第15話「後悔は先に立たない」
表彰式の会場は、
数百人規模の衛士団による勇壮な
その他にもお偉方がいるから挨拶を忘れないようにとヘラお母様には口を酸っぱくして言われ、名前と顔を教え込まれたのだが、その頃にはすでに頭からトンでいた。
理由は……言うまでもないだろう、緊張によるものだ。
「うう……苦手だ……」
右、左、右、左……。
まるで自分のものではなくなったような手足を順番を間違えないように動かしながら歩く。
スカートの裾を踏むこともなく、つまずいたりもしなかったが、体はフワフワと浮いているようだ。
「これに比べたら、塹壕戦をしてる方がまだマシだ……」
ようやく壇上に登り、王様の前に立ったはいいが、述べ立てられる美辞麗句がまったく耳に入って来ない。
お妃様に賞状を渡され激励されたが、何を言われたかまったく覚えていない。
「ああ、ようやく解放される……」
お偉方への挨拶もそこそこに、そそくさと壇上を降りようとしていると、突然──
「おいおまえ。俺のことは無視か?」
横合いから声をかけられた。
他の誰にも聞こえないような、しかし僕にだけは聞こえるぎりぎりのトーンで告げられた不満。
ハッとして振り返ると、そこにいたのは金モールの付いた白いジャケットとズボン──王族の礼装──に身を包んだ少年だった。
歳はアリアと同じぐらいだろうか。
黄金のように
顔立ちは
細身だが、ひ弱な感じがしないのは戦闘訓練を受けているからだろう。
「ええと……ええと……」
攻略対象キャラのひとりで、ゲームパッケージのセンターポジションで、ダントツの一番人気。
クール系のイケメンで、アリアが攻略しようと躍起になっていた少年で……。
「たしか、レザード・ウル・ヴァリアント王子殿下?」
「た……たしかとはなんだたしかとはっ。王族に向かってっ」
「ああすいません。考え事をしていたもので」
他人には聞かれぬよう、僕らは小声で言葉を交わし合った。
「くっ……しかしこんな晴れの席で考え事とはいい度胸だな。さすがは蛮族の姫君だ」
「……蛮族?」
僕が聞き返すと、レザードは口元を皮肉に歪めた。
「皆が噂しているのを知らないのか。女だてらにスカートを翻し男と対峙する。まったく貴族の子女らしからぬその振る舞いが、まるで蛮族の姫君のようだとな」
「……なるほど、それは上手いことを言ったものですね」
「なっ……貴様には恥じらいというものが無いのかっ? 蛮族だぞ蛮族っ」
心底感心している僕に、レザードは驚いた様子を見せた。
まあ普通の女子はそんなことを言われたら怒るのだろうが、あいにく僕は普通ではない。
「蛮族とは強き者への
「そ、そんなの苦しまぎれの言い訳だろっ?」
「おや、この価値がわからないとは。レザード殿下の今後が心配ですね。若さを差し引いても、将来国を背負って立つ身としてあまりに情けない」
「なっ……?」
「どうやらレザード殿下が学ぶべきは礼儀作法ではなく戦場作法のようですね。なんだったらこの僕が、手ずから教えて差し上げましょうか?」
「なななななななな……っ?」
別に煽ったつもりはない。だって単純に、すべて事実だったから。
力は礼節に勝る。
力があっても油断すれば、大人だって子供に殺されうる。
それが本当の戦場というものだ。
今後ヴァリアント王国を背負って立つ人間がそんな浅い見識では困るし、そのせいで国が亡べば、ストレイド男爵家がどうとか破滅フラグがどうとかいう以前の話になってしまう。
そう、僕としてはあくまでも前向きな申し出をしたつもりだったのだ。
だったのだが……。
「……レザード殿下?」
あまりの反応の無さに、思わずレザードの目を見ると……。
そこにあったのは紛れもない、怒りだった。
レザードは氷のように冷たい瞳で、僕をにらみつけていた。
──アリアがレザードに関わると、速攻で破滅ルートに入るの。だから基本的には関わらないことが正解ね。まあそれを押してでもカップルになりたいって考えるのが女心ってものだけど……ほら、ご覧の通りで彼ってめちゃイケメンだしね。でもそのルートはねえー……。かなり薄いからなあー……。
頭にチクリとした痛みが走ると同時に、ジェーンのアドバイスが蘇ってきた。
そうだ、レザードにだけは関わってはならない。
関わってはならない、はずだったのに……。
後悔は先に立たない。
表彰式の大舞台で緊張した僕は、つい本音をさらけ出してしまい……。
無用にレザードの怒りを買ってしまったのだ……。
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