第7話「僕にはよく、わからない」

 翌日。

 パタパタと僕の部屋に駆けこんで来るなり、レイミアは肩掛けカバンから取り出した手帳を開いて見せてくれた。


「見て見てお姉さま! これ、レイミアが作ったんだよ!?」


 それは屋敷に務める人々のプロフィールを書いたもので、出身や家族構成、趣味や特技や日々の行動までもが事細かに記されている。


「……これはすごいな。本当にすごい……」


 字は汚いし、時おり謎の生き物の落書きはあるが(まさか似顔絵ではないだろうが……ないよな?)、情報としては必要十分。『組織』の蓄積している情報に比べれば大したことはないが、これをわずか6歳の幼女が一晩で作ったというのだから驚きだ。


「素晴らしいな。レイミア、君はいつか優秀な探偵になれるだろう」


「えっへっへー、もうじゅーぶんゆーしゅーだけどねーっ」


 褒められたのが嬉しかったのだろう、レイミアはくるくる踊るようにして喜んだ。


「ね、これなら大丈夫でしょ? おそーじしながらみんなと話す時に困らないでしょ?」


「うん、うん、たしかにいけそうだ。それぞれのプロフィールを掴んで、喜びそうなトークをすればいいんだな?」


「そーゆーことっ」



 そうして挑んだ二度目の庭園掃除は、なんとか上手くいった。

 一緒の仕事をしているという気安さ、僕の手際の良さ(筋肉痛はひどかったけれど)、常に傍らにいるレイミアの存在、そしてレイミアの手帳のおかげもあって、たくさんの人と話すことが出来た。

 仲の良いお友達、とまではいかなかったけれど、前進には違いない。



「……まあ僕の場合、出発点が出発点だからな」


 掃除が終わり、自室でベスのれてくれた紅茶を楽しみながら筋肉の疲労を揉みほぐしていると……。 


「そうだね。お姉さまはもともとみんなに怖がられてたからね」


 レイミアがしみじみとうなずいた。


「たしかにな、以前の僕はひどい女だった。変わってからも決闘だのなんだので悪目立ちして……。ちょっとやそっとのことじゃ、この評価を覆すことは出来ないだろうな。これからも継続して努力しなければ……」


「うんうん」


「……しかし、そう考えてみると不思議だな。なあレイミア、君はどうだったんだ? 僕のところを訪れるのが怖くはなかったのか?」


 僕ははてと首を傾げた。


 僕の記憶では、ふたりは決して仲の良い姉妹ではなかったはずだ。

 エイナお母様が亡くなったのは、レイミアを産んだからだ。

 エイナお母様が大好きだったアリアは、レイミアに対して憎悪にも似た感情を抱いていた。

 邪険に扱うこともあり、意味不明に怒鳴りつけることもあり、レイミアだって決して面白くはなかっただろうに……。


「んー……まあ、怖くはあったけどね。同じぐらい楽しそうって感じもあったし。ほら、『けっとー』とかしたって聞いたし。『ええー、どうゆーことーっ?Σ(゜Д゜)』って思って。机に向かってなんかしてると思ってのぞいてみたら、面白そうなもの書いたりしてるし、ね?」


「……なるほど。興味を優先した結果か」


 物語好きな女の子だからこその思い切った行動なのだろうと納得していると……。


「あとはね……これは前からなんだけどね? レイミアはずっと、お姉さまと仲良くしたいなって思ってたの。お姉さま綺麗だし、すんごくいい匂いするし、そばにいられたらきっと楽しいだろうなって思ってたの。あとはねー……あとはあぁー……えへへへ、それは内緒っ」


 自分で言って自分で恥ずかしくなったのだろう。

「きゃーっ」とばかりに両手で顔を覆うと、レイミアはどこかへ走って行った。 


「仲良くしたい……か」

 

 取り残された僕は、しばしその場で硬直していた。

 思ってもみなかった言葉に、動揺していた。

 

 僕は戦場で産まれ、戦場で育った。

 産まれついてより親は無く、親近感を抱く相手がそもそも存在しなかった。

 だからレイミアの持つ感情が理解出来ない。


 嫌われて、はね付けられてもなお近づきたいと思う者がいるのか。

 血の繋がりは、姉への憧れは、それをも超えるものなのか。

 それはいったい、どういう心の働きによるものなのか。


「僕には……」


 僕にはよく、わからない。

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