第11話「クロエ・キャンベル」
女の子に押し倒される形になったミゲルは、じっとして動かない。
彼はいま柔らかい感触にぬくもりを感じ、それにミント系のいい匂いに包まれている。
魔法以外に興味がない彼でも、この状況で身動きするのはまずいという予感に従っていた。
「クロエさん、またなの?」
とフィアナが呆れた声を出したことで、ミゲルはふたつのことを知る。
まずは金髪の女の子の名前がクロエということ。
次にこの手のトラブルの常習者だろうということだ。
「ごめんなさぁい」
クロエは気まずそうな声で謝って立ち上がる。
「わたしじゃなくて迷惑をこうむったミゲルくんに言ってね」
フィアナに言われて彼女は、緑色の瞳を倒れているミゲルに向けた。
「ミゲルくん? ごめんね。立てる?」
「ああ、平気だよ」
ミゲルは差し出された小さな手を素直にとる。
(まさか最高峰の学園でいきなりラッキースケベ的接触があったとは)
いくら何でも意外だと驚きを隠せない。
魔法で守ったので痛くなかったし、むしろ美少女と肉体的接触できてラッキーという気持ちすらあった。
だから謝ってもらいたいとは思わなかったが、それを口にしたらまずいとさすがのミゲルでもわかる。
「この学園は基本個人主義を尊重し、魔法の実験を自由にやってもらっているのよ。だからこういったことも起こりえるわ」
フィアナはミゲルが驚いた理由を勘違いし、学園の事情を説明してくれた。
「へえ! 魔法の実験が自由にできるんですね! すごいところですね!」
ミゲルは感心し喜ぶ。
地下室で秘密の修行もカッコイイのだが、隠すことなくガンガン魔法を使える環境もカッコイイと思うのだ。
「ああ……まあもしかしたらとは思っていたけれど」
一瞬ぎょっとしたフィアナだったが、「魔法アカデミーに入学できる生徒の性格や思考」だと思えばあっさり納得する。
「ええ、すごいところなのよ! 飛行魔法の実験をしても怒られない場所なんて、わたし初めて!」
クロエもニコニコしてミゲルと一緒に盛り上がりはじめた。
初対面の相手とでも積極的に話していく性格らしい。
「そうなんですね! 楽しみだなあ!」
「話が合いそうね、わたしたち!」
ふたりではしゃいでいるところへ、こめかみを指でもみながらフィアナが割って入る。
「意気投合したのはすばらしいことだけど、ミゲルくんにはまだ話があるの」
「あ……」
ミゲルはしまったと我に返る。
それを聞いたクロエが怪訝そうにフィアナに問いかけた。
「もしかして彼、転入生なんですか?」
「転入生? 新入生じゃなくて?」
ミゲルはミゲルで自分が勘違いしていたことに気づく。
「ええ。あなたと同じ1年Eクラスよ、クロエ・キャンべルさん」
「そうなんですね!」
フィアナの発言にクロエは緑の目を輝かせる。
「入学シーズンは二か月ほど前よ。なのであなたは一年だけど、転入生というあつかいになるの」
フィアナの説明にミゲルはへーと思う。
(どうせならあと二か月早く……まあいいか。二か月くらいなら)
そしてあっさりと受け入れる。
彼の感覚では二か月なら誤差なので、気にしなくてもよかったのだ。
「ここでクロエさんと知り合ったなら、明日彼を教室まで案内する役目はクロエさんに任せても平気かしら?」
「はい、大丈夫ですよ!」
フィアナの頼みにクロエは元気な笑顔で答える。
「よかった。彼女は魔法を暴走させがちだけど、遅刻したことはないし成績も優秀なので、ミゲルくんにとっても頼りがいがある子よ」
フィアナは安心した。
「そりゃありがたいです」
とミゲルが言うと、
「わからないことがあったら気軽に聞いてね!」
クロエは人懐っこい笑顔を向ける。
いきなり転入生の世話役を言われてもいやがらないあたり、面倒見のいい性格なのだろうとミゲルは思った。
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