第6話「掃除人の本分」

 翌日。


「見て見てお姉さまっ。今日はこれを使おうっ」


 そう言ってレイミアが差し出したのは、柄の長いホウキだった。

 材質はハリエニシダ。

 魔女が乗っているあれを思わせる見た目だが……。


「……なあレイミア、ホウキなんかでいったい何をする気なんだ?」

 

「ええー? だって、おそーじといったらこれでしょー? みんなのおそーじを手伝って仲良くなるんだよっ。レイミアも時々やるけど、みんな褒めてくれるもんっ」


 僕が本気で首を傾げると、レイミアもまた同じように首を傾げた。


「あ」


「………………あ?」


 言われてようやく気がついた。


 そうだ、僕は本当の『掃除人』という設定だったんだ。

 にも関わらずなこの対応は、非常に良くない。


「なんか今、お姉さまの反応が変だったような……?」


「い、いやいやいや、全然変なところなんてないぞっ? ただ単に、逆転の発想すぎて気が付かなかったんだっ。そ、そうかー、掃除人だからこそ掃除していいところを見せるのかー。それは盲点だったなあーっ、さすがはレイミア、いよっ、名探偵っ」


「そうおー? えっへへへへー……それほどでもないけどねー……」


 褒めに褒めまくると、レイミアはぐにゃぐにゃと身をよじるようにして喜んだ。


「まあねー、レイミアは人よりたくさんご本を読んでるからねー、人よりかんさつがんが鋭いとゆーかー」


「ああ、まったくだ。君みたいな娘が妹で、本当に鼻が高いよ」


「もうーっ、お姉さまったら褒め上手ーっ」


 おだてまくったおかげだろう、レイミアは僕への疑惑をすっかり忘れたようだ。

 良かった、何かとチョロい娘で。


「さ、それではレイミア探偵の策を実行に移すとするかー」


 改めてホウキを受け取った僕は、ストレイド家の主屋に面する庭園の様子を眺めた。

 冬から春への過渡期ということもあって、落ち葉などはそれほど落ちていないが、何せ広い。サッカーコート換算で4個分ぐらいはあるだろうか。

 家にいるメイドの数は総勢25名。2班編成にして毎日交代で掃除を行っているが、天候にも左右されるし重労働で大変だと、皆が常々嘆いているらしい。


「うん、これはたしかに感謝されるかもしれないな。ようーし、見てろレイミア、これが『掃除人』としての、僕の本気だ」


 種類は違えど『掃除』には違いない。

『任務』に挑む時と同じぐらいの全力で、僕は掃除に打ち込んだ。 



 いて集めて捨てる。

 掃いて集めて捨てる。

 それを残像も残さんばかりの超高速でこなして、約20分。



「おおおおおー……っ! すごいすごい! 『おそーじ屋』さんすごおおおーいっ!」


 レイミアはもちろん、自分でも驚くほど綺麗に掃除出来た。

 落ち葉の欠片ひとつすら残さない完璧な仕上がりだ。


「はあ……はあ……はあ……っ、見たか、レイミアっ」


 体力の無いアリアの体で無理をしたせいだろう、全身は疲労でボロボロだが……。


「これがプロの本気だ」


 などと見栄を張ることが出来た。

 もっとも、明日は筋肉痛でひどいことになりそうだが……。


「これならきっとみんなも、僕のことを見直してくれるはず。そうだろう?」


「うん、そうだねっ。これでみんなも……」


 僕らが話している、ちょうどその時だった。

 休憩から上がったのだろうメイドたちが、ホウキやチリトリを携えて庭園に出て来た。

 そしてピタリと、硬直した。


「……あれ、なんか妙に綺麗じゃない?」


「本当だ。まるで誰かがすでに掃除したあとみたいな……」


「……いや、それにしてもすごいわね。木の葉の欠片ひとつ落ちてないわ」


 口々に言い交わし首を傾げるメイドたちのところへ、トテテテッとレイミアが駆け寄って行く。「じゃじゃーんっ」と口で効果音を鳴らすなり、僕の方を両手で示した。


「実はこれは、お姉さまがやったのですっ」


 これ以上ないぐらいのドヤ顔で自慢するレイミアに、しかし皆は困惑顔。


「アリアお嬢様が?」


「なんでまた……というかおひとりで?」


「そんなこと出来るわけがないじゃないか……」


 あまりにも出来が良すぎたせいだろうか、皆はむしろ疑いの目で僕を見た。


「う……っ?」


 さて、そうなると騒ぎ出すのがコミュ障の虫だ。

 他人との会話を極力避けながら生きてきた僕は、自らの手柄を声高に示すのが急に恥ずかしくなってしまい、もじもじして何も言えなくなってしまった。


 結局その場は流れで解散。

 あとでふたりになってから、レイミアにさんざん怒られた。 


「んー……なるほど、恥ずかしくて言えなかったのね? んー、しかたないなあー……。明日はじゃあ、みんなと一緒にやろうね?」


「あ、明日もやるのか……?」


「もちろん、仲良く出来るまでだよっ」


 意外とスパルタなレイミアは、僕の腕をバンバンと叩いてきた。

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