用の練習着(ゴワゴワした麻製のシャツとズボンの上下だ)を購入した。
乗馬をたしなむ女性自体は珍しいが皆無でもないので、トレーニング場所までは馬に乗って向かい、現地に着いたら剣闘用の練習着に着替えるという方法をとっている。
まだるっこしい話だが、ヘラお母様に知られてあの長いお小言をもらうよりはよっぽどマシだ。
さて、そんなある日のことだった。
馬房に馬を返した僕を、ベスが焦った様子で呼びに来た。
なんでも大変な来客があるとのことなのだが……。
「げ」
応接間に入ると、そこにいたのはレザードだった。
乗馬服に身を包んだレザードが、ベスの淹れた紅茶などを優雅に口に運んでいる。
レザードの対面にはヘラお母様が真っ青な顔をして座っているが、おそらく僕が何かしでかしたと思っているのだろう。
……まあ実際、後ろめたいところしかないのだが。
「やあ、アリア嬢」
レザードは、僕に気づくと満面の笑みを見せ立ち上がった。
「ご機嫌よう。今日も君は美しいね」
僕に近づくなり手を包み込むように握ってきて、ニコニコ、ニコニコ……。
ずいぶんと友好的な様子だが、僕らはそんな関係ではなかったはずだ。
となるとこれは、表彰式の
不遜な言葉を発した僕へ、仕返しに来たのだ。
涼しい顔して、悪役令嬢たる僕を破滅させようと思っているに違いない。
「本日は、お招きに預かり光栄です」
「……お招きはしていないはずだがな?」
手を振り払って身構える僕に顔を寄せると、レザードは耳打ちしてきた。
「──おまえが言ったんだろうが。『どうやらレザード殿下が学ぶべきは礼儀作法ではなく戦場作法のようですね。なんだったら僕が教えて差し上げましょうか?』と、偉そうに」
顔つきとは裏腹の、突き刺すような口調。
……なるほど、笑顔で人を刺せるタイプか。
若いとはいえ、権謀術数渦巻く王宮暮らしをしているだけある。
「あそこまで言ったんだ。まさか逃げるつもりじゃないだろうな?」
チラリと見ると、レザードの座っていた椅子には練習用の木剣が立てかけられている。
「……決闘、ということですか」
「木剣ではあるがな。男として、あれほどの侮辱を
「ならば、フェザーンの決闘場でも借りて、もっと大々的に行えばいいのでは?」
「公衆の面前で女を打つなど出来るか。常識で考えろ」
女に決闘(物理)を挑む男の常識とは……。
──ねえねえ、おふたり、何を話しているのかしら?
──表彰式でもずいぶん長い事お話していたらしいし……これはひょっとしたらひょっとするのかも……。
──それってもしかして……きゃあーっ?
──……わたしちょっと、お台所から包丁を取って来ます。
部屋の外から漏れ聞こえる話し声はメイドたちのもの。そして最後のはベスだろう。
ともかく、ここでにらみ合っていてもいいことは無さそうだ。
「いいだろう、相手になってやる」
僕は決闘の申し出を受けることにした。
理由はふたつだ。
ひとつ目は実戦経験の不足を補うこと。
初めに街のチンピラを、次にガノン一味を蹴散らして以降、まともに人間を相手にしていないのが気になっていたので、これはちょうどよい機会だ。
ふたつ目は破滅フラグの回避。
足腰立たないほどぶちのめすことで、こいつには二度と会いたくないとレザードに思わせる。そうすることで、破滅フラグ自体を遠ざけてしまおうという作戦だ。
「お母様、僕はこれから遠乗りに行って参ります。レザード殿下もご一緒なので、お気になさらず」
ポカンとした表情のお母様と歓声を上げるメイドたちを尻目に、僕は颯爽とその場を後にした。
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